寵愛の精霊術師

触手マスター佐堂@美少女

第91話 Chiara's memory 4





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 十二歳になると、私はロミード王国の学校に留学した。

 そこに行っても、私の魔術の才能は抜きん出ていた。
 魔術だけではなく、座学でもトップレベルの成績を収めていたが、そんなことは些細なことだ。

 前世で言う寮のような場所ではあったが、私はようやく完全に一人でいる時間を手に入れた。
 城の中にいるだけだと入手できないものや、実現するのが難しい術式などを使って、思う存分実験を行っていた。



 そんなことをしていると、あっという間に一年が経ち、弟のシャルルが入学してきた。
 シャルルは魔術や学力方面の突出した才能こそなかったものの、愛らしい顔立ちをしているし性格もいい。
 自慢の可愛い弟を、私はちょくちょく可愛がっていた。

 弟にちょっかいをかけていた奴らをチョロっと成敗しているところを見られたせいで知り合った、マリーという友人もできた。
 充実した、穏やかな日々だった。





 ……だが、そんな日々は突然終わりを迎える。

 その日は、私たちの父親が秘密裏に学園を訪問することになっていた。
 なにやらロミード側との会談を行っていたようだが、詳しいことはわからない。

 そのついでなのか、父親は私とシャルルにも顔を見せてから帰りたいと言ってきた。
 どれだけ内面が酷くても、父親は父親。
 あまり無碍にするわけにもいかない。

 ということで、シャルルと一緒に寮にある部屋で父親を待っていると、護衛の人間をぞろぞろと引き連れたその男はやってきた。
 私やシャルルと同じ深緑色の髪をした、三十代半ばくらいの男だ。

 少しやつれているが、その精悍な顔は前世の基準で言えば紛れもなく美形の部類に入るだろう。
 彼こそが他でもない、私やシャルルの父親だった。

 父は私たちとの再会を喜んでいた。
 学校での生活や、学習状況について話したりした。
 なぜか私はあまり尋ねられず、主にシャルルが話していたが。

 そして、話がシェフィールドの後継者についての話題になると、私は口を開かざるを得なくなった。

「……私は、シェフィールドを治めるつもりはありません」

「なに?」

「学院を卒業したら、家を出るつもりです」

 私の言葉を聞いて、父は目を細める。

 この学院を卒業したら、私は家を出るつもりだった。
 お金を稼ぐ方法はいくらでもある。
 生前の経験と、卓越した魔術の能力のおかげで、一人で暮らすことも特に苦にはならなさそうだった。

 このままこの家に縛られていたのでは、いつまで経ってもシェフィールドにとらわれ続けることになる。
 不義理ではあるが、目的のためには仕方のないことだと思っていた。

「そんなことが許されると思っているのか? 少しは自分の立場を考えて発言したらどうだ?」

「私はもう決めているのです、父上」

 父がどれだけ私を説得しても、私は首を縦には振らなかった。
 そんな父と私のやりとりを、シャルルだけがじっと見つめている。

「……どうしても、シェフィールドには残らんと言うのだな?」

「はい」

 どれだけ説得されても、私の心は変わらない。
 それでもなお、父は私を説得しようとしていたが、無駄だった。

 私はいずれ、この世界からいなくなる存在だ。
 なら、やはりいないほうがいいのだ。

「……そうか。仕方ないな」

 父はそう言うと、私の後ろに控えていた護衛の人間に向けて合図を送った。
 次の瞬間、私の視界が反転する。

「――ッ!!」

 顔面を床に強打した感覚があった。
 顔の様子を確かめるために手を伸ばそうとするが、何かに掴まれてまったく動かない。
 そこでようやく、私は父の護衛たちに拘束されているのだと気付いた。

「……え?」

 なぜ、私は彼らに拘束されているのか。
 その理由がわからないほど、私は鈍くなかった。
 だが、まさか。

「お前はあまりに優秀すぎる。どこで育て方を間違えたのか、シェフィールドに対する忠誠心の欠片もない。ずっとシェフィールドに尽くすというのならともかく、家から出て行くなど……お前のように強大な力を持つ危険なモノを、野放しにするわけにはいかんだろうが」

 ……考えが甘かったとしか言いようがない。
 この男に、肉親の情などというものはないのだ。
 それを今になって思い知らされた。

「そうだな……。アリス・シェフィールドはシェフィールド皇国からの帰還命令に従い、今日のうちにロミード王国を出立。以後数年にわたり療養のため城に引きこもり音沙汰がなかったが、持病が悪化したため死亡した……こんな感じでいいだろう」

 それは紛れもなく、歴史として記録されるアリス・シェフィールドの生涯を語ったものだった。
 間違いなく、歴史には父の語ったとおりに記されることだろう。
 事実とは全く異なる歴史が。



 そして私は、今日ここで殺される。



「シャルル。今日からお前が、シェフィールドの正当後継者だ」

「ありがとうございます、父上」

 シャルルは嬉しそうに、父に向かってお辞儀をする。
 その顔には、喜び以外の感情はなかった。
 実の姉がこれから殺されようとしているのに、それについて何も思うところなどないのだと言わんばかりに。

「シャ、シャルル……?」

 嘘だと言って欲しかった。
 すぐにでも父に進言して、こんなことはやめてくださいと言って欲しかった。

「シャルル。後継者としての初仕事だ。そいつを殺せ」

「わかりました」

 だが、私のそんな願いはあっさりと砕かれる。
 父から手渡された短剣を手に、シャルルは身動きの取れない私のそばにやってきた。

「さようなら、姉上」

 本当に何の躊躇もなく、その腕は振るわれた。

「あっ……ぐぅ……ッ!!」

 ――刺された。

 そう認識できたのは、背中に何かが入り込んでいる感触があったからだ。
 その次に襲ってきたのは、耐え難いほどの激痛。

「あ……ぎぃ……」

 懐かしい痛みだ。
 思わず生まれたそんな感慨はしかし、焼けるような痛みによってかき消される。

「……どう、して」

「え?」

 そんな苦しみの中にいながら、私はそんな問いを投げかけずにはいられなかった。

 どうして、私をこんな簡単に見捨てるのか。
 たしかに私は転生者だが、それでも実の姉弟ではないか。



「……だって、僕は姉上のことが嫌いでしたから」



 だから、顔を上げて彼の目の奥に宿る暗い輝きを見つけたとき、どうしようもないほどに納得してしまった。

「僕はどんなことをやっても、姉上の足元にも及ばないんです。頭の良さも、魔術も、勉強も、なにも……! それなのに、姉上は自分の優秀さがまるでなんでもないことのように、それが当たり前みたいに振舞って……すごく、憎らしかった」

 ……知らなかった。
 シャルルがそんなことを考えていたなんて、私は微塵も感じたことはなかった。

 そこで、ようやく気付く。
 私は、また前世と同じような過ちを繰り返そうとしているのだということに。

 でも、ならどうすればよかったのだろう。
 日頃からもっともっと、シャルルの話を聞いていればよかったのか。
 そもそもシェフィールドから出ることを父に話さなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。

 だからこれは、私が招いた現実なのだ。

「姉上は、誰にも愛されてなかったんですよ」

 シャルルが、囁くようにそう言った。
 その一言を聞いて、私の中で何かが折れた。
 なにか大切だったものが、音を立てて崩れ落ちる音を聞いたのだ。

「……はは」

 笑える。
 私は何をしているのだろう。

 また前世と同じように、何もかも奪われて終わるのか。

 だから、私は。
 私は。

「あああぁぁぁぁあああああッ!!!!」

 大声で、訳のわからない言葉を叫んでいた。
 この激情を晴らすために、他の方法が思いつかなかった。

 なぜ、私がこんな目に遭わなければならないのか。
 私が何をしたというのか。
 理不尽に対する怒りが、私の中で黒い炎となって燃え上がっている。

 ……そんな私の心の中で、何か得体の知れないモノが産声を上げた。



「――すべてを殺せ」



 ただの空耳だったのかもしれない。
 でも、それでもよかった。
 それは紛れもなく、私自身の心の奥底から漏れ出た言葉だったから。

 そして私は、一つの真理に達したのだ。



「……私は、世界のすべてが憎い」



 シャルルの首が、綺麗な断面から赤黒い液体を撒き散らしながら飛んでいった。
 私が放った無詠唱の『風の刃ウィンド・カッター』が、彼の首を撥ねたからだ。

「あは、あははははははっ!!」

 狂ったように笑いながらも、私は自身の中に生まれた能力たちを理解する。

 私は『リロード』を使った。
 たった今殺したシャルルの命を糧として、私の服の損傷と肉体の傷がなかったことになる。
 次いで『強制移動』を使い、護衛の人間からの拘束を解いた。

 そんな私の突然の変貌に、父や護衛の人間たちは反応することができない。
 そして、その停滞は彼らにとってあまりにも大きすぎる隙だった。

「さようなら、おじさんたち」

 私が腕を軽く振るうと、不可視の風の刃が彼らの首を撥ねた。
 その中には、この世界での私の父親の姿もあった。
 床に転がっているどの頭がそれだったのか、もう私にもわからない。

 服は再び返り血で汚れてしまったが、それも瑣末さまつな問題だ。
 すべて殺した。
 その事実に対する高揚感だけが、私を支配している。

「……ん?」

 そんな中で、私は違和感に気付く。
 それは他でもない、私の中に芽生えた何か得体の知れないものの正体を自覚したからだ。

「……『傲慢ごうまん』?」

 内心に芽生えた自覚を、言葉に出してみる。
 そうしてようやく、納得した。

 ――『傲慢』。
 それが、私に与えられた『大罪』だった。

 そしてその罪が持つ、あまりにも大きな可能性にも気付いた。
 『傲慢』の力があれば、空間を創り出すことができる。
 しかも罪に身のすべてを浸せば、まったく新しい世界を創ることすらできるという確信があった。

「……考えうる限りのすべての罪を重ねれば、その高みに達するのかな」

 だが大規模な、それも世界の法則を捻じ曲げるような魔術には、贄が必要不可欠。
 それも一人や二人ではない。
 場合によっては、百や千にも及ぶ数が必要になるかもしれない。

 いや、もしかするとこの世界に生きるすべての命を捧げることになる可能性すらある。
 しかしもう、今の私にそれを躊躇う理由はない。

 だって、そんなことができるなら、世界をやり直すことすらできる。
 彼のいた世界で、彼と一緒に生きていくことができる。
 あの憎い弟をなぶり殺しにして、ずっとずっと、彼と一緒にいることができるのだから。

「ふふふ、あはははは!」

 それは、あまりに甘美な妄想だった。
 いや、それは妄執と言うべきものだったかもしれない。

 ――やり直そう。
 世界をやり直して、私が愛しているあなたに会いに行こう。

 そんなことを考えながら、部屋を出たところで、

「……アリス?」

「……マリー?」

 想定していなかった人物に出会ってしまった。
 マリーは血まみれの私の姿に、ひどく狼狽した様子だ。

「どうしたんですがアリス!? 血が……!」

 そう言って駆け寄ってくるマリーを見ても、私の心は冷え切っていた。
 聡明な彼女なら、すぐ気付くだろう。
 その血が私のではなく、誰か他の人間のものであることなど。

「……アリ、ス?」

「……マリー」

 案の定、マリーはその顔を恐怖に歪め、私から後ずさった。

「……っ!」

 だが、どうしてだろう。
 なぜかそんなことが、無性に悲しかった。

 ……まあ、仕方ない。
 シャルルと父親を殺した以上、もう後戻りはできない。するつもりもない。
 マリーとの関係もここで終わりだ。

 だから、その次に起きたのは、本当に私にとって予想もしていなかったことだった。

「えっ?」

 マリーが、私を抱きしめていた。
 意味がわからなかった。
 マリーは、私が何をしたのか粗方予想がついているはずだ。

「どうして?」

 気づくと、そんな言葉を口にしていた。
 それは、私の内心から漏れ出た疑問の声に他ならない。

「私は、アリスの友達ですから」

「――――っ」

「だから、話してください。なにがあったのか」

 マリーの目は本気だった。
 本気で、私の力になろうとしている。
 私が何をしたのか、おおよその予想がついているにもかかわらず、私を助けようとしている。

「ありがとう、マリー」

「っ!」

 心の底からそう思った。
 私はきっと、死ぬまでマリーのことを忘れないだろう。

「……ごめんね」

 だから、ただ一人の例外として、親友だけは殺さないことにした。

「え?」

「――さようなら、マリー」

 無詠唱で、『安らかなる眠り』の魔術を使った。
 そのまま崩れ落ちそうになったマリーの身体を、私はそっと抱き抱える。

「…………」

 眠りについたマリーの身体を廊下の隅に横たえて、私は無言でその場を去った。
 ここから先の私の姿を、マリーには見られたくなかった。
 この世界でただ一人、マリーにだけは。



 こうしてこの日、『終焉の魔女』がこの世界に生まれた。



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