山賊団リベルタス
5 林檎酒
「大丈夫? 傷はいたまない?」
マラは、林檎をすりおろす手を止めて、レオニスの顔を覗き込んだ。
「無理しちゃダメよ。起きれるようになったばかりなんだから。ホントは仕事だって、まだ手伝わなくてもいいのに」
ラビもレオニスの様子を伺っている。
「いえ。何かしてた方が気が紛れて、いいです。ありがとう」
伏し目がちに、微苦笑で答えたレオニスに、厨房に集まっていた女達は慌てて答える。
「そんな、お礼言うことなんてないんだよ」
「そうよ。こちらこそ、手伝ってくれてお礼を言わなきゃね。今まで仕事したことなんてなかったんだろ? ウチは貧乏だから、これからも働いてもらわなきゃ食べていけなくて申し訳ないくらいなのに」
女たちは、すりおろした林檎を布巾で絞って、林檎果汁を容器いっぱいにためていく。そこに酵母と砂糖を混ぜ合わせ、瓶につめたら、あとは厨房の隅に置いておくだけ。数日もすれば発酵が進み、自家製の林檎酒になる。レオニスに与えられた仕事は、マラと同じく林檎をすり下ろす係だった。
「本当に気を遣わないで下さい。大丈夫ですから」
レオニスが苦笑で答えると、女達の歓声があがった。遠慮がちなレオニスは山賊団の荒くれた男たちを見慣れている団の女達には謙虚にうつり、母性本能をくすぐられるらしい。
実際、レオニスは美少年と呼んで不足はない顔立ちをしていた。ありふれているはずの茶色の髪は細くてさらさらで、光を多く含んでいるように見えたし、切れ長で大きな目、澄み切った瞳は漆黒で、まっすぐ伸びた鼻梁、血色が戻ってきて薔薇色に戻った唇。成長途上で華奢な身体。どれをとっても一級品の造形だった。
女達がうっとりと溜息をつくのも無理からぬことであった。
「林檎とって来たぞー……って、なんでいるんだよ!」
厨房に入って来たデンテは、女達の中にレオニスを見つけて顔をしかめた。
林檎酒作りに関わらず、普段ここでは炊事は女の仕事だったからデンテは油断しきっていたのだ。レオニスから逃げ回っていたデンテは、しかし彼が起き始めてから、こうやって不意に遭遇してしまうことが増えていた。前回も厨房で、お互い水を飲みに来たときだった。しかし、その時はすれ違った程度で、こうしてガッツリと顔を合わせることになったのはこれが初めてだった。
「何かしたいって言うから、手伝ってもらってるのさ。デンテ、レオニスに挨拶は?」
ラクーンは、黄緑色の美味しそうな林檎がたくさん詰まった籠を受け取りながら、デンテに囁いた。
「女の仕事かよ。ダセー」
これみよがしな大声でデンテは言った。
「デンテ!? あんた何言って……!?」
「そうよ。レオニス君は起きたばっかりなんだから、当たり前でしょ! 身体の負担の少ない仕事をしてるだけよ! ダサいって何!? 林檎酒作りだって立派な仕事よ!」
ラビがバンと、テーブルを叩いた音に一瞬ひるむデンテ。しかし、デンテはめげなかった。
「男が女の仕事するなんて、ダセーよ、ダセー! リベルタスの男のすることじゃないね! やっぱり、こんな女男、山賊には向いてねーよ! 諦めて家に帰れ!」
まっすぐ、レオニスを睨んで叫んだ。
「こら、デンテ! レオニスに謝んな! ごめんね、レオニス。うちの子がバカで」
ラクーンのゲンコツが降ってきたが、デンテはひょいとかわした。対するレオニスは、少し驚いた顔をした後、落ち着いて口を開いた。
「いえ。あの、女の仕事と男の仕事があるんですか?」
「ほら、デンテがバカなこと言うから。別に、女、男って分けてるわけじゃないんだよ。うちの男達は乱暴者が多いから、たまたま、そうなってるってだけで。料理人の男が仲間になったら、厨房の指揮はその男に任すだろうしね」
ラクーンが慌てて言い募る。
「でも、母ちゃんの料理は、そこらの料理人に負けないくらいうまいだろ」
デンテが当然のように答えると、ラクーンは息子を叩いたが、満更でもない顔は隠しきれていなかった。
「なるほど。じゃあ普段男は、どんな仕事をしてるんですか?」
レオニスがおずおずと質問すると、デンテは胸を張って答えた。
「男は、畑仕事や山に入って果物や山菜、薬草を取ってきたり、狩猟もする。家の修繕の大工仕事だってするし、敵が現れないか山の見回りも欠かせないし、捕まえた動物の革で服や靴を作ったり、もちろん金になりそうな大商隊を襲ったりの山賊行為もするし、奪った積み荷を高く売ってたくさん小麦を仕入れてくるのも男の仕事だ!」
「女の子だって、畑仕事や食材採りはするもん。ラビは狩りだって出来るよ。革をなめすのはムステラさんに任せるけど、鹿や兎の柔らかい革だったらあたしだって扱えるもん。お裁縫は男の人にも負けないよ!」
マラが唇をとがらせた。
「それに、デンテが普段やってる仕事は、最初の畑仕事や山に入っての果物狩りや山菜採りだけでしょ。きのこや薬草はまだ全然覚えきれてないし、戦闘だって団長の許可がおりるのはずっと先の話じゃない」
ラビが横目で指摘すると、デンテは顔を赤くした。
「うるせーな! 修行中なんだよ。それに今年から、狩猟には参加させてくれるって団長と約束してあるし! 弓だって、練習してるし!」
「弓なら僕も得意ですよ。身体なまってるから、今すぐに出来るかはわかりませんが」
レオニスが小首をかしげて言った。女達の歓声があがる。
「僕も、明日から男の仕事をさせて下さい」
レオニスの言葉に、デンテは顔を青くした。
「はあ!? お前、だって傷は?」
「たぶん大丈夫です」
「無理しちゃダメだよ。でも、本人がそう言うんなら、明日の畑の収穫から手伝ってもらうのもいいかもね。デンテ、面倒みてやるんだよ」
明らかに焦りだしたデンテを見て、ラクーンは面白がるような顔をしている。
「ええええ!? なんでオレが! だって畑仕事なんて、あ! そうだ。虫がいるぞ。虫。貴族なんて虫苦手だろ? やめといた方がいいって」
デンテの思いつきに、レオニスは事も無げに答える。
「虫もいるんですよね。そうか。虫、好きです。僕、虫と石は好きで標本も持ってました。明日が楽しみです。デンテ、よろしく」
満面の笑みで答えるレオニスだった。
「なんでこうなるんだよ~~~!」
デンテが叫んでも後の祭りだった。
マラは、林檎をすりおろす手を止めて、レオニスの顔を覗き込んだ。
「無理しちゃダメよ。起きれるようになったばかりなんだから。ホントは仕事だって、まだ手伝わなくてもいいのに」
ラビもレオニスの様子を伺っている。
「いえ。何かしてた方が気が紛れて、いいです。ありがとう」
伏し目がちに、微苦笑で答えたレオニスに、厨房に集まっていた女達は慌てて答える。
「そんな、お礼言うことなんてないんだよ」
「そうよ。こちらこそ、手伝ってくれてお礼を言わなきゃね。今まで仕事したことなんてなかったんだろ? ウチは貧乏だから、これからも働いてもらわなきゃ食べていけなくて申し訳ないくらいなのに」
女たちは、すりおろした林檎を布巾で絞って、林檎果汁を容器いっぱいにためていく。そこに酵母と砂糖を混ぜ合わせ、瓶につめたら、あとは厨房の隅に置いておくだけ。数日もすれば発酵が進み、自家製の林檎酒になる。レオニスに与えられた仕事は、マラと同じく林檎をすり下ろす係だった。
「本当に気を遣わないで下さい。大丈夫ですから」
レオニスが苦笑で答えると、女達の歓声があがった。遠慮がちなレオニスは山賊団の荒くれた男たちを見慣れている団の女達には謙虚にうつり、母性本能をくすぐられるらしい。
実際、レオニスは美少年と呼んで不足はない顔立ちをしていた。ありふれているはずの茶色の髪は細くてさらさらで、光を多く含んでいるように見えたし、切れ長で大きな目、澄み切った瞳は漆黒で、まっすぐ伸びた鼻梁、血色が戻ってきて薔薇色に戻った唇。成長途上で華奢な身体。どれをとっても一級品の造形だった。
女達がうっとりと溜息をつくのも無理からぬことであった。
「林檎とって来たぞー……って、なんでいるんだよ!」
厨房に入って来たデンテは、女達の中にレオニスを見つけて顔をしかめた。
林檎酒作りに関わらず、普段ここでは炊事は女の仕事だったからデンテは油断しきっていたのだ。レオニスから逃げ回っていたデンテは、しかし彼が起き始めてから、こうやって不意に遭遇してしまうことが増えていた。前回も厨房で、お互い水を飲みに来たときだった。しかし、その時はすれ違った程度で、こうしてガッツリと顔を合わせることになったのはこれが初めてだった。
「何かしたいって言うから、手伝ってもらってるのさ。デンテ、レオニスに挨拶は?」
ラクーンは、黄緑色の美味しそうな林檎がたくさん詰まった籠を受け取りながら、デンテに囁いた。
「女の仕事かよ。ダセー」
これみよがしな大声でデンテは言った。
「デンテ!? あんた何言って……!?」
「そうよ。レオニス君は起きたばっかりなんだから、当たり前でしょ! 身体の負担の少ない仕事をしてるだけよ! ダサいって何!? 林檎酒作りだって立派な仕事よ!」
ラビがバンと、テーブルを叩いた音に一瞬ひるむデンテ。しかし、デンテはめげなかった。
「男が女の仕事するなんて、ダセーよ、ダセー! リベルタスの男のすることじゃないね! やっぱり、こんな女男、山賊には向いてねーよ! 諦めて家に帰れ!」
まっすぐ、レオニスを睨んで叫んだ。
「こら、デンテ! レオニスに謝んな! ごめんね、レオニス。うちの子がバカで」
ラクーンのゲンコツが降ってきたが、デンテはひょいとかわした。対するレオニスは、少し驚いた顔をした後、落ち着いて口を開いた。
「いえ。あの、女の仕事と男の仕事があるんですか?」
「ほら、デンテがバカなこと言うから。別に、女、男って分けてるわけじゃないんだよ。うちの男達は乱暴者が多いから、たまたま、そうなってるってだけで。料理人の男が仲間になったら、厨房の指揮はその男に任すだろうしね」
ラクーンが慌てて言い募る。
「でも、母ちゃんの料理は、そこらの料理人に負けないくらいうまいだろ」
デンテが当然のように答えると、ラクーンは息子を叩いたが、満更でもない顔は隠しきれていなかった。
「なるほど。じゃあ普段男は、どんな仕事をしてるんですか?」
レオニスがおずおずと質問すると、デンテは胸を張って答えた。
「男は、畑仕事や山に入って果物や山菜、薬草を取ってきたり、狩猟もする。家の修繕の大工仕事だってするし、敵が現れないか山の見回りも欠かせないし、捕まえた動物の革で服や靴を作ったり、もちろん金になりそうな大商隊を襲ったりの山賊行為もするし、奪った積み荷を高く売ってたくさん小麦を仕入れてくるのも男の仕事だ!」
「女の子だって、畑仕事や食材採りはするもん。ラビは狩りだって出来るよ。革をなめすのはムステラさんに任せるけど、鹿や兎の柔らかい革だったらあたしだって扱えるもん。お裁縫は男の人にも負けないよ!」
マラが唇をとがらせた。
「それに、デンテが普段やってる仕事は、最初の畑仕事や山に入っての果物狩りや山菜採りだけでしょ。きのこや薬草はまだ全然覚えきれてないし、戦闘だって団長の許可がおりるのはずっと先の話じゃない」
ラビが横目で指摘すると、デンテは顔を赤くした。
「うるせーな! 修行中なんだよ。それに今年から、狩猟には参加させてくれるって団長と約束してあるし! 弓だって、練習してるし!」
「弓なら僕も得意ですよ。身体なまってるから、今すぐに出来るかはわかりませんが」
レオニスが小首をかしげて言った。女達の歓声があがる。
「僕も、明日から男の仕事をさせて下さい」
レオニスの言葉に、デンテは顔を青くした。
「はあ!? お前、だって傷は?」
「たぶん大丈夫です」
「無理しちゃダメだよ。でも、本人がそう言うんなら、明日の畑の収穫から手伝ってもらうのもいいかもね。デンテ、面倒みてやるんだよ」
明らかに焦りだしたデンテを見て、ラクーンは面白がるような顔をしている。
「ええええ!? なんでオレが! だって畑仕事なんて、あ! そうだ。虫がいるぞ。虫。貴族なんて虫苦手だろ? やめといた方がいいって」
デンテの思いつきに、レオニスは事も無げに答える。
「虫もいるんですよね。そうか。虫、好きです。僕、虫と石は好きで標本も持ってました。明日が楽しみです。デンテ、よろしく」
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「なんでこうなるんだよ~~~!」
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