異世界から「こんにちは」

青キング

仇討ちを誓う一行

「なんで、こんなことになったのかな」

 沈んだ顔でシャマが呟く。
 その隣で拳銃をいじっている紺之崎さんが、シャマに気づかわしげに言葉をかける。

「シャマちゃん、悪く考えちゃダメ。大丈夫、最後はすべて丸く収まる」
「それならいいけど…………」

 シャマは弱く微笑んだ。
 そんな笑顔は見たくない。
 胸の奥が痛んだ。俺の無力さも相まって。
 部屋の中はひどく静かだった。


 好天の太陽に当てられ乾いた地面を、けたたましく馬蹄で蹴る音が何もない道に響く。
 やかましく風を切っていく幌馬車の幌の中の四人、ナレク、ブルファ、藤田、リアンの一行は元殺し屋の女性が住まう農村へと急行していた。
 車輪が小石を乗り上げ馬車が激しく揺れた。

「体が跳ね上がって痛いです」

 リアンがぶつけた頭頂部を撫でて言った。
 それに藤田はさも面白そうに笑った。

「ははっ、それだけ体重が軽いってことだ喜べ」
「そういうことは言わなくていいんです」
「すまんすまん」

 唇を尖らせたリアンに藤田は軽く謝った。
 ブルファが幌の外を見てから、他の三人に伝える。

「畑が増えだした、あと少しだ」
「到着後の案内は頼んだぞ」

 ナレクがブルファに言葉をかける。
 ブルファは曖昧に頷く。

「一度来ただけだからな、道に迷うかもしれない」

 その内に村に入った。
 ブルファはここで御者に馬車を止めさせた。
 四人は馬車から降りた。

「目的地までは?」

 ナレクが尋ねる。

「すぐだ、すぐ」

 そして数分歩き、目的地の家屋の塀前まで来た。
 塀の向こうの芝生の庭で十数人の少年少女と振り回されるワコーの睦まじい姿があった。
 ワコーが四人に気付き目を向けた。次第にその目が怪しげなものを見るように細まる。

「ブルファと……ナレク、リアン…………そこの人誰だ?」

 疑わしく凝視された藤田は、躊躇なく自身の身上を明かす。

「俺は藤田だ。剣志やリアン、シャマの護衛だ」
「ほんとかリアン?」

 信用できないワコーは護衛されているリアン本人に尋ねた。
 リアンは笑顔で頷く。

「はい、藤田さんは護衛です」
「言いなりになって答えてないな?」

 ワコーはしつこく藤田を疑う。

「違います違います、嘘じゃないです。れっきとした護衛です」
「そこまで違うって言い張るなら、そういうことにしとくか」

 理解はできずとも納得した。開閉できる柵を開け四人を庭に入れる。
 そこで家屋の入り口のドアが内から開けられ、暗赤色の長髪の女性が顔を出す。その顔に驚きが覗く。

「呼んでいない客人が、三人もいるじゃないか。どういうことだ?」

 ブルファは聞かれて、事情を簡単に説明する。その最中に彼の周りに女の子が三人寄ってきていた。
 うちの一人が他の二人より先手を取って腕に腕を絡ませる。

「ブルファさん、お帰り。ねえ、私の話聞いて」
「あっ、ずるい。ブルファさん私も私も」
「私も聞いてほしいなぁ」

 お腹の辺りを取り囲まれ最初は困惑しつつも、すぐに爽やかなスマイルで笑いかけ応対する。

「ごめんね、今からそこのみんなと仕事の相談があるんだ。だから今は聞けないよ」
「そうなの……」
「残念だなぁ」
「ブルファさん……」

 やんわり断られ、女の子三人は渋々ブルファを解放した。
 一足遅れて中に入った。


 ナレクがバルキュスとワコーに明らかになった事を簡潔に話し終えると、ワコーの表情が俄然暗くなる。

「シャミちゃんはそれで姉のシャマがいるナバスまで来たのか、辛い話だぜ」

 一方バルキュスは腕を組み考え込んでいる。

「黄緑の髪の殺し屋ユリリン。あの女の所在は掴めてるのか?」

 ナレクが首を振って受け応える。

「いや、まだだ。しかし組織の場所ならば憶測だが割り出せている」
「で、お前たちはその組織に乗り込みにでも行くのか?」
「そのつもりだ、だからここに寄った」
「山を一つ越えた麓にそんな危険な組織があったとはな、農村地域も物騒だ」

 バルキュスは窓の外の子ども達を見遣る。不安そうに細まる。

「子ども達に被害は出したくない、潰してやろう」
「え、バルキュスさん行くんすか?」

 ワコーが妙齢の赤髪女性の発言に驚き、振り向く。
 目つきが鋭くなりバルキュスはワコーを見る。

「私を誰だと思っている、元殺し屋だぞ。小娘一人地に葬るなど容易い」
「そ、そっすか」

 並々ならむバルキュスの殺意の瞳に射止められ、ワコーは身震いを起こす。
 会話が収まると、ナレクが全員に目配せして口を開く。

「皆、もう疑問はないな」

 揃って頷く。
 ナレクは頷き返す。

「ならば各自の準備が整い次第、正義の仇討ちに出発する」


 鼻孔の奥が詰まりそうなほどの汚臭に、彼は強い不快を覚えた。
 そしてまた慣れてしまった臭いでもある。
 左腕を力なく垂らした彼、シャマとシャミの兄シャムは心火を激しく燃やしていた。
 最後に兄として、妹だけじゃない村の人達の恨みを晴らす。そして自身のすべてを清算する。
 廃退し尽くした街の中央に聳え立つ黒い高塔。それを睨みつけて右手をその威容に重ねる。

「一発だ」

 魔力のあらん限りを放散して、街を呑み込む一撃で終わらせる。そうして綺麗さっぱりで責務を果たす。
 魔力の収斂した右手から…………。

「シャムじゃねーか」

 背後の野太い気さくな声に、身を翻し飛び退る。
 彼に話しかけてきた人力車の車夫の男が、表には現れない悪意のある友好的な笑みを浮かべて立っている。

「なんだ、俺に対して戦闘体勢なのか?」
「答える義務はないだろ」

 シャムは右手に電気を走らせたまま男をねめつける。
 何の気なしに男は人力車を降ろして、シャムを睨み返した。

「俺とやるのか?」
「いいや、その必要はないかな」
「なんでだ…………」

 突然男は開いた口が固まり続く台詞を言いあぐねた。同時に両手足も動かなくなった。

「この街と一緒に死ねばいい」

 電気を飛ばし相手の神経を麻痺させ動きを止める魔法の技だ。いつぞや紺之崎が受けた金縛りである。
 男を黙殺してシャムは再度、右手に魔力を収斂し始めた。

「誰も邪魔しないでくれ、僕の死に際は兄としてかっこよくありたいんだから」

 塔の影に彼は右手をかざす、バチバチという電気の音ともに街の崩落が始まった。





































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