とある御人の日常譚

唐@皇

 「ふぅ・・・、わりと時間がかかるものだね」


 機材の接続その他諸々設定を済ませ、後はVRギアと呼ばれるヘッドギアを装着してゲームを始めるのみとなった状態。
 手紙にはゲームのサービスは明日の午後1時ちょうどかららしいから、残すところはあとはゲームのキャラメイキングというものを行うだけである。
 キャラメイキングはサービス開始日より1週間前からできるようで、きっとほとんどの人が開始前に胸を高鳴らせながら頭を悩ませて自分の分身体を創っているのだろうと思うと、とても微笑ましく思えてしまう。
 そうして思わず、頬が緩んでしまっていることを自覚しながら、VRギアを被り寝具に横になり、ギアを起動させた。



・・・gs@4・・・




 暗転から数舜の後、瞼越しに明るくなるのを感じ、ゆっくりと目を開けて数度瞬きをすれば、視界がクリアになる。
 それからあたりを見まわせば、あの時の彼の話になるほど、と納得せざるをえない。
 ―――――――――風だ。狭い部屋で感じるものとは明らかに異なるこれは、大気の流れそのものだ。
 肌で感じるだけではない。目の前に広がる広大な大地も、鼻腔をくすぐる土と草の匂いも、地面を踏みしめる感覚も。まるで現実と変わらない。
 そうして、彼の言葉を思い出しながら感嘆と納得を繰り返しながら周囲を散策する。しゃがみこんで草に触れる。―――――――――人工的なものとは違う、本物の感触。そのまま、地面の土に触れる。・・・柔らかい。
 少しすくって、匂いを嗅ぐ。―――――――――あぁ、間違いなく土の匂いだ、とまた感嘆する。
 土を元の辺りにかけて、ゆるゆると立ち上がれば、また緩やかな風を感じた。
とてもゲームであるとは思えない体験だ。けれども確かに現実ではないと思える違和感が一つ。
 ・・・草原に生える植物を一つに絞ったのは、何か意味があるのだろうか。まあ、今は置いておいたほうがいいかな。


「ようこそいらっしゃいました」


 清廉な空気を纏った女性が現れ、そう言った。
 おそらくは彼女が所謂ナビゲーターの役割を担っているのだろう。


「このゲームでのあなたの分身であるアバターを作成することができます。作成なさいますか?」
「・・・ふふっ」
「・・・?」


 思わずこぼれた笑いに、彼女は不思議そうにこちらを見た。その反応に、ますます頬が緩んでしまう。


「ああ、すまないね。別に君はおかしなことは言ってはいないよ。・・・一つ、聞いてもいいかな?」
「・・・ご質問であれば、アバター作成後にお願いします」
「うん。ではそうするとしようか」


 ひどく真面目な態度で返されるのを聞きながら、ついこの間この機器類を送ってきた彼のことを思い出す。
 たったの数時間でしか話はできなかったがしかし、彼の性格の一端はなんとなくだが掴めたつもりだ。
 会社という一組織に対する愚痴をこぼすことが多かったけれど、彼はその分VRというシステムには愛着があるようで、その中でもこと仮想空間やその中に住むAIには並々ならぬ愛情を注いでいるように、少なくともその話を聞いていた自分は感じたのだ。
 そんな、家族に向ける愛情にも引けを取らない想いを注がれた者たちに、彼女に会えたのだから嬉しくなりもする。
 だって自分はそういう人間なのだ。
 仲良くなった人の、大好きなものを見れたとき、その人の幸せそうな姿を、その人に返される笑顔を想像するだけでもうダメなのだ。多幸感で死んでしまう。
 だから思わず笑みがこぼれてしまったのだが、そんな事情は彼女にとって無関係なのは事実。話さずに胸の内に閉まっておくことにしよう。



□□□□□□



「では、只今よりアバターの作成を行います。姿勢を楽にし、自然体で立ってください」
「こうかな?」


《スキャンを開始します》


 言われた通りに自然体に立つと、頭の中に文字が流れた。システムメッセージのようなものだろうか。


「・・・スキャンが終わりました。動いて結構です。それから、本機能には〈若返りシステム〉が搭載されています。システムを採用し、容姿の変更を行いますか?」
「使ったら若返るのかい?」
「はい。簡単にいえば、高齢な方などへの救済措置の一つとして搭載されています。」
「なるほど」


 確かに、ご老体のままゲームをするのは昔の俯瞰的にものを見下ろすテレビゲームの類だったならいざ知らず、リアルを追求したVRではよっぽどの根っからの武道家の猛者か超健康体で毎朝ラジオ体操ができる身体の持ち主でない限り不便で仕方ないだろう。
 自分も、できることならたくさん運動のできる身体のほうがいい。
 ので、ありがたくシステムを使わせてもらった結果、一番動きやすかった青年期の姿にしてもらった。
 どこからか現れた大きな姿見の鏡に、青年期の自分の姿が映し出される。


「現実への特定防止のため、このままではアバター作成は終了されません。容姿の変更を推奨します」
「そんなにバレやすいかな?」
「・・・この姿を知っている者が現れた場合はどうされるのでしょうか?」
「なるほど、それもそうだね」


 彼女の言い分に納得を示し、容姿の変更を行う。
 ややぼさついた髪はそのままに、体毛をゲーム内に馴染むよう一番多いとされる茶色。ちょっとした遊び心で明るい赤茶色に。襟足が肩甲骨あたりまであるため、現実と同じように紐で纏める。色は目立たないこげ茶色。
 瞳の色はどうしようか・・・、少し迷って暗めの黄色にしてみた。色合いは完全にべっこう飴である。今度材料揃えて作って食べよう。
 顔は変えない。このままでも十分ばれないと思うからだ。
 何しろ、やや童顔よりとはいえ周囲に溶け込める顔立ち、ようするに目立たない地味目な顔なのだ。これ以上手を加えればまず間違いなく違和感の残る顔になる。よってこれ以上はいじらない。
 体格も同様に変更はしない。元から身長は平均よりも高いからだ。筋肉量も平均値を切っていて問題はない。体脂肪率も言わずもがな平均値以下。
 顔色も悪いわけでもなく極めて良好。日に焼けているわけではないが健康的な肌色。昔風に言うなら薄橙色うすだいだいいろだ。
 改めて全体を見てみる。あちらの世界・・・ゲーム世界の成人男性に寄せたその姿は、どこにでもいそうな、けれど確かに自分の姿であると言える容姿であった。
 悪く言えば地味で埋もれやすく、良く言えば溶け込みやすく馴染みやすい。
 前者の印象は主に自分と同じプレイヤーが、後者の印象は主にゲーム世界の住人(NPC)が持つだろうことは明白だなと笑みをこぼす。
 うん、これでいい。これがいい。
 横で意外そうな顔をした彼女にお願いして、この姿に決めてもらう。実際に姿を変えられて、具合を確かめてやはりこの姿にしてもらった。意外にも短時間で決まったこの姿を気に入ってしまったのだからしょうがない。
 姿見の前に立つ。映っているのは先程の明るい赤茶色の髪にべっこう飴のような吸い込まれそうな暗い黄色の瞳をした青年の姿。
 先程と違うのは、無表情だったのが感情を灯したように明るくなったところだろうか。楽しくて仕方ないというように、鏡の中の青年は楽しげに笑みを浮かべていて、目は優し気に細められている。
 何せ昔にVR以外のゲームは一頻り遊んだことはあるが、VRのゲームは初めてなのだ。年甲斐もなくはしゃいでしまうのには目をつぶってほしく思う。
 一通り確認し終わって、彼女の指示を仰ぐ態度を見せると、彼女は一つ頷いて口を開いた。


「それではこれでアバターの作成を終了します。次はいよいよゲーム[剣と魔法の異世界譚]のキャラクターメイキングに移りますが、何か疑問がありましたらご質問ください」
「うん。じゃあ遠慮なく。私はVRについては説明上手な友人たちから聞いてはいたのだけれど、自分自ら体験するのはこれが初めてでね。拙いところもあるし、間違ったこともするかもしれないから、きちんと説明してもらえると嬉しいのだけど」


 そう。自分でVRを体験するのはこれが初めてだ。
 VRを題材にしたネット小説の数々を読み漁っていたとはいっても、VR初心者。説明上手な友人たちの体験談を交えた熱弁と論闘を聞きながらイメージを固めてみても、VRは未体験なのである。
 必ずどこかで失敗すると思う。
 そうした意味を込めて言えば、彼女は快く請けてくれた。

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