山賊団リベルタス

みりん

4 いやだ

 デンテとヴィトラが山小屋に帰ると、広間はいつもの様子を取り戻していた。酒臭い空気は入れ替えられ、30人分の長テーブルと椅子はきちんと並べられている。テーブルの上には、いつもと同じ、パンとチーズと豆のスープの朝食が並んでいた。さっきまで寝そべっていた酔っ払い達は、テーブルの自分の席について、二日酔いと戦っているようだ。

「腹減ったー。メシだメシだっ!」

 デンテが自分の席に着こうとすると、ラクーンに呼び止められた。

「デンテ、悪いんだけど。これをあの子のとこに持って行ってやって」

 お盆には水がなみなみとつがれた硝子のコップが載っていた。

「あの子?」
「忘れちまったのかい? あの子だよ。昨日、団長が連れて来た……。そういえば、名前を聞いてなかったね。とにかく、あの子に水を持って行ってやって。飲めるかどうかわかんないけど、飲めそうなら手伝ってやって。いらないようなら、コップだけベッド脇に置いて帰ってくればいいから」

 ずい、と突き出されたお盆を無視して、デンテはテーブルに肘をついた。

「やだ」
「はあ!? 何文句たれてるんだい。朝食は逃げやしないよ。団長の部屋にいるから、さっさと持ってっといで」
「やだって言ってるだろ! オレは、あいつがリベルタスに入るのは反対なの!」

 皿の上のパンを掴んで口に運ぼうとしたが、腕を掴まれて阻止されてしまう。デンテは母親に抗議の目を向けた。しかし、母親には効果が現れない。それでもデンテはパンを食べようと掴まれたままの腕に力をこめる。ラクーンは、これを片手で押さえつける。パンはあと少しでデンテの口に届きそうだが、届かない。

「デーンーテー」
「いーやーだ! オレは行かない。パンを食ーべーるー!」

 親子でそんなやり取りをしていると、マラがやって来た。

「いいですよ、ラクーンさん。あたしが行きます」

 そう言って、ラクーンからお盆を受け取ってしまう。

「いいのかい? マラ。悪いねえ」
「はい。あたしもあの子、心配だったし。行ってきます。デンテのいじわる!」

 べー。とデンテに舌を出して、マラはお盆の水を持って行ってしまった。

「放せよ」

 デンテは母親から右手を取り返し、パンにかじりついた。

「あーあ。団長からあの子の世話を任されたんじゃなかったのかい?」
「うるせー。オレは看病とか、向いてないの」

 デンテは口をもぐもぐとさせながら、ふてくされて呟いた。団長からの信頼に反しているという罪悪感はあるらしい。

「あきれた。じゃあ、あの子が元気になったら面倒みてやるんだよ」

 言いおいて、ラクーンは他の団員達の食事の世話に行ってしまった。



 それから一ヶ月、デンテは何のかんのと理由をつけては、怪我で寝込む少年の看病を逃げ回り続けた。なかば意地になって無視し続けたといえる。
 しかし、一緒に生活していると、デンテの意志に反して、どうしても話題の新メンバーの情報は耳に入って来てしまう。

 少年は、名を問われ、‘レオニス’と答えたという。
 歳は、デンテやマラと同じ九歳で、首都で生まれ育ったという。彼の来ていた衣服や、訛りのない言葉遣いやふとした仕草から、上流階級の出身だとは誰でも察せられたが、レオニスは無口でほとんど何も喋らなかった。もっとも、この一ヶ月間、レオニスは背中の傷から入った毒が原因で発熱し、ほとんど寝込んでいた。そうでなくても、怪我をして血をたくさん流してもいたし、生き延びたことが奇跡に近いらしい。

 彼がたまに起きている時に出くわすと、好奇心旺盛な団員達はあれこれと質問をするのだが、だから、団員達は彼自身の素性について詳しいことはほとんど何も分からないのだった。

 にも関わらず、レオニスは団員達に概ね好意的に受け止められているらしい。世話をしに行った団員達は男も女も皆、異口同音で彼の傷の心配をし、元気になったら一緒にあれをしよう、これを教えたいと、新メンバーの入団を喜んでいた。

 デンテは、この状況が気にくわなかった。

「なんでそんなに嫌うの? レオニスは、絶対いいこだよ」

 とマラに言われ、

「うん。それに、なんか可愛くない?」

とラビに同意を求められた。女子二人がキャーキャー騒いでいるこの状況では、こめかみがピクピクと引きつるのを抑えられない。マラにしろラビにしろ、ヴィトラとの対応の差はなんなのだ。差別だ。ひどい。とデンテは眼鏡の少年を引き合いに出して憤ってもいた。

「今週になってから、起きてる時間も随分増えたし、来週からはもう起きてもいいってムステラさんが言ってたよ」

 マラが、嬉しそうに微笑むと、ラビは目を三角に釣り上げて言う。

「レオニス君が起きて来たら、デンテも顔を合わせることになるんだから、今みたいなふくれっ面ばかりしていちゃダメだからね!」
「面白くもないのに、ニコニコしてられないだろ! これがオレのふつーなの! じゃあオレ、林檎狩り行ってくるから!」

 デンテは言って、追いかけてくる女子達の抗議の声を無視して、山小屋から飛び出した。背中には蔦で編まれた丈夫な籠を背負って。

 季節は9月に差し掛かっていた。

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