とある御人の日常譚

唐@皇

 次の日いつも通りに早く目が覚めた自分は、公園でご近所さんの方々と一緒にラジオ体操をしてしっかりと運動した後リビングで朝食を摂りゲームの開始時刻を確認してから、私用を済ませて戸締りと空調管理をし、今日の予定が何もないことを確認してからログインを行った。
 ちなみに昨日、夜分に失礼だとは思いながらも一応杉原さんにメールを送ったところ、怒られはしたがお咎めは無しということになったらしい。
 その文面を読んだとき『あ、いいんだ。上司さん懐広いなぁ』と思った。

 懇話休題。

 ログインすると、昨日と同じ草原でナビゲーターさんが待機していた。

「おはようございます。昨日に引き続きご指導よろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。ではまず――――」

 最初に装備の着脱方法やスキルなどのおさらい、自身の身体の動作確認をした後、実際にモンスターと戦うことに。昨日は時間も遅かったので今日に持ち越したわけである。
 準備が整ったことを合図すると、彼女の合図の後モンスターが現れた。

「ラビット種のモンスターです。倒すと主に皮がドロップします。それと、パーティー内でも《解体》のスキルを一人でも持っていた場合、パーティー内の誰がとどめを刺してもスキルが発動します」
「なるほど」

 兎そのままの姿に頭に小さめの角を生やした真っ白なモンスターをじっと見つめると、メッセージウインドウが開いた。


ラッキーホーンラビットLv.1 属性:光 弱点:闇
 極稀にしか発見されていないラビット種の超レアモンスター。ホーンラビットよりも角は小さいが、強靭な脚力の持ち主。突進と逃亡のスペシャリスト。通常のホーンラビットとほぼ同じステータスだが、俊敏がとても高くHPがやや低い。
スキル
体当たり 蹴り 跳躍 気配感知 逃げ足(封印中)
ドロップ:皮・肉・尻尾


 《神眼》が発動したらしい。なるほど便利だが、戦闘中にいきなりウインドウが開くと反応が遅れそうだなぁ。
 頭に情報が入ってくるタイプもあると聞いてるから、後で切り替えておこう。
 当の兎さんはとってものどかにもさもさと食事中である。

「質問なんだけど、いいかな?」
「はい、なんでしょう?」
「この子、倒すんじゃなくて気絶させるのはダメかな?」
「・・・はい?」

 聞き直すなんて本当に人間みたいだなあ、なんて思いながらも苦笑を浮かべて言い訳を並べてみる。

「うん。だって、兎さんは普通に草を食べてるだけだし。撲殺はさすがにおじさんの自分にはちょっと無理かなあって」
「はあ、・・・えぇっと」
「R15のゲームなのはわかってるんだけど、なにせVRが初めてなもので・・・すみません」
「しょ、少々お待ちくださいっ」

 言い訳を並べると、ナビゲーターさんは困惑した後に慌てたようにそう言ってどこかと連絡を取り始めた。
 少し悪いなと思いながら、彼女の用事が終わるまで兎さんに断りを入れて隣で待たせてもらう。
 兎さんはこちらをちらっと見た後は襲い掛かるでもなく口をもさもさ、断りを入れても微動だにしないで草を食んでいる。よいしょ、と地面に腰を降ろして膝を抱えて待機。
 そのまま遠くの山々や森や青空を何となしにぼーっと眺め続けた。

「いい天気だねぇ・・・」
「(もっしゃもっしゃ)」
「兎さん、毛並み真っ白だねぇ」
「(もっさもっさ)」
「ふふ、・・・ね。触ってもいいかい?」

 ちらりとこちらを向いた後、また草をもさもさし始めた。許可が下りたようなので、一度断りを入れてからそっと背を撫でた。

「おぉ・・・ふふっ、柔らかくて気持ち良いねぇ」

 昔体験した動物ふれあいコーナーを思い出しながら、久しぶりの体験と懐かしさをかみしめてするすると兎さんの背を撫でた。
 兎さんは口をもぐもぐさせながら、されるがままである。そのまましばらくじゃれ合っていると、ナビゲーターさんがなんとも形容しがたい表情を浮かべながらこちらを向いた。

「・・・えっと、設定上は問題はないそうです」
「あ、ないんだ」

 上司さん曰く、HPを0にすれば生きていても倒されるシステムだそうで、殺しに戸惑いがあるならHPを削りきる意識で戦えばいいんだそう。
 要は意識の問題と言われました。まあ、ゲームだしね・・・。それでもおじさん、自分の手で殺しはしたことないから・・・。
 というわけで、殺しではなく相手の頭上に浮かぶHPバーを意識して兎さんに了承をもらってから戦わせてもらった。最近のAIってすごいんだなぁ。

「よろしくお願いします」
「(ぺこり)」

 お互いに礼をしてから同時に離れた場所に立つ。自分は棍杖を構え、兎さんは姿勢を低く構えている。
 一拍の静寂の後、動いたのは兎さんだ。
 どんっという土が爆ぜるような音と共に物凄い速さで向かってきた。そのスピードは目を疑う程に速い。
 このまま待てばすぐにでも腹に一撃食らいそうである。
 棍の先端を地面ギリギリまで下げて見据える。
 構えて、間合いを計る。
 焦りは禁物。焦ってもあまり良いことないからね。
 すぐそこまで来た兎さんが自分の鳩尾目掛けて跳ねるタイミングで素早く棍の先を顎下に沿わせ、跳ね上げる。
 そうすると顎に当たって頭がぶれるから、ぶれないようにそのまま顎を引っ掛け素早く吊り上げるように上に上げる。
 この時、持ち手は棍杖の大体真ん中を体の中心よりやや上の位置に置いたときの持ちやすい場所で。跳ね上げると後は勝手に兎さんのスピードが助力してくるりと棍杖が縦に回って円を描く。
 そうして兎さんのスピードを上手く利用し、引っ掛けた兎さんごと反対側の地面に叩きつけた。
 普通の兎よりも少し大きいだけの兎さんは、地面に叩きつけられたあと一度身体をバウンドさせて地面に沈んだ。
 傍から見ればまるでウサギが棒高跳びをしたら棒に引っかかってそのまま地面に頭から突っ込んでいったかのような動きに見えただろう。
 HPバーは一気に削れた。緑だったのが真っ黒に変わっている。
 そもそも情報から読むに、敏捷が特別抜きん出ていただけで他は普通のステータスなのだろうし、何より自分とのステータスの差が酷い。地面に叩きつけるのが効いたんだろうけど、それだけが要因してるとは思えないかな。
 少しすると何もなかったかのようにむくりと起き上がり今度はさっきよりもゆっくりとしたスピードでこちらに駆けてきた。
 それに合わせてしゃがむと、兎さんは鼻をヒクつかせた後右前足を自分のしゃがんだ膝にぽすっと置いた。
 見ようによっては「お手」か「おねだり」をしているように見えてしまい、つい頬が緩んでしまったのは否めない。

《ラッキーホーンラビットとの決闘に勝利しました》
《ラッキーホーンラビットから勝利時のドロップアイテムが贈られました》
《ラッキーホーンラビットの皮×5を手に入れました》
《ラッキーホーンラビットの肉×4を手に入れました》
《ラッキーホーンラビットの尻尾×2を手に入れました》
《幸運角兎の心石を手に入れました》
《幸運の輝石を手に入れました》
《称号【死を恐れる者】を手に入れました》
《称号【殺さずの心】を手に入れました》
《ラッキーホーンラビットとの信頼度が一定値を超えたので、スキル《召喚魔法》に〈固有名:ラッキーホーンラビット(変更可)〉がリストアップされます》
《注意!このフィールドではレベルアップができません(※獲得した経験値は次回レベルアップ可能な場所にて受け取れます)》

 ほっこりしていると、頭の中でインフォメーション(ナビゲーターさんに教えてもらった)が流れて軽快な音と共にウインドウが出てきた。

「少々形式が違いますが、今の流れが大体の戦闘形式になります。戦闘後は、討伐・・・つまり殺した場合は光の粒子となって消え、主に経験値とドロップアイテムが手に入ります。相手の了承を得たうえで戦闘した場合決闘扱いとなりますので、その場合は例えHP残量が0になっても殺したことにはならず獲得した経験値やドロップアイテムは相手から譲渡される形に処理されます。倒したモンスターもまた、決闘後は粒子とならずアイテム譲渡のためその場に留まります。・・・戦闘前に片方が戦闘を持ちかけ、もう片方がそれを了承すると決闘の条件が満たされるのですが・・・」

 ああ、なるほど。一応の礼節として断りを入れた後、お互いに礼をしたのがよかったのかな?
 HPバーが真っ黒になったあと本当に生きてるかヒヤヒヤしたんだけど、そういうことならよかった。
 見ると、兎さんのHPバーは既に回復し始めていて二割ぐらいになっている。
 とりあえず、魔法の確認も兼ねて《光魔法》の魔法リストから回復の呪文のライト・ヒールを使って回復すると、一気にHPが全開してびっくりした。
 その自分の反応をどう感じたのか、ナビゲーターさんが説明してくれたのだけど・・・。
 どうやら回復呪文は決まった量回復するんじゃなくて、様々な状況下によって回復量が違うらしい。
 わかりやすく式にしてみると、

消費MP(基本回復量)+知力値+精神値の半分+回復対象の持つ属性=合計回復量

 という感じ。
 消費MPは一律5だから基本回復量は固定だけど、それに魔法の威力を上げる知力が主に回復量を上げ、そこに精神も半分くらい影響。
 あとは回復を受け入れる側の所持する属性と同じ属性なら更に回復効率が上がって回復量が上がるけど、逆に相性の悪い属性だと基本回復量を下回るようだね。
 これは、ヒーラーの人は苦労するだろうなぁ。
 そもそも誰がどの属性だとか、どこにも表記されてないんだものなぁ。種族によっては全属性持ってたりする(自分がそうだね)人もいなくはないけど、その種族も多分レアな部類に入るだろうし、絶対数は当然低いだろうしね。
 じゃあどうして自分はわかるかといえば、種族スキルの《神眼》が教えてくれているからだったりする。
 ああ、モンスターの方じゃないよ?
 そっちは普通の《鑑定》スキルで見れるけど、それ以外の人種だったり・・・敵対してない生物とかは鑑定しても名前とか、頑張っても名前と性別と種族と職業までしか見れないし。
 それもスキルで隠蔽されちゃったらあんまり意味ないよね。だから《隠蔽》も取ったんだけど。
 で、話は戻るけど・・・さっきぼーっとしてたときにナビゲーターさんが視界に映っちゃったときにウインドウが出てきてびっくりしたんだよ。
 ナビゲーターさんのステータスは大部分が未設定(多分ゲーム内に出す気がないからかな?)って出てたけど、その時に種族名(未設定)の隣に初めて見る表記があって、そこに適性:全属性って表記されていたんだよね。
 ・・・うん。これって多分ネットに報告案件だよなぁ。攻略サイトに書き込めばいいのかな?
 書き込み方わからないけど。
 そんなことをつらつらと考えながらも、ナビゲーターさんの説明も同時に聞き取る。

「これで戦闘についての説明は終わりですが、ここまでで質問はありますか?」
「しいて言えば、この兎さんはどうなるのかな?」
「はい。そちらのラビット種、ひいては決闘にて倒されたモンスターは経験値及びドロップアイテムを勝者に譲渡した後はその場から逃走。もしくは勝者に服従の意思をみせます。なので、そこからは勝者自身の判断によってモンスターを仲間・傘下・手下または拒否を行ってください。この時にテイムをすることで、通常のテイムよりもより確実に成功させることができますので、テイムを成功させたいのなら先程のような決闘を推奨します」
「なるほど」

 そりゃあ、いきなり襲いかかってくる相手について行きたいとは思えないよねぇ。そう言う自分の言葉に兎さんも器用に二足で立ち、短い両前足を組んでうんうんと頷いている。
 そうだよね。それでついて行きたいって思うのはよっぽどの魅せプレイっていう、相手を惹きつける戦い方で襲いかかったというマイナスの印象を挽回できる人くらいじゃないかな。
 あれだね。この決闘システムって拳で語り合う昔の青春ドラマがもとなのかな?
 もしかしたら運営さんの中にそういうのが好きな人がいるのかもしれないね。

「それと、スキルに《召喚魔法》を所持していた場合ですが、一定値の好感度を得られていた場合モンスターから認められた証として心石こころいしと呼ばれるアイテムを貰うことができ、それを召喚時に使うことでその個体を喚び出すことができます」
「おぉ。じゃあ、兎さんとはこれからもよろしくってことになるのかな?」
「(こくり)」
「贈られていた場合はそうなります」

 そっかそっか、と嬉しくなり思わず笑みが溢れる。
 やっぱり一度きりの出会いは名残惜しいものなのだ。年を重ねると特に。
 そうして兎さんと戯れたあと、ナビゲーターさんによって[召喚モンスターがあるべき場所]へ帰っていった。
 どういう場所なのかはわからないけど、ナビゲーターさん曰く『快適に過ごせる場所』なのだそう。
 そこで待機している間は召喚モンスターは冬眠に似たスリープモードになるらしいが、召喚時は瞬時に覚醒・状況把握して即行動が可能らしいので、いきなり戦場でも問題無いのだとか。
 まあ、そんな場所に赴く機会なんてそれこそゲームの終盤かイベントぐらいじゃないかなあ。
 そんなに戦闘する気があまりないし。

「それでは最後に、生産についてなのですが・・・」

 それから、口頭だけではあるけど生産関係についてわかりやすく説明してもらい、実践できなかったお詫びとして生産スキルを取った人が対象ということで下級生産セット各種を所持した生産スキルの種類分と、同様に所持する生産スキル分の下級素材を各50個ずつを貰った。

「以上で説明は終わりですが、何か質問はありますか?」
「いいや、ないよ。ここまでわかりやすく教えてくれてありがとう。正直初めてのことだから、ちゃんと楽しめるか少し不安だったんだけど、君の説明のおかげで・・・心から、このゲームを楽しめそうだ」

 本当にどうもありがとう、と笑顔でしっかりと頭を下げる。心から感謝をしているのは本当のことだし、実際、ここまでお世話になったのだ。
 たとえそれがAIだろうと、敬意を示すのは人として当然だと。少なくとも、自分の持論はそうなのだ。

「・・・えっ、いえ、あのっ」

 頭を下げたあたりからぽかんと固まっていた彼女はすぐにはっと気が付くとわたわたし始めた。
 下げた頭を上げて見れば、最初の真面目で凛とした姿はどこにもなく、そこにいたのは少女のように幼い動作で両手を胸の位置でわたわたと彷徨わせ、泣き出しそうな表情を浮かべた普通の女の子であった。

「あのっ、あの、わたし・・・」
「うん?」

 笑顔を浮かべたまま、言葉を待つ。
 もとより急いでゲームを始めるつもりなどない。
 昨日から言っている通り、スタートダッシュだのはする気がないのだ。

「わ、わたし・・・初めて、で・・・その、・・・おっ、お礼っ・・・!この仕事で、言われたの・・・」

 ありがとうって、ちゃんと言われたの、初めてです。
 そう言って、ナビゲーターさんはくしゃりと泣きそうに顔を歪めながらも笑みを浮かべた。
 それに自分はうん、うん、そっかぁ、と返す。それに同意を示すように彼女も何度も小さく頷いて、うれしい、と小さく言った。

「嬉しいです・・・とてもっ」
「うん、そっか。でもこっちもね、自分も、助かってるからね。これから楽しく遊べるんだなぁって、とっても嬉しいよ」
「っ・・・」こくこくっ
「だからね、ありがとう」
「っはい、はい・・・っ」
「お仕事、頑張って。自分が最後で終わりなら、これから先いろんなことがあるかもしれないけど、無理はしないように頑張ってね」
「っ」
「本当に、ありがとう」

「っこちらこそ、ありがとうございました!」

 最後に見せた彼女の顔は、情けなく歪みながらも救われたような晴れやかな笑顔だった。

「どういたしまして」

 その笑顔に自分も頬を緩ませふにゃりとした笑みを返せば、彼女も嬉しそうに笑った。

「っ・・・これで、全ての説明は終わりました。クラウド様の・・・あなた様のこれから歩みゆく人生に、幸多からんことを!」

 足元から光が立ち上り、魔法陣があっという間に描かれる。
 彼女の言葉に手を挙げて応えれば、それに反応したように足元の魔法陣が強く輝き、ぱっと視界が白に染まった。
 遠のくような意識の中目を閉じれば、一瞬の静寂の後に聞こえてくるのは喧騒。
 人ごみのような空気と、風に乗ってくる様々な匂い。
 目を開ければそこからが自分の世界の始まりだ。
 昔のようなわくわくとした感情が今にも溢れ出てしまいそうだ。

 ―――――――――さあ、楽しもうか。








――――これから始まるのは、短くも長い、

 ひとりのプレイヤーの物語。

 とある御人の、楽しく朗らかな日常譚。

 皆様どうか、この幸せな日常を

 どうか暖かく見守ってさしあげてくださいませ――――

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