のらりくらりと異世界遊覧

霧ヶ峰

第27話:学園までの道のり②

「わかってるってばよっと………さてと、何処かな?」
クロウは上を向いて、深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
そのまま何度か深呼吸のような事をしつつ、体内の魔力を練って増幅させる。

「っし![サーチ]!」
学園へ続く街道の方へ向き、360度全方位にではなく自分の前方90度に広がるように、魔力の波を放つ。
クロウの放った魔力は、空気に干渉する事なく進み、辺りの様子を伝えてくれる。

「ん!見つけた…って、どうなってんだこれ」
僅かの間に大分距離が離れていたが、クロウは馬車を発見することができた。相変わらずゆっくりと進んではいるが、その周囲に、人型の何かが10人ほど馬車を囲むように展開しているのだ。

「これは…急いだ方がいいかな?[ブースト・ダブル]!」
[ブースト]を2回纏めて重ねがけし、クラウチングスタートのポーズをとる。手は地面ではなく魔力足場につけ、足の裏にも展開する。

「[シャドウムーブ]!…GO!!!」
街道に沿うように茂っている木々の影に紛れ込むようにして、スタートを切る。木々の隙間を縫うように馬車の元へ駆けるクロウは、呑気にも『エレメント全部の完全封印やと、風の音が、五月蝿いんだよな………』と思いながら歩を進めていた。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
少し時間は遡る。








「なあ、カルっち。本当にクロウちゃん達置いてってよかったんけ?」
馬車の御者台の上で、手綱を握りながらちょくちょく後ろを振り返っていたシリルが、クロウのことが心配なのかカルにそう聞く。

「え?ああ、大丈夫だと思いますよ。多分すぐに追いついてくると思うんで」
心配そうなシリルとは正反対に、馬車の中でククルとフィヤと一緒にトランプをしながら呑気に返事をする。

「そうですよ〜。逆に邪魔したら怒られちゃいますし…やった!1抜け!」
カルの手札から1枚引き抜き、歓声をあげながら手元に残っていた2枚の札をカル、ククル、フィヤの真ん中で山になっている札に投げ入れる。

「そっか〜…あっ!ババだ!」
フィヤがカルの手札からババ札を引き抜いたらしく、悔しそうに叫んでいた。

「ふっふっふ…フィヤさん。これで…終わりだぁ!」
その様子を見て、カルは“フィヤがシャッフルした”事に気付かないまま、自分の札とは逆の札と思われる札を引き抜いた。





その後………ババを引いて驚いているカルからババでは無い方の札を掠め取り、フィヤが2位で第1回旅路内ババ抜き大会は、カルの負けで終わりを迎えた。







「………………………………」
落ち込んで馬車の隅で体育座りになり始めたカルに、ククルとフィヤから猛烈な追撃がかまされる。

「さーてと、カルが無事負けたようだし…フィヤさん、バツゲームはどうします?」
とてもいい笑顔でククルは、カルの方を向きながらフィヤに聞く。

「まっ!そんなルールはっーーー」
「そうねぇ…カル君の恥ずかしい話はどう?」
カルの言葉を遮るように悪い笑みを浮かべたフィヤそう答えた。

「言いませんよ!ぜったいに言いませんからね!」
ジリジリと近寄ってくるククルとフィヤから、逃げるように馬車の屋根へと登る。

「あっ!逃げるなー!」
馬車の中からそんな声が聞こえてきたが、馬車の屋根には来ないようなので、カルは長い溜め息をついて体の力を抜く。

「や〜〜っと、安心できるわ〜」
そう呟きながら屋根の上に大の字になって寝っ転がる。そして、そのまま目を瞑って体の力を抜いていると………


「………!?」
何処かから突き刺すような視線を感じた。しかも、その視線は1つではなく、自分の周囲、至る所からだ。

『なんだこの視線は!嫌な感じがするぜ………。こりゃ、ククル達にも知らせねぇと』
そう思い、カルは身を上げようとするが…ふと、地獄の3年間でクロウに言われたことが頭をよぎる。












ーーーそれは地獄の3年の中で初めて森の奥地に踏み込んだ時だった。
薄暗くなり始めた森の中で、クロウがふと立ち止まり、自分にこう言った。

『なぁカル、お前はこの視線を感じてるか?感じてるなら、驚いたり、焦ったりした様子は見せるな。気づかないフリして仲間に伝える事を忘れるな。決して相手にこちらが気付いていると悟らせたらいけない。これだけは、覚えとけよ?』

ーーー森の中でそう言われた時は、なんのことだかわからなかったけど、今なら分かるぜクロウ…

『敵に悟られずに、味方に情報を。敵に悟られずに、戦う準備を………か、分かっていてもやるのはムズイなこりゃ…』




カルは、馬車の屋根の上でゆっくりと上半身を起こし、大きく伸びをする。そして、再び寝っ転がり、うつ伏せになると、そのまま這うように馬車の御者台の方まで移動する。御者台に座っているシリルは、頭上からずりずりと物音が聞こえたため、怪訝な顔をしてゆっくりと振り返った。

「シリルさん、そのまま普通に会話するようにしていてください」
「え?う、うん。分かったっす」
シリルは一瞬、カルの行っていることが飲み込めなかったが、カルの瞳を見て、そこに写っている何かに感じ取って、いつものようなニコニコとした表情を作り浮かべる。

「シリルさん、今この馬車は、何かに狙われてるみたいです。森の奥と草原の中から、こっちを射殺すような視線を感じました。と言うか、現在進行形で感じてます」
「マジっすか………それで、このことはククルちゃんとフィヤっちには?」
「まだ言ってませんけど、ククルがもう気づいてると思います。ウォーレスさんとセントさんにも伝えたいんですけど、俺には無理そうなのでシリルさんに任せていいですか?」
「分かったっす。こっからは、本職冒険者の見せ所っすよ。と言っても、もう気づいてると思うっすけどね」
カルとシリルは、馬車の前方を歩いている2人に目を向けた。カルにはわからないが、長年の付き合いになるシリルには、笑いながら話をしている2人の瞳が全く笑っていないのを見抜いていた。


「わかりました。じゃあ俺は中で作戦でも立ててますね。と言っても、いらなくなると思いますけどね」
カルはそう言い残して、ゆっくりとした動作で馬車の中に入って言った。

『いらなくなるってどういうことっすかね。まさか、クロウちゃんがやっつけてくれるんすかね』
先ほどみた光景を思い出して、苦笑いするシリルは、これから起こりうることに備えて手綱を握り直したのだった。
















カルが馬車の中に入ってからしばらく時間が経った。もう日が傾き始めるのと言うのに、クロウは未だに帰ってきていない。そして、ずっと同じペースで進んでいる馬車を全く同じペースで相手も進んでいるようで、こちらを射殺すような視線はずっと付いてきている。

『おかしいっすね。そんじょそこらの盗賊なら、もうとっくに痺れが切れているはずなんすけど。………なんだか、嫌な予感がしてきたっすよ』
あまりにも統一の取れすぎた集団に対して、胸の奥から不安感が湧き上がってきたシリルは、今一度しっかりと手綱を握り直すのだった。













さらに時間は経ち、時間は午後3時を回る。
クロウと別れてから優に5時間は経過していた。

「シリルさん、相手の様子はどうです?」
馬車の中から顔を覗かせたのは、カルではなくククルだった。

「おや、カルっちではなくククルちゃんでしたか。相手は動きなしっすよ」
「そうですか………どうも、腑に落ちませんね」
ククルも相手の行動を不思議に思っているのか、森の方をちらりと見る。

「やっぱり変っすよね。賊がこんなに統一の取れた動きをするなんて」
「ん?え、賊だったんですか!ほえ〜、盗賊ってこんなに計画的にするんですね」
「え?そこっすか!?と言うか、普通の賊はもっと荒っぽいっす。ってククルちゃんは、何処が腑に落ちないんすか?」
「え?どこって………クロウちゃんが帰ってくるのが遅すぎるんですよ〜。ジン君もいるはずなのに、もう結構な時間が経ってるんですもん」
少し頬を膨らませながらそう言うククルに呆れながらも、シリルは脳内に浮かび上がった嫌な考えを頭を振って払う。

『まさか、捕まってるわけじゃ………いやいや、そんなことは考えちゃいけないっすね。ウチらは護衛でもあるんすから、もっと落ち着かないとっすね』




「まぁ、あの子達がいるんなら大丈夫でしょ。ウチらは、このまま行きましょか」
「そうですよー。クロウちゃんは放っておいた方がいろんな意味で良いんですから」
「そうっすね。って、リーーーダーーー!もうそろそろ、野営の準備した方が良いんじゃないっすかー?」
ククルと話をしている最中、ふと思いついてリーダーであるウォーレスに声を飛ばす。

「ん?あぁ、そうだな。よーし!ここいらで今日は終わりにしようか!お前ら手伝え!場所を確保するぞ」
シリルにそう言われたウォーレスは、少し大きな声で馬車まで聞こえるように少しわざとらしくそう言う。
そして、そのまま草原の中へ入って行く。





そのまま街道から10メートルほどの所まで行くと、馬車を止めて全員が降りる。

「リーダー、セント、ほいこれ。頼んだっすよ」
そう言ってシリルは、馬車の中から取り出した紐のついた幅1メートルほどの木の板を投げ渡す。

「オーケー。セントやるぞ」
「はぁー、面倒いから嫌いなんだけどなぁ」
受け取った2人は、板を使って生い茂った草をどんどん踏み潰し平らにして行く。しばらくすると半径6メートルほどの草の潰れた空間が出来上がる。

出来上がった空間にシリルとフィヤがテントを張り始めた。それをカルとククルが手伝いに加わり、少しの時間でテントが張り終わった。そして、最後に馬車の馬たちを繋ぐために太めの木の杭を地面に撃ち込み、縄を括ると、野営の準備は終わりだ。カルとククルの手伝いもあってか、とても素早く野営の準備が完了した。
時刻は午後4時ほどだろう。もう少しで草原の向こうに夕陽が沈むだろう。

「さて、休憩としますか!」
【スクエア】リーダーであるウォーレスの言葉によってクロウを除く6名は自由にぶらぶらし始めるのだった。















ーーーそして、その頭上を薄っらとオレンジ色に染まりつつある鷹が、大きな円を描きながら、特徴のある声で4度鳴いていた。










「………ふっ、りょーかいしたぜ」
「任せたよ、クロウちゃん………」
その声を馬車の屋根の上で聴いていた双子は、安心したようにフッと笑い、体の力を抜いたのだった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品