遅熟のコニカ

紙尾鮪

1「カマキリノコウシン」

 アイビー・コニカは、この一刻で三十になった。

 泣いていた。コニカを嘲笑うかのように照る太陽の光。
 何度も似たようなアングルと、変わらない被写体を意味もなく撮り続ける群衆に滑稽という念を覚える程の余念も、高くそびえ立つ穴ぐらからぞろぞろと出てくるカマキリ達の事を悲観する余裕もない。

 アイビー・コニカは手の中にいる白い子供の姿をした子供が、青を足していくのを見ているだけだった。

 まるで、コニカが子供の体温を吸収しているかのように、体温が下がっていくのが触感で分かった。

 ただ、胸が燃え上がるような……いや、これが人間の命の温もり……そして、少量のいや燃え上がるような生命の熱情。

 コニカは笑った。確信した。これが私の"遺能ユイノウ"だと


 <a href="//18021.mitemin.net/i276963/" target="_blank"><img src="//18021.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i276963/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>


 都会から離れ、コンクリートや鉄骨を拒むような樹林が、7人のコスプレのような格好をした者達を、嘲笑うかのように、自らを揺らし音を立てる。 

 それに反し、受け入れ、いや帰さないつもりのように、7人の銀の靴を飲み込もうとする地面。

 動物と植物の混じり合った臭いは、鎧の隙間から7人の鼻を刺激する。

 不意に、高く生えた草を刈りながら先頭を切る者が、草を刈るのをやめ、鉈をしまい口を開く。

 「なんでこうもかたっくるしい制服……もとい鎧を着ながら森を散策しないといけないのだ……大体この服装で街中歩くだけで写真撮られて……どうにか出来ないのか」

 長々と愚痴をこぼし続け、閉じた口の中は丈夫な歯達が擦れあい不快音を出し、怒りを表している。

 彼女らが、鎧を纏うのには彼女らが勤務する会社……国に理由があった。

 ウェンズ大陸の西側に位置する国、ティーグルブラン帝国の、特異な国営企業。

 事業内容は交易でも、石油業でも、交通でもない。
 民間の利益など考えず、決して媚びず、挑戦するかのような斬新さ。

 "女騎士派遣"

 その名を『マンティデ』

 意味をカマキリ。

 ティーグルブラン帝国は女が王である。

 カマキリの雌は、交尾の最中に雄を食らう。

 雄の立場を食らい、雌は至上せよという珍しい女性至上国だ。それを象徴する物として"女騎士派遣"の社名に"カマキリ"という意の名にしたという。



 不意に止まった先頭の者に驚き、ほとんど真後ろに付いていた者が足を止めた。
 そして、暑苦しかったのか無機質な兜を脱ぐと、兜の中から橙色のくせ毛と目の下のそばかすのある女の顔が出てきた。
 その顔は、無機質な兜とは真逆の生き生きとした、地味ながらも元気に生きていると言ったような、印象を受けられるだろう。

 「ふーっ、蒸れるね~。お、出たよ出たよ。コニカてぇーちょーの愚痴。確実に国で言ったら捕まるやつだね」

 言葉から取れるように、彼女はコニカと呼ばれる女よりも立場は下なのだが、騎士としての就任を受けた年が一緒のため、あのような喋り方をしようとコニカと呼ばれる女は何も指摘しない。
 もし、彼女らより後ろの者達が、このような言い方をすれば確実に叱るだろう。
 無論それだけで済むはずもないが。
 そして彼女は続けざまにコニカに話しかける。

 「しっかしそんなに嫌なんだったらここに住んじゃえばぁ? ククノチだったら簡単に入れてもらえれるって~」


 ククノチ、セイリョウククノチ。それは、ティーグルブラン帝国の真逆に位置する国であり、今彼女らがいる場所だ。

 多民族国家であるが、民族間の紛争は多くはない。
 技術、科学、文学など様々な分野において、他の国家を圧倒する程である。

 国民性は、おおらかで友好的。どんな生き物でも受け入れるという事は、大陸中に知れ渡っており、移民先として選ぶ者は多く、永住する者が殆どだ。


 しかしコニカは、そんな甘い条件を知っての上で、また愚痴を言うように答えた。

 「国際手配されている者が、いると分かっているのにも関わらず、何も行動を起こさないような国に住みたいとは思わないが」

 「まぁ確かにそだね~、それでウチらの国に依頼ってなんか笑えるよねぇ」

 だらだらと喋る二人に追い付こうと、必死に走る女騎士達がいた。
 カチャカチャと鎧を鳴らして走る姿は、見る側にとっては頑張っているように思えるが、彼女らは違う捉え方をしていた。

 「しかし、あいつらはなんでこんなにも遅れてるんだ。日々の訓練はどうなってるんだろうな教官様ァ?」

 コニカに教官様と呼ばれ睨まれた彼女は、その気迫に1歩後ろに下がり、コニカが刈り取った草を踏む。
 しかし、彼女は反省していない様子で返答する。

 「いやぁ~……あれですよ。走るのって疲れるじゃん?」

 その言葉通り彼女の訓練と言えば、後輩らの初恋や、嫌いな上官、同僚。
 最近あった面白い事などの訓練と言わない物ばかりで、殆どの騎士達はそれで満足している。
 しかし、それには意図があったのだが、それを汲み取る事が出来る者など殆どいない。

 「貴様の一堕落した感情で何人の騎士が駄目になったのか覚えてないのか!!」

 大声でコニカは叱りつけた。
 コニカの声は擦れ合う木々によってかき消され、二人だけの声になった。
 怒鳴る姿は、コニカの方が教官と呼ばれるに相応しいと思えるだろう。

 「たった68人程じゃない」

 68という数字は、彼女が教官となって5年、約90人の新人騎士の教官となり、鍛えたその中で、1年ももたずに辞めていった者達の総勢である。

 「いやあいつらを含めると72だ、正直その中にも才能があるやつがいたかもしれんのに」

 「いんや、ないね」「いや、ないか」

 二人、口を合わせて言うには、彼女らも、訓練という訓練など受けてはいなかったからだ。
 だが彼女らはこの通り、辞めてはいない。

 それは何故か?

 ただ一つ、訓練などしてもしなくても変わりない。
 そう彼女らが思っているからだ。
 ただ、自分達が訓練という物を日常化し、訓練と言わずいわば習慣。
 故に訓練の時だけに、体を鍛えたり、剣を振るうのではなく、常日頃行っていない者に才能はない。
 いや才能があろうと使えはしないだろう。
 と彼女らが思っているからだ。

 「……なぜこうにも若い奴は駄目なんだ」

 ふてくされた子供のように、自分の刈り取り残った草を根っこから抉るように、地面を蹴る。
ただ、言葉の内容は年長者のそれである。

 「お、なんかあれだねババっぽいね!」

 彼女は、行動ではなく言葉が子供のようだった。
 と言っても後輩から見ると彼女もコニカと同じ、年長者だ。

 後方の、後輩の方をコニカはチラリと見るが、まだ少しばかり距離がある。
 だが、待つことなどせず、再び鉈を手に取り目の前の草を刈り始めた。
 コニカはババっぽいという言葉にやはり苛立ったのか、先程より刈り方が荒っぽく、見るからに苛立っているようだ。

 「そろそろ着くんだ、気を引き締めろ殺すぞ」
 コニカの口からつい言ってしまったように、文脈と全然関係のない単語が出てしまう。
 ただ、ふざけている訳ではなく、目的地に近づき、先程のような心持ちでいることはいけない。 
 その事を端的で、かつ分かりやすいようにコニカは、それを伝えられる最適な言葉で伝えただけだ。

 そして、見えた、目的の場所。

 木々の僅かな隙間から覗いている赤煉瓦の壁は、外界との接触を拒むが、隠れる事がなくここに存在していると強く叫んでいるようだった。
 その迫力にコニカは、若干口角が上がってしまう。それは虚勢ではなく、ただただ"楽しそう"その言葉に尽きる。
 その余裕、それに価する力。それが、コニカは隊長を任される由縁だった。

 「ひゅぅぅ怖い」
 彼女もコニカと同じ、いやベクトルが違う。恐怖、畏れ、緊張感、焦りそして躊躇。彼女には全て足りない。
 騎士として、相応しい、勇気、決意などの正義などはない。彼女達の戦闘の姿を見ただけで新人達が、辞めていく程の正義の行使。

 彼女達にはテロリストや殺人鬼、害獣などの討伐の依頼しか来ない。
 攻撃的な彼女達の隊をカマキリの"鎌"、『スィクル』と誰かが呼んだ。

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