のらりくらりと異世界遊覧

霧ヶ峰

第44話:試験前のちょっとした出来事

 入学式の日から幾分か時が流れ、季節は春から夏へと移り変わろうとしていた。
 春と言うには日差しが強く、夏と言うには少々肌寒い・・・そんな季節だ。



 特にこれと言った出来事も無く、三人は日に日に学園生活に慣れていった。

 その間、カルは例の豚男に対して常に目を光らせていたが、そいつは主だったことをするわけではなかったが、ククルやクロウに粘着質な視線を向けることが多く、それがカルの気がかりとなっていた。

 カルがそうやっている一方で、クラスメイトと仲良くなっていったククルは着実に友達を増やし、クロウは図書館に入りびたりになっていたせいか、図書委員の先輩方に気に入られ、なぜか「図書委員会にはいらないかっ!?」とすごい剣幕でスカウトされたりしていた。



 だが、そんなこんなでにぎやかな学園生活を送っていた時とは打って変わって、今の学園はどことなくピリピリとした雰囲気に包まれていた。

 夏が始まる前、一学期の半ばと言っていいこの時期にある重大なイベント・・・・・
 学生ならば逃れることのできない運命・・・・・・

 そう、そのイベントの名は[一学期中間試験]

 人によっては地獄のイベントと化し、人によっては特に気に留めないモノになる。


 この学園では、試験の一週間前から[試験期間]となっており、自宅で根を詰めようとする者、小数人で集まってお互いに教え合う者、一夜漬けにかけてだらける者。様々なグループになって試験への対策を練っている姿があちらこちらで見て取れた。

 勿論のこと、カルとククルも試験へ向けてクラスメイトの何人かと図書館で机を囲みながら苦手分野を克服しようと日々励んでいた。

「なぁククル。これってどういうことだ?」
「え?・・・そうねぇ。これがこうなって、それで出たこれをこっちに代入して、そんでもってーーー」
「あぁ!!!なるほど!サンキュー!」

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「ククルちゃん!こっちは?」
「あー、それはこの式を使ってーーー」

「こっちは?」
「この図だったら・・・ここがこうなってるし、こっちとこっちを足して―――」

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「あ!もうこんな時間!ククルちゃんありがとね!今度お礼するから!!!」
「貸しってことにしといてねー」

 延々と質問され続けながらも、自分の苦手なところを復習していたククルは、図書館に置いてある時計を見て急ぎ足で去っていった最後のクラスメイトを見送ると、大きく身体を伸ばして息をついていた。

「はぁ~・・・明日が試験だからってみんな根詰めすぎじゃない?」
「そうか?俺らもシャーロットさんの試験の時あんな感じだったろ」
「そう言われればそんな気もするけど・・・」
「しかも、俺らが余裕持って試験対策出来るのも、あの時クロウが言ってたことやってたからじゃん。ま、人のことはその人に任せるけど」
「なんだか、カルって最近ちょっと変わった気がするわ。ま、いっか??私たちもそろそろ帰りましょ?クロウちゃんが待ってるわ!」
「俺が言うのもなんだけど、もうちょっとクロウ依存から抜け出した方がいいと思うぞ・・・」

 試験の対策問題や教科書の入ったカバンを担ぎながらそうぼやくククルに、カルはカバンに机の上のものを詰め込ながらため息を吐いたのだった。







 その後、図書館を出ようとした二人は、入り口付近で何やら騒ぎが起こっていることに気付き、足を速める。

「何かあったんですか?」
 ククルは人垣に着くと、騒ぎの野次馬らしい中等部以上の生徒にそう声をかける。ちなみに、なぜ中等部以上だと言い切れるのかと言うと、今のククルたち初等部の来ている制服は、騎士科と魔術科に分かれていない・・・と言うより、元々騎士科・魔術科と別れるのが中等部からで、初等部の内は男女それぞれ決まった制服を着ているのだ。


 閑話休題


「あぁ初等部の・・・一年生の主席と次席の子か。なんでも、君たちと同じ初等部一年の生徒が揉め事を起こしたようだよ?聞くところによると、三席の生徒がそこの柱のところにいた銀髪の女子生徒を「女子生徒?」あ、あぁ。私は見ていないが女子生徒を無理やりに連れて行こうとしたらしくてね。それを拒絶した・・・まぁそこらへんの細かいとこは知らないけど、その子が拒んだら今度は三席の子が「我の誘いを断るとは何たる無礼っ!!!我はアラカルト男爵の!貴族の息子であるのだぞっ!!!」っと今みたいに叫びだしてね。ま、私は時間的にもう見てれないし、頼りになりそうな人を呼んでから先に帰るわね。君たちも貴族のめんどくさいことには関わらない方がいいよ。それじゃ、試験頑張るんだよ~」
 二人にそう言って颯爽と立ち去る魔術科の制服を着た女子生徒は、スイスイと人垣を避け進み、瞬く間にその姿を見失ってしまった。

 その様子に呆気をとられていた二人だったが、再び聞こえてきた豚男の声で再起動して、人垣の中に進んでいった。



 進んでいくにつれて中央の様子が窺えるようになって行くのだが、あまり良い雰囲気ではないようだ。だが、未だに大ごとにはなっていないようなので、豚男が踏みとどまっているのか、それとも・・・・・

 そんなことを思いながらやっとのことで人垣を抜けた二人は、その中心で起こっている出来事を目の当たりにして何度目かわからないため息を吐いた。

「・・・・・んん?おぉ、やっと来たやっと来た」

 カルとククルが人垣を抜けたとたんに二人に気付いた銀髪の生徒ーークロウーーは、待ってました!と言わんばかりに、未だ何か叫んでいる豚男を無視して二人の元へと駆け寄った。

 そのまま「何でこんなに遅かったんだー?」やら「早く帰りたいんだけどー」などどカルに口撃を繰り出していると、カルとククルの登場で一時的に呆けていた奴が再起動した。

「またか!また貴様か!何度も何度も我の邪魔をしおって!!!なぜ貴様のような下劣な一般市民がこの我を差し置いてそのピンを付けているのだっ!貴様も、貴様の女もっ、そこの小娘もっ!なぜ我を・・・この崇高な我の邪魔ばかりするのだぁあああ!!!」

 先ほどとは打って変わって、熟しすぎたトマトのように顔を真っ赤に染め、狂ったように叫び散らす男に、たった一人を除いて周りの・・・人垣を作っている人達は呆気にとられたかのように静まり返る。

 周りの様子すら目に入らないほどに興奮しているのか、ただただ言葉を吐き出す男を周囲の人たちは無機質な瞳で見つめていたが、男が息継ぎするタイミングで発せられた鳴き声と、それに続くようにブフッ!っと吹き出しては口を押え肩を震わせるクロウへ、驚いた顔を向ける。

「な、何が可笑しい!もともと貴様らさえいなければ、我は主席になっていた!そう決まっていたはずだったのだ!」
 未だ興奮が冷めきっていない男・・・いやアラカルトは、クワっと目を見開いてそう口走る。そう・・・叫んだのではなく、口走ってしまったのだ。


 今現在、カルとククル、そしてアラカルトの取り巻きを含む8人と一匹を取り囲むんでいる人たちは、少なくとも自らの力だけで入試試験を乗り越えてきた一種のエリートであり、他にある学園よりも難易度の高いここを自ら進んで選んだ者たちなのだ。
 それゆえか、この学園では試験の不正はおろか、長期休学中の一行動に対しても、それなりの責任を持つのが当然になっていた。その揺らぎない意識は、もはやプライドと言う枠組みを超えて、一種の信念となっているのだ。



 余談ではあるが、この信念になっている程のプライド意識のせいか、[生徒会]や[風紀委員会]などの役組は、そこに所属することだけでかなりの名誉であるのだ。
 ちなみに、この学園では「入試試験最上位者は、一人の例外もなく生徒会に強制参加させられる」のだが、それが通達されるのは中間試験後のため、”カル”はそのことを知らない。勿論クロウとククル、そして当然だが学校長のウィリアムはそのことを知っているが、事前に伝えるような野暮なことはしない。例えその理由が面白そうというものであっても・・・




 そんな信念の下で、この学園の一員であることに誇りを持っていた生徒たちが、アラカルトの叫びに含まれていた物を理解できないわけがなかった。


 [欺瞞ぎまん]と[怠慢たいまん

 それが周囲の人たちの導き出した答え。

 それを導き出した人たちは、先ほどまでの感情を殺したような瞳から打って変わり、今は氷のような冷ややかなものとなっている。

 そんな空気は、水に石を投げ入れた時のように波紋となって広がってゆく。
 アラカルトの言葉が聞こえた者の中でまだ理解に至っていなかった者でも、広がってゆく雰囲気で理解に至り、聞き取れなかった者も察したようだ。


 そんな空気に包まれ、少し頭が冷めたのか、未だ顔を真っ赤に染めているものの、先ほどまでよりは理性の光を保った瞳で三人を睨み付けるアラカルトだが、流石に自身の不利を悟ったようで、いくつか暴言を言い残しながら取り巻きを引き連れて去っていった。

 アラカルトがいなくなったところで、周りの野次馬---もとい見物人も、「ようやくひと段落したか・・・」と、図書館に入っていったり、「ちょっくら調べますか・・・おい、お前ら。仕事だ」と、何かを呟いて集団で移動していく人たちと様々なものだった。
 中には、三人ーーー主にクロウとククルーーーに「めんどくさいかもだけど頑張ってね」と労いと励ましの言葉をくれる人までいた。





そんな言葉に、愛想笑いで応えながらも帰路につく三人。
校門を出て少し歩くと、カルが顔だけクロウの方に向けて
「そういや、なんでさっき笑ったんだ?」
と、首を傾げてそう聞く。

「あ〜・・・だって、ジンがいきなり『弱い奴ほど良く吠える』とか言うんだもん。仕方ないじゃん」
カルとククルには分からないジンの潜んでいるであろう方を向いて、プクーっと頬を膨らませるクロウ。

「なるほどねぇ~。それじゃー仕方ないかぁ」
その言葉を聞いたククルは、以外とお茶目さんだね・・・と、苦笑交じりにそう返し、「むくれてるクロウちゃんもかぁいい」と後ろを向いているクロウの背中に抱き着く。

「ん・・・二人とも帰ろっか。一応明日の試験の見直ししとかないとね」

急に背中に重みがやってきて、少しのけ反りかけたが、ククルへ少しだけ体重預けることでを立ち直り、その姿勢のまま肩に乗っかっているククルの頭を撫でながらそう言う。

『まぁ、読んだら覚える暗記型のカルと、呑み込みの速い学習型のククルにはいらないかもだけどね・・・』

ちゃんと勉強している努力型のクロウとは違う天才型の二人は、

「教科書一通り読んだし、ダイジョウブっしょ!」
「試験かぁ~・・・シャーロットさんのより難しくなければ良いんだけど」

などと言ってはいるが、実際のところもう既に初等部のレベルの勉学は、シャーロットの教えによって終えられているのだ。 

だが、教えたら教えたでカル辺りは勉強をサボりそうだから敢えてクロウは伝えていない。










そんなこんなで、三人の学園生活は三年間の復習から始まるのだった。

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