化け物と再生する研究者

鬼怒川 ますず

化け物と再生する研究者

俺は研究所で囚われていた。


もう2年前だ。
街で有名なチンピラ達を能力を使って締め上げていた時に、黒ずくめの武装した部隊に囲まれ、その際に囚われてしまった。


俺の能力は、自身の戦闘能力を何百倍にも膨れ上がらせる能力。
その為どんなモノでも跳ね返したり折ったりすることができる。

スーパーヒーローのように思われるが、俺はただの不良だ。
ニューヨークの路地裏で育ったゴミクズだ。


俺は最初の数日間は暴れて、すぐに研究所から逃げ出すことができた。
もちろん、あいつらは俺の能力が欲しかったので全力で捕らえて連れ戻される。
動物園の動物……いや見物客がいないから俺はただのモルモットだ。
とにかく荒れていた。

あれがここに来るまでは。


一週間後、俺は3度の脱走をやっていたのでやつらの警戒が一段と厳しくなった。
そんな時だった。

1人の女研究員が俺の担当になった。

名前は確かコードネームだった。

スキャン。
変わったコードネームを持ったその女は、容姿は綺麗でスタイルも悪くない癖に、研究員というだけあって変わったやつだった。
俺にものすごい興味を示して、初の対面の時に詰め寄っていろんなことを聞いてきた。


内容は…好きな動物とか絶対に能力には関係ないことばかりだった。
俺は腹が立って机をぶっ壊してやった。
でもスキャンはさらに目を輝かせて、俺にもう一度やってくれともう一台机を出してきた。
俺はふざけていると思ってすぐにぶっ壊してやったさ。

そしたら今度は拍手して喜びやがったんだわ。

さすがに頭にきて、俺はその女をぶん殴った。
女性を殴るのは、貧しい家庭で育った俺にとっては初めてじゃない。
だが幾人もの女性を殴ってきた俺だったが、今度は能力を使って殴ってやった。


スキャンはそのまま飛んで行って、抑留所の壁に大きな穴とヒビを広げて潰れた。
職員がすぐさま俺を捕縛したが、潰れて血をぶちまけて死んだはずの女に「困ったね」といった笑顔を浮かべてお互いに笑っていたのことに俺は疑問を感じた。


その日はそれで終了した。


次の日、また担当の研究員が来た。
あの女だ。

俺はビックリして、椅子から飛び上がっちまった。
それを見てスキャンは笑い出す。

「何で生きてんだよ!?」

俺が幽霊でも見たかのような顔をして言うと、スキャンはキョトンとしながら俺を見て言った。

「実は私も能力者なのよ」



スキャンの能力は『適応検体サンプルモルモット』という、いわゆる不死身の能力だ。
どのような事があっても、自身の身体が爆散しようが蒸発しようが、どんなに死のうが死なないうえに元に戻る。
まさに俺以上の化け物能力を持ったやつだった。

その事実を聞かされたが、当時の俺は普通に納得がいかなかったので、その場で原型もなく即ぶち殺してやった。
骨も粉々にして、白い服が真っ赤に染まって色々な人体の一部が飛び散る。

真っ白な俺が囚われた部屋が、真っ赤に染まった。
すぐに違う部屋に連れて行かされたが、俺はそれが徒労だってことに気づく。

2時間後、またあの女が手を振って現れたからだ。
今度は白い衣服を着ずに、私服で俺の前に立つと「信じてもらえた?」と言って笑顔を向ける。
俺はここで折れた。

「もう何でもいいから、早く俺を解放しろ」

そう要求すると、スキャンは首を振って「まだ研究中だからダメ」と拒否する。
俺は仕方なくここでの生活を甘んじることにした。

ここは刑務所と同じで、他の超能力者も捕らえられていた。
部屋は個室。
捕まった者たちのコミュニティなどは無く、全員がお互いに捕まっていることすら知らないでいる。

……この情報は、あのスキャンから聞いた。
何でも、俺は能力が能力なので特別扱いだそうだ。

まぁそんなわけで俺はここに来て1ヶ月経ったある日。
ババァの作った飯よりは美味い昼食を食べて、能力の計測を行う16時まで寝っ転がって時間を潰していた。

すると、ドアを勝手に開けてあの女が暇つぶしに俺にルービックキューブを渡して遊ぼうという。
何もやることもないので、俺はスキャンの言う通りルービックキューブを弄り始めた。

……30分やって一面も出来なかったがな。

その様子にスキャンはクスクスと笑っていたので「テメェがやれ」と言って渡した。


目の前で、2分ほどで6面全部の色を揃えてしまった。


「いやー、ルービックキューブとか久しぶりだから時間掛かっちゃったよ」


ドヤ顔で自慢するスキャンを、俺はぶん殴ってやった。
もちろん能力を解放してだ。
通常の千倍の威力でやった。
まるでミサイルだな。

残ったのは、俺の部屋の特別性である防壁仕様の小部屋に大きな穴が開いて、研究所の外が見えた光景だ。
その破壊のせいで多くの能力者が脱走したそうだが、それは俺には関係ない話だ。

何故なら、穴を開けてからすぐにグチャグチャになったボロ布同然のタオルケットを拾って包まって寝たからだ。

逃げる気はしなかった。


翌日、急ピッチで研究所の穴を直す黒ずくめ達を眺めながら俺は空の彼方に消えたあいつを連想していた。
今どこで何やってんだろうな……と。

他の研究員は、あの女と違って俺を見てすぐに全員逃げ出す。
俺はとんだ問題児扱いだ。
もういっその事ここから抜け出して国外に逃亡でもしようと考えていた時だった。
目の前に綺麗な細い足と見慣れた白衣の一部が見えた。


「……戻ってくんの早くね? 」

「えぇ、生き返った場所が公園で服が吹っ飛んで全裸だったから警察に連行されて色々大変だったわよ」

いつもの笑顔では無く、プンプンと怒ったような可愛らしい顔で俺を……睨みつける。
まったく、本当にイカれた能力だな。

怒られるのもめんどくさいなと思い俺はスキャンから視線をそらすが。
そんな俺にスキャンはあるモノを手渡してきた。

ルービックキューブ。
自慢されてイラついて殴った原因の物。
俺がキョトンとしていると、スキャンは俺にある条件を提示してきた。


「そのルービックキューブを6面全部揃えられたら解放してあげます。その間、私たち【】の研究機関での協力をお願いしてもよろしいでしょうか?」


いつにもまして冷淡な口調で言う彼女に、俺は苦笑いを浮かべてしまう。
そういえば、こいつは俺よりも頭が良いんだよな……。
俺の頭じゃこんなの無理だってわかってるからこんな事を言うんだろう。
そう思いながらも、俺は内心燃えていた。


「良いじゃねーか、ヤクやってハイになるより簡単だぜ。そんな箱ごとき1週間もあれば全部揃えられるぜ」


勝負の申し出を受け入れて彼女に不敵に笑ってやった。


ここから俺の人生は、能力使って相手を倒すよりも楽しかった。

毎日、夜遅くまでルービックキューブを弄ってどうすれば良いか考えた。
あんな偉そうに常套句を言っていたのに1週間経って一面しか揃っていない状況に、スキャンはお腹を抱えて床に転げながら笑いやがった。
俺は悔しくなって必死にルービックキューブを弄ってやった。

2面揃ったのは3ヶ月後だ。
俺の成果にスキャンは少し感心するが、絶対馬鹿にされていると思っている。

4面一気に揃ったのは半年過ぎた頃だ。
今じゃ慣れて回す回転数も上がった気がする。
脳筋って本当に嫌だなと思いながら必死にルービックキューブを回し続ける。


息抜きにと、スキャンがチェスを教えてくれた。
俺はトランプだったらポーカーなど得意だったが、そのようなのはまったくやった事がなかったので興味があった。
スキャンの教え方は非常に簡単で、馬鹿な俺でもすぐに覚えて出来た。
他にも黒ひげ危機一髪という日本のバラエティなおもちゃを一緒にやった。
その際、他の研究員も参加して全員で楽しくやった。
最初は俺にオドオドしていた連中も遊んでいる内に次第に仲は縮まった。

将棋というものもやったし、囲碁というのもやった。
クロスワードやナンバープレートもやった。
次第に時間は過ぎていって、俺は研究所内を歩き回っても良いほどの関係を築き上げていった。


1年を過ぎ……半年後。
俺はようやく……ようやく6面を揃える事に成功した。
目の前で俺の大きい指で角が丸くなってしまったルービックキューブを眺めながら、俺は感慨にふけった。


そして俺はルービックキューブをまたバラバラにした。


この1年と半年もの間に、俺の心境は大きく変わっていた。


昔から俺の周りの人間は俺を認めず。
ワルぶって路地裏の奴らと連んでも仲間とは認めらない。

全員が俺の能力の前に恐れ、人間とは見てはくれなかった。
俺は化け物だ。

車を弾き飛ばして犬や猫、人を何度も助けても全員恐怖して逃げ出して警察を呼ばれたり。

いつだったか銀行強盗を退治しても、銃弾を跳ね返した俺を人質が化け物と罵ったり。


化け物だからこそ、俺はこの能力を嫌った。
珍しがって近づくやつも嫌いだ。
恐怖を隠して同情する奴も嫌いだ。


そんな周囲に嫌悪していた俺だからこそ、あのスキャンという女に今は救われていた。
あの女は、自分が殺されても同じような笑顔で俺の前に立った。
ガキのように扱われていたが、俺にはそれが心地よく感じることもあった。
あいつは、俺を馬鹿な1人の『人間』として笑ってくれた。


……そう思えば思うほどぶん殴りたくなってきた。
明日会ったら久々に殴ろう。
そう思って俺は毛布に包まって寝た。


起きた時、いつもなら紙の束を抱えて俺の健康をチェックするあいつの姿がなく、違う研究員が部屋に入ってきた。


「おい、スキャンはどうした?今日は休みとか……あの女に限って体調不良はないだろうが」

「スキャン第3支局長なら昨日から急な用事でニューヨークに行ってます。その間の代わりに僕がチェックを付けにきました」


珍しげに俺の腕に血圧計を巻いて答える親しい研究員がそう言うので、俺はその日は大人しく検査を受けた。

翌日も帰ってこなかった。

1週間経っても帰って来なかった。

研究員に聞いても「仕事中」といって終わらせてしまう。


嫌な予感がした。


もう一ヶ月が経った。
あの女はまだ帰って来ない。
俺はイライラしながら慣れた手つきでルービックキューブを全面揃え、日本語で出来たクロスワードもはめていく。

もう待てない。
そう思って研究員に問い詰めようとした。

翌朝、いつも通り研究員が部屋に入ってきた。
俺はそいつに問い詰めるつもりですぐにベットから起き上がって近づく。
だが、様子がおかしかった。
研究員は俺に視線を向けずにただ床に顔を向けている。
気まずそうな雰囲気を携えて。

俺は聞いた。

スキャンはどうした?


そしたらそいつは言った。

スキャン第3支局長は死にました……と。


俺はその言葉が信じられなかった。
何故ならあいつは不死身の能力だったはずだ。
死なない能力だったはずだ!!

俺が怒鳴ると、そいつは涙を浮かべて俺に全てを説明した。




スキャン……この組織は世界の裏社会にある傭兵会社が運営する施設であり、彼女は世界中に存在する同じような研究所のトップ3だった。

彼らの理念は『新たな戦争』で、スキャンの上司……全てを統括するCEOが彼女に命令してある作戦に参加させたらしい。
もっとも、スキャンは実験目的だったらしいが。本来の目的は戦争だったらしい。

その作戦の最中、ある不幸があって彼女は命を落としたらしい。


『能力を消す能力』という者が現れて、そいつの手によって殺されたせいで復活ができなかったらしい。


俺はそれを聞いて愕然とした。
泣きはしなかった。
悲しくはなかった。

ただ喪失感が胸を締め付けた。
俺はその日の実験には参加せず、ただ1人部屋に閉じこもった。
研究員達も全員が同じ気持ちだったのか、その日は誰も部屋に現れなかった。

ふと視線の端に彼女からもらったルービックキューブが入り込む。
今では6面を揃えるのに5分もいらない。
チェスだってそうだ。
この研究所で全てのゲームを制す自信さえある。
ただ1人を除いて。
あの……いつも死んでも復活するあの女にだけ俺は一生敵わないと思う。


そう思えば思うほど、俺は悔しくて涙を流す。

あいつを殺した人間が憎い。
同じ化け物同士、楽しくやっていた関係を絶った奴が憎い。

殺す。

殺してやる!

俺は決めた。
あいつの笑顔が見れない世界なんていらない。
壊してしまおう……と。



-----------------------------


研究所の壁を壊して俺は脱走した。
久しぶりに、俺は自分の能力に頼っていた。

力を使って壊すのはいつものことだ。
だが、今はあの笑顔がない。
あの俺を小馬鹿にして楽しむ、綺麗な顔がない。
スタイルの良い、元に戻る体を持つあいつはもうない。


俺の慟哭が、自分がどこにいるのかもわからない場所で響く。


俺は誓う。


たとえ化け物と言われようと。


たとえ悪人と罵られようが構わない。


この力を向けるあいつがいないのであれば。



すべて壊してやる。



まずは復讐からだ。

あいつを殺せた能力者を、ぶち殺す。

好きだったあいつの為にも。

コメント

  • ノベルバユーザー603850

    話が面白くて引き込まれます!
    素晴らしい作品に出会えて嬉しいです!

    0
  • ノベルバユーザー599850

    早くイチャイチャしてるとこみたいです。
    副襲撃がここからどうなるか期待させる作品でした。

    0
コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品