山賊団リベルタス

みりん

8 森の奥

 デンテは、森の中ですっかり迷っていた。
 山小屋の近辺を自分の庭として育って来た森の子であるデンテは、まさか自分が森の中で迷子になるなどとは想像もできなかった。しかし、深い森のどこをどう通ってやって来たのか、皆目見当がつかなくなっていた。

「ダセー。迷った……」

 日はまだ中天にある。落ち着いて下山すれば、日暮れまでには山小屋に帰れるだろうか。帰れなかったらどうしようか。一応、火打石は持っている。山の夜は急激に冷えるだろうから、もしこのまま帰れなければ、どこかで火を焚いて夜を明かすことになりそうだ。しかし、火の焚けるような広い場所はあるだろうか。考えたくもなかった。

野営の仕方、もっとちゃんと聞いとけばよかった。いや、まだ帰れないと決まったわけじゃないんだから。
 ガサッ
 遠くで茂みが揺れる音が聞こえた。慌てて音の方を見る。

 鹿だ!

 小さい鹿だった。鹿子模様は消えているが、角のない、おそらく若い牝の鹿だ。
 デンテはそっと近づく。弓の射程範囲圏内に捉えて、弓をつがえた。呼吸を整える。

 落ち着け、今度こそ……!

 いよいよ矢を放つ、というその瞬間、デンテは後ろから強い衝撃を受けふっ飛ばされた。

「うわっ!?」

 地面にひっくり返って、見上げる。
 デカい!
 体長はデンテの身長を優に超えている。大きな四又の優美な角を生やした牡鹿がヒヅメを鳴らしていた。角の先は鋭利に磨かれており、まともに突き刺さったら、どうなるかわからない。

「デンテ、逃げろ!」

 声と一緒に矢が飛んできた。矢は二本。しかし、牡鹿はこれを角で打ち払った。牡鹿が矢に気をとられた隙をついてデンテは身を起こし走り出した。声の主、レオニス、そしてラビも続く。

「何ボケっとしてんのよ。やられたいの!?」
「うるせー! ちょっと油断してただけでえ!」

 後ろを伺い見る。牡鹿は立派な角を掲げながらついて来ている。

「ついて来んなー!」

 デンテとレオニス、そしてラビの三人は、森の中をひた走った。しかし、鹿の足には叶わない。矢を射ようにも、走りながらでは狙いを定められず、うまく命中できない。

「きゃっ!」

 ラビが石に躓いて転んだ。

「ラビ!」
「いいから! あんた達は逃げなさい!」
「でも!」

 牡鹿は目の前だ。今にも襲いかかって来る。牡鹿の力強い跳躍。

 やられる……!

 デンテはその瞬間、目を閉じた。痛みも衝撃もない。目を開く。

「お前ら無事か!?」

 その声は。

「団長!」

 ラビ、レオニス、デンテの声が重なった。
 アルサスは、続けざまに三本射た矢が刺さり、動きの鈍った牡鹿に駆け寄ると、喉元に剣の一太刀を浴びせた。牡鹿は血しぶきをあげ、事切れる。

「ふう。これでよし、と。お前ら、危ないところだったな。怪我はないか?」
「団長! はい。ちょっとコケちゃっただけです。ありがとうございます」

 ラビは立ち上がり、その場でぴょこんと飛び跳ねてみせた。

「僕は大丈夫です」

 レオニスが言うと、デンテも頷いた。

「それより、すげーよ! 団長! 剣でやっつけちゃうなんて!」
「お前らはマネすんなよ。特にこの時期の牡鹿は発情期で凶暴だ。暴れたら大人でも危ないんだからな」

 アルサスは笑いながら言ったが、普通、マネしたくても出来ない。

「ったく。四又角とは、大物だな。普通、いないぞ。こんな大物。さすが、神域の森に近いだけのことはある」

 神域の森とは、隣の山にあるシルヴァ神の森のことである。麓にある都市は、シルヴァ神を信仰し加護を受け、暮らしている。ちなみに、リベルタスの団員は信仰は自由だが、ほとんど特定の神への信仰をしている者はいない。

「でも、どうして団長がここに?」

 ラビが問えば、アルサスは笑って答える。

「それはこっちのセリフだがな。あれだけ騒いでれば、嫌でも気づくさ。まあ、この辺りに狙いを定めていたのは確かだから、運がよかったな。血抜きが終わるまで時間がある。もう少し、俺とこの辺で狩りをするか?」
「うん!」

 デンテは飛び上がって喜んだ。ラビは目をつり上げる。

「もう! 団長は優しすぎます!」

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