寵愛の精霊術師
第83話 呼び起こされた終焉
その日は、アリスの父が極秘に学院を訪れることになっていた。
アリスは、あまり両親の話をしない。
どうやらあまりいい両親ではないらしく、そういった話題になると途端に口数が少なくなるのだ。
とはいえ、マリーも親子水入らずの時間を邪魔するつもりはない。
アリスも親のことが苦手とはいえ、今回は弟のシャルルも交えての面会らしいので、あまりひどいことにはならないだろう。
マリーはそう思っていた。
夕方になり、そろそろ話も終わっているだろうと考えたマリーは、アリスの部屋に向かっていた。
廊下に差し込む夕日の光が、マリーを染め上げている。
その赤色が、今日に限ってはなぜか不吉なものに思えた。
「……アリス?」
だからなのだろうか。
部屋の前で佇むアリスに、どこか違和感を覚えたのは。
「……マリー?」
よく見ると、アリスの様子は明らかにおかしかった。
制服は乱れ、身体の至る所に血が滲んでいる。
「どうしたんですかアリス!? 血が……!」
駆け寄り、それを近くで確かめて、気付く。
血で汚れてこそいるものの、アリスの服には傷一つないことに。
つまりこの血は、アリスのものではない。
たとしたら、誰の――。
「……アリ、ス?」
――どこまでも暗く、深い闇に魅入られた瞳。
怖気の立つそんな光を、アリスはその目に宿していた。
「……マリー」
アリスが、ふらふらとマリーのほうへ近づいてくる。
その姿に本能的な恐怖を感じ、マリーは後ずさった。
「……っ!」
そんな彼女を見て、アリスは痛ましげに目を伏せる。
まるで、マリーのそんな態度に心を痛めているかのように。
だから、
「えっ?」
マリーは意を決して、正面からアリスを抱きしめた。
アリスの服についていた血が、マリーの制服にもべったりと付着する。
だが今は、そんなことはどうでもよかった。
「どうして?」
顔が見えなくてもわかる。
今アリスは、とても不思議そうな表情をしていると。
マリーは知っている。
アリスの中に、暗くて濁った炎が燻っていることを。
たまたま今日、その炎が燃え上がって、何かとんでもないことをしてしまったのかもしれない。
彼女の中にある闇を呼び起こしてしまったのかもしれない。
……でも、アリスはアリスだ。
マリーに危害を加えるはずがない。
その上で、彼女にかける言葉があるとするなら、マリーはこれ以外に思いつかなかった。
「私は、アリスの友達ですから」
「――――っ」
「だから、話してください。なにがあったのか」
もしかすると、最悪の事態が起こってしまった可能性もある。
この返り血の量からすると、アリスは誰かを殺めてしまったのかもしれない。
でも、それでも、マリーはアリスの友達だ。
唯一無二の親友だと、本気でそう思っている。
だから、自分がアリスの力になろう。
このときマリーは、そう決めた。
「ありがとう、マリー」
「っ!」
それは、今までマリーが聞いた中で一番優しい声だったかもしれない。
だから安心してしまったのだ。
これなら大丈夫だと。
けれど、彼女は気付かなかった。
その声色の裏に隠れた、それ以上の悲しみに。
「……ごめんね」
「え?」
アリスがそう言った瞬間、マリーの身体から力が抜ける。
強制的に思考を奪われたような感覚とともに、マリーの意識は深い闇の中へと沈んでいった。
「――さようなら、マリー」
それが、マリーが最後に耳にしたアリスの言葉だった。
その日、ロミード王立魔術学院にいた人間は、ただ一人の例外を除いて死んだ。
マリー・ロミードという、ただ一人の例外を除いて。
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