寵愛の精霊術師
第88話 Chiara’s memory 1
緑色の光の中で、オレはキアラの記憶を見ていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――あーあー、擦り剥いてるし……。それに、服もこんなに汚しちゃって。お母さんに怒られちゃうよ?」
「オレのお母さんは、これぐらいじゃ怒らないからだいじょーぶだよ」
ラルくんは憮然とした表情を浮かべながらも、腕の患部を撫でる水の感触に目を細めている。
私はその傷口についた砂を洗い流しながら、呆れた表情を浮かべていた。
――ラルが、公園で乱闘を繰り広げている。
半べそをかきながら私に助けを求めてきた■■の話を聞いて公園へとやってきたが、既に乱闘は終わっていた。
ラルくんは、向かってきた子どもたちを全員ボコボコにして撃退していたのだ。
まだ子どもだというのに、ラルくんの目つきは鋭く、危険な輝きに満ちていた。
それはまるで、研ぎ澄まされた一本の刀のようだ。
「それで、なんでケンカなんてしたの?」
「だってあいつら、■■のことバカにしてるんだ。男なのに女みたいだ、って。だからオレ、あいつらのことゆるせなくて……」
「……そっか」
私の弟――■■が、学校でいじめられているらしいというのは、ラルくんから聞いて知ったことだ。
たしかに、私の弟は、姉である私から見ても女の子っぽい。
それは、今年で小学三年生になる■■にとって大きなコンプレックスにもなっているし、周りの子どもたちからいじめられる大きな原因にもなっている。
でも、私と■■の幼なじみであるラルくんは、いじめられている■■と仲良くし続けてくれていた。
そのせいで、■■だけでなくラルくんへの風当たりも強くなっているようだが、彼はまったく気にしていないらしい。
おそらくラルくんは何かのきっかけで、普段から溜まっていたフラストレーションがここで爆発してしまったのだろう。
でもそれは、それだけラルくんが■■のことを大切に思ってくれていることの証拠でもあった。
「ありがとね、ラルくん」
「べっ、べつにキアラのためにやったことじゃないし!」
「はいはい」
そう叫んで顔を赤くするラルくんを微笑ましく思いながら、私は願っていた。
ラルくんが、ずっとずっと、■■の良き友達でいてくれますように、と。
「さあ、帰ろ?」
「……そうだね」
公園にある水洗い場から離れて、私とラルくんは帰ることにした。
もうそろそろ、家に帰らなければならない時間だ。
「痛っ!」
「どうしたの?」
振り向くと、ラルくんが足首を押さえて地面にうずくまっていた。
その顔を苦痛に歪ませて、何かを堪えるように口元を固く引き結んでいる。
「い、いや。だいじょうぶ」
全然大丈夫そうではなかった。
脂汗が額に浮かび、身体はプルプルと震えている。
「……それ、隠してたんだね」
「な、なんのことかな」
ラルくんはすっとぼけようとするが、私の目は誤魔化せない。
よく見ると、ラルくんの右足首が腫れていた。
足首を痛めていたのは隠しておきたかったのかもしれないが、悪化する可能性がある以上、そのままにはしておけない。
「ほら、おいで」
「……なにしてんの?」
私の様子を見て、ラルくんは怪訝そうな表情を浮かべる。
そんなに変な行動をしているつもりはないのだが、ラルくんにとっては完全に予想外のアクションだったらしい。
「おんぶだよ、おんぶ。知らないの?」
私はラルくんを負ぶさるために、その場にしゃがんでいた。
その体勢を保ったまま、ラルくんの疑問の声に答える。
「いや、そりゃ知ってるけどさ……」
少し顔を赤くしながら、ラルくんは口ごもった。
「なに? もしかして恥ずかしがってるの?」
「そ、そんなんじゃねえよ!」
口では否定していたが、明らかに恥ずかしがっている。
そんなラルくんの反応が、とても微笑ましかった。
「いいからいいから。お姉ちゃんに任せなさいな」
「……はぁ。わかったよ」
観念したように俯くと、ラルくんの身体が私の背中に密着した。
なかなかの重さだが、耐えられないほどでもない。
そのうち身長も抜かされるのだろうが、私は小学五年生で、ラルくんは小学三年生。
お互いの体格差は、まだけっこうある。
ラルくんは、初めこそ落ち着かない様子だったが、すぐに安心したように眠ってしまった。
なんだかんだ言っても疲れていたのだろう。
ラルくんがずり落ちてしまわないように注意しながらも、私は帰途についたのだった。
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