寵愛の精霊術師

触手マスター佐堂@美少女

第66話 浸る傲慢





 ――私は、何を勘違いしていたのだろう。



 驚愕の表情を張り付けたままのラルくんの頭が、くるくると回りながら空中を舞う。
 そして、嫌な音を立てて広場の地面に叩きつけられた。

 頭蓋が砕け、その中身と共に赤黒い液体がぶち撒けられ、地面を汚す。
 エーデルワイスがそれを見て、これ以上ないほど満足そうな顔で頷いていた。

 私はそれを、ただ指をくわえて見ていることしかできなかった。



 なにも、できなかった。



「うっ……うううううぁああああああああああッ!!!」



 叫ぶことで楽になれるのなら、もうとっくに楽になっている。
 叫んでいるのは、ただ目の前にある現実を直視できないから。

「あら、どうしたのアリス。気が触れてしまったのかしら」

 エーデルワイスが、心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
 吐き気を催すその姿に嫌悪感を覚える余裕すら、今の私にはなかった。

 勘違いだった。ただの思い上がりだった。
 異世界に転生して、圧倒的な才能とこの世界の全てを奪えるほどの力を手に入れて、自分なら何でもできると思っていた。

 何が『大罪』の『傲慢』だ。
 何が『終焉の魔女』だ。

 本当の私は、たった一人だけの愛する人すら幸せにすることができない、どうしようもない女じゃないか。

「あぁ……いやぁぁぁぁあぁああああっ!!!」

 目をつぶり、頭を振りながら否定の言葉を口にする。
 今の私にできるのは、狂ったように叫び続けることだけだ。

 ……だから、気付かなかった。
 自分の身体がいつの間にか、赤い棺の前まで引き寄せられていることに。

「――――ッ!?」

 棺の隙間から伸びる闇精霊でできた触手が、私を拘束している十字架ごと私をここに引っ張ってきたのだと、遅れて理解した。
 あまりにも濃密すぎる闇精霊の気配に、私ですら寒気を感じる。

 だが、その中に懐かしいものを感じるのもまた事実だ。
 それはおそらく、私の肉体があの棺の中に入っているからなのだろう。

「私が、欲しいの……?」

 闇が鳴動めいどうする。
 それは、私の言葉を肯定しているように思えた。

「……そっか」

 ラルくんさえいれば、ほかに何もいらなかった。
 心の底からそう思っていた。

 だから、私が出した結論も、これ以外には考えられなかった。





 ――ラルくんを取り戻す。
 たとえどれだけの犠牲を払ってでも、世界からあなたを取り戻してみせる。



「そのためにはまず、身体を取り戻して『憤怒』を奪わなきゃ」

 『憤怒』は、人間の魂をつかさどる。
 あの悪辣な魔術師――カミーユなら、間違いなく彼の魂を縛り付けているはずだ。

 ……それならまだ、可能性はある。
 ラルくんを取り戻せる可能性が。

 そして、そのあとは――、

「やっぱり私、嫌な子だ……」

 また、私は罪を重ねる。
 きっと彼は許してくれないだろう。
 でも、それでもやらなければならない。





 はじめから、すべてをやり直すために。





 私は自分の意思で闇に触れた。
 その途端、私の意識は急速に沈んでいく。

「――――」

 二度と、戻って来られないかもしれない。
 そんなことをぼんやり考えながら、私は心地よい闇に身を委ねる。



 そして私は、意識を手放した。

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