遅熟のコニカ

紙尾鮪

10「マジョトオウ」

 昔話と言えど、何処から話そうか。
 そうだな、今から確か300年程昔の話だ。

 そういえばお前の国か、現ティーグルブラン帝国がある場所で内戦が起きた。
 民族間のいざこざでも、宗教的対立でも、王族による搾取が原因でもない。
 いや、あれは内戦ではないな、虐殺だよ。

 その時の王の一言だ。
「魔女を殺せ」
 あぁ、これが有名な魔女狩りだ。

 魔女なら今でもいるではないか?
 今の魔女は魔女ではない。
 昔の魔女は、言わば神だ。

 無から有を作り出し、冷たい炎を作り、音を触り、光を暗くし、海を割るなど、それを何もせず、代償なしで行う。

 まさに神の所業。

 故に恐れたのだろう、王は。

 殺される? いや違う。

 王の威厳が無くなる事を。
 魔女が出来るのに、何故民の頂点である王は何故出来ない?
 その疑問が出れば、否定する手立てはない。

 であれば、殺す。

 魔女より王が優れる点を挙げるならば、それは発言力だな。
 王が言うことは全てであり、真。
 否定する必要、要素がない。

 そしてその言葉は、簡単に民の行動を指揮する。

 その時の王も、民も狂っていたとしか言えまい。
 魔女が神のようであれば、負けないに決まってるじゃないか?

 それは違う。

 100人力を持ってしても、100人には勝てないんだ。 
 それは、一人一人の個体差があるという点もあるが、他にも行動選択の幅が狭いという事がデカい。

 つまり、力を持っていようと、数の力には勝てないんだ。 
 魔女はある程度抵抗はしたが、勝ち目がないと思うと、逃げた。

 勿論、王はそんな事など、とうの昔に対策を立てていた。
 国境線に近付いた者を、魔女かどうか確認せず殺したんだ。

 何も確認することなど必要ない、もし魔女ではなくともこう言えばいい。

 彼もしくは彼女は、魔女が化けていたのだ。

 全てを擦り付け、全て自分が行う行為は正義に!
 とても苛立つ行為だ、だが効果的だ。

 そして、貴様のいる国には魔女はいなくなった。
 あぁその通り、貴様の国にはな。
 いや、書類上か。

 ある魔女は手負いで命からがら国を出て、ある魔女は動物へと姿を変えて国を出て、ある魔女は見張りを殺して……

 魔女らを全て殺す事は叶わなかった、いや叶う筈が無かったのだ。
 ただの武器を振り回す野蛮人に、知性のある人間が負ける筈なのないのだ!
 其なのに、あの王は、自らが保身の為に、素晴らしき人間を玩具のように弄び、殺したんだ!
 それは、許されざる……ッ

 いやすまない。
 無様な姿を見せた。

 いやなに、長々と話をしたかったのではない。
 これを見せたかったのだ

──────────────────

 長ったらしく喋ったと思ったら、ヒルコはカーテンのかかった牢屋を開ける。

 先程から、コニカは話を聞きながら、横目で牢屋を見ていたが、ずっと誰も入っていなかった。

 途中まで殺したのか、コニカはそう思っていた。
 まぁ簡単な話、そうなのだが。いや、死んでいるようなものという方が良いか。

 「これは……ッ!?」
 思わずコニカは鼻を覆う、それはとても臭いニオイとは言えなかった。
 むしろ痛み。
 粘膜を通るだけで、鼻をもぎたくなる程に痛み、脳を激しく揺らされているような不快感を与える。
 しかし、ヒルコは鼻を覆いもせず笑っていた。

 「あぁ、紹介しよう、彼はアンパイア、アンパイア・リビルド。とある国の王だった者だ」
 目は二つあり、鼻は一つ、耳は二つあり、口も一つ。
 頭部には毛が生えており、所々顔にも毛が見える。
 腕は二本、指は五本ある。
 人だ。

 アンパイアは、静かに椅子に座り地面を見ている。
 何も反応せず、ただ大人しく。
 コニカは理解した。
 なぜ今、これを見せているか。

 自分を観察しているのだ、この子供は。
 馬鹿でなければ察する事が出来るであろう、あれが話に出ていた王という事に。

 技術力の証明? それとも脅し? いや違う。
 ヒルコは楽しんでいるのだ。
 死んでいるはずの人間を生き返らせ、意味のない生活を送らせている事も、それを見せ、恐怖している姿を観るのも。

 全ては悦楽のため、ヒルコもまた、コニカに似た人間、いや化け物なのである。

 「おや? 楽しくないか? それもそうだ、これを渡そう」
 ヒルコは楽しそうにコニカの手を取り、手の中に石を置いた。

 「さぁ投げるがいい。君は人を傷付けるのが好きと聞いた。いい趣味だ。さぁ投げてみよう、当ててみよう。どんな反応をするか観てみよう!」
 コニカの顔を覗き込むようにして見るヒルコの顔は、笑顔で歪んでいた。
 人間の本性、弱者を虐げ、強者は悦を得る。
 コニカは好きだった、それが。
 なのにコニカは後悔した。
 自分がこんな事を好きでいたばっかりに、今コニカは恐怖している。

 「さぁ! さぁ? さぁ!!」
 強弱をつけて言うヒルコの言葉が、コニカを怯えさせる。
 まるで強いられているよう、コニカの目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 嗚咽を出し始めた、凛とした姿のコニカが、コニカ隊長が今、泣き虫の女に成り下がっている。

 「おや、そんな気分ではない様子。仕方がない、手伝ってあげよう、いやなに、振り上げて、降り下ろす。簡単な動作ではないか」
 手首を掴まれた、もうコニカに拒否反応は起こせない。
 腕を無理矢理振り上げされ、降り下ろされた。

 石を離さなかったら良かったのだが、生憎コニカには掴んでいるだけの力が残っていなかった。

 石は鉄格子の合間をすり抜け、見事、アンパイアの肩にへと当たった、弱々しく、すぐ弾かれるような石だが、アンパイアは。

 「▽ρ%*#~&~~~@@@※∥□▲□△◆△◆▲◎□●●◆──!!」
 本能に訴えるような声が、監獄内に響く。
 何を訴えるのか、それは、助け。
 アンパイアは、暴力を受けることに酷く恐怖しているのだろうか、震え、叫び、自らの体を抱き締める。

 それは寒さに打ちひしがれる孤児のようだった。

 「んんーやっぱり面白いよねぇ、ねぇコニカ、君もそう思うだろう? ねぇコ ニ カ」
 一度体を震わせ、頬を赤らめる。
 それは到底子供がやる素振りではなかった。
 恍惚。

 それが今、ヒルコが感じている感情。
 それに同調しろと言わんばかりにヒルコは、コニカの名前を呼ぶ。

 艶かしく、緩やかで、まとわりつく、粘液のような言葉をコニカは受けとる。
 コニカは心底震えている。

 その姿を見て、ヒルコはもう一度震えた。

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