寵愛の精霊術師
第77話 エノレコート城にて
エノレコート城の地下。
そこには、巨大な収容施設が存在する。
本来であれば、この国で最も高い地位にいるはずのエノレコートの王族たち。
その一族を飼育するために、エーデルワイスによって改良を施されたのがこの場所だ。
そして今、その収容施設に一組の男女が訪れていた。
『色欲』の魔術師、エーデルワイス・エノレコートと、『嫉妬』の魔術師、ロード・オールノートである。
「これは……」
その異様な雰囲気に、ロードが眉をひそめる。
収容施設と言えば多少聞こえはいいが、これは地下牢と呼んだほうが適切だろう。
石畳の通路の両脇に錆び付いた鉄格子がはめられており、中には無造作に人間が閉じ込められている。
彼らには例外なく、光の腕輪が嵌められていた。
ディムールの王都で、ラルフ達を拘束するために使われていたのと同じものだ。
大雑把に年齢と性別ごとに分けられてはいるが、その目に光があるものは誰一人としていなかった。
「好きなのを連れて行っていいわよ。どうせ『精霊の鍵』のための供物の余り物だし」
「は、はぁ……」
エーデルワイスのそんな声に、ロードは曖昧な様子で言葉を返す。
今後身の回りの世話をしてもらうための人間が必要だろう、という話になり、エーデルワイスに連れられてロードはここにやって来た。
だが、好きなのを連れていっていいと言われても、ロードの中では困惑の色が強い。
仮にも彼らはエノレコートの王族だ。
それを奴隷のように扱うこと自体、ロードですら違和感を感じてしまう。
「……それじゃあ、この子にします」
ロードが選んだのは、銀髪金眼の、顔立ちがエーデルワイスによく似た少女だ。
白い布切れに身を包んでおり、年齢は見たところロードより少しだけ下、といったところ。
ロードがその少女を選んだ理由は、特にない。
似たような顔の少女は他にもいたが、強いて言うなら『なんとなく』、だった。
エーデルワイスがその少女を鉄格子から出してやると、少女は無言でロードの後ろに控えるように移動した。
「ロード・オールノートだ。よろしく」
「……よろしくお願いいたします。ロード様」
そう言って、少女は深く頭を下げる。
だが、物腰はぎこちなく、表情は硬い。
まあそれも仕方ないことかと、ロードは自分を納得させた。
「君の名前は?」
「……名前は、ありません」
「なに?」
答えにくそうにしていた少女が絞り出した言葉に、ロードは訝しげな表情を浮かべる。
「ああ。必要ないと思って、その子たちに名前らしい名前はつけていないのよ。ロードくんが好きな名前をつけてあげなさいな」
あっけらかんと、そんなことを言うエーデルワイス。
無論、そんな自分の態度や姿勢に、何の違和感も感じてはいない。
ロードは少し考え込んでから、やがて顔を上げた。
「よし。今日から君の名前は、ミアだ」
「……はい。わかりました」
少女――ミアは、感情の篭っていない眼で了承の意を示した。
その瞳に薄ら寒いものを感じながらも、ロードはエーデルワイスのほうへと向き直る。
「そういえば、エーデルワイス様。お伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「なにかしら?」
この施設を見た時から、ロードの中ではいくつかの疑問が渦巻いていた。
「このエノレコートの王城で、自由に行動している王族はエーデルワイス様だけなのですか?」
「そうね」
ということは、他の王族は全て地下に監禁されていたということになる。
そこまで考えて、ロードの頭の中に一つの可能性が浮かび上がってきた。
「……つまり、今までエノレコートの王家は完全にエーデルワイス様の支配下にあったのですか?」
「そうなるわね。アリスが封印されてからだから、だいたい百年くらい前からかしら」
エーデルワイスはなんでもないことのように言うが、ロードにしてみればとんでもないことだ。
それはつまり、アリスが滅んでからの百年間、ディムールは気付かないうちにエーデルワイス一人に翻弄され続けていたということ。
改めて、目の前にいる女が常軌を逸した力を持つ存在なのだということを認識する。
そして、その女がとりあえずはロードの味方であるという事実は心強かった。
「さて。アリスも活動を始めたようだし、わたくしたちも動かないといけないわね」
エーデルワイスは瞳を閉じ、そしてまた開いた。
彼女は、絶対的な意思をその瞳に宿して。
「わたくしたちの目的を達するために、アリスには必ず力を貸してもらうわ。必ず、ね」
『色欲』の魔術師は、その目的のために行動を始めるのだった。
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