異世界から「こんにちは」

青キング

姉妹の再会

 リアンの体調も一夜で元に戻り岩壁の宿屋とおさらばして、俺とリアンとシャマは悪目立ちしている場違いなスーツの男女に連れられ街に帰ってきた。シャマの兄はばつ悪そうに顔を伏せて、藤田さんの隣に同伴させられていた。

「この後、どうする?」

 リアンとシャマに寄り添って歩いていた紺之崎さんが、唐突に切り出した。
 藤田さんが思案顔になる。

「そうだな、まずはこの男から詳しく話を聞いて組織の根拠地に乗り込んで潰す」

 なんとはなしに不穏当な台詞を言った。気が早いような。

「無理だよ、潰せない」

 シャマの兄が呟いた。
 藤田さんはむっとする。

「実行前からさじを投げるのか?」
「そうじゃない。勝算が見込めないんだ、ユリリンっていう殺しのスペシャリストがいる」

 誰だユリリンって? 百合の花のマスコットか?
 スーツの男女は理解に困ったように顔を見合わせる。

「青春、お前聞いたことあるか?」
「私も聞いたことない、そんなふざけた名前の人」

 俺の前を歩くシャマがリアンに話しかける。

「リアン先輩、知ってます?」
「ううん、聞いたことです」

 リアンとシャマも思い当たる話は出てこない。
 シャマの兄以外全員が知らないということは、そこまで名の知れた人物ではないのかも。
 俺はユリリンについて他に尋ねようとシャマの兄を振り向くいた時、突然誰かと肩がぶつかる。

「ごめんなさい」

 ぶつかってしまった人に向き直りすぐに謝ると、相手の人が何故か感嘆の息を漏らした。

「た、太刀君」

 嬉々として俺の名を呼んだ目の前の暗い茶髪の冴えなくて若い男性を、はたと眺める。あっ。

「マークス」
「久しぶりだね太刀君」

 頬を綻ばせてマークスは言った。そこで俺と一緒にいる人たちにも目がいく。
「マークスさん久しぶりです」
「久々に会っても変わんないねマークス」
「はは、リアンにシャマも久しぶり。そこの人たちは、あわっ」

 いち早くマークスに近づいて頭を下げた紺之崎さんに、肝を潰してマークスは一歩後ずさった。

「リアンちゃんとシャマちゃんの友達?」
「え、は、はい」

 目を凝らしてマークスを査定するように眺め回す。そしてわずかに表情を緩めた。

「うん、許す」
「僕は何を許されたんだ?」

 意味がわからずマークスが困惑顔で俺に聞いてくる。ごめん、俺にもわからないんだ。

「貴様何者だ」

 紺之崎さんと入れ替わりに藤田さんが睨みつけてマークスに詰め寄る。
 マークスはあきらかにすくみ上がっている。

「え、ええ、ええと、その」
「何者だと聞いている!」
「マークス・アビル二十歳はたち。職業は医者です!」

 威圧で大声で自己紹介させるなんて。なんか熱血な運動部の顧問みたいだな。
 前触れもなく小気味いいはたく音が藤田さんの頭から聞こえ、その後ろで紺之崎さんが手のひらを振り切った姿で立っていた。

「すぐに人を怯えさせない」
「すまなかった」

 しゅんとして藤田さんは謝った。
 埒もない掛け合いを前にマークスが口に苦笑いを浮かべている。その口が不意に動く。

「立ち話している場合じゃなかった。シャミちゃんに早く雑誌渡さないと」

 シャマが目を丸くしてマークスを見つめる。

「え、今シャミちゃんって言った?」
「ああ、そうか。シャマの妹だよね。早くお姉ちゃんに会いたいって言ってたよ」
「今いまどこにいるの?」

 息まいてシャマは尋ねる。
 たしなめるように答える。

「安心して。僕のところで泊めてあげてるから」
「そうなんだ、ならすぐに会えるね」

 シャマは安堵して顔を綻ばせた。
 しかしマークスは快い表情にはならず、面識のない後ろの三人を見る。

「その人達は太刀君とはどういう関係?」

 あー、まだ紹介してなかったな。俺は近くの紺之崎さんを一瞥する。
 俺が紹介するまでもなく、自ら名乗った。

「紺之崎 青春。リアンちゃんとシャマちゃんのあらゆる護衛をしてる」

 あらゆるってなんのことだ?
 俺が台詞の一部に疑問を覚えると同時に、藤田さんも精悍な顔つきで口を開く。

「藤田だ、青春同じく護衛だ」

 スーツの二人に自己紹介され、なにか引っかかりがあるようで俺に向く。

「太刀君、なんでリアンとシャマに護衛がついてるんだい?」
「俺にも詳しくはわからんが、あっちの世界の人ってことを記憶しとけば大丈夫だ。信用できるし」

 太刀君が言うなら信じられるよ、と納得いったようだ。
 次にマークスの視線はシャマの兄に向けられた。

「その人は?」

 シャマが慌てて間に入って紹介する。

「私に兄だよ」
「兄か、へぇー妹だけじゃなくて兄もいたのか。全然知らなかったな」

 そして強く頷いた。

「兄妹揃って顔を合わせるといいよ」
「あっ、でも」
「着いてきて案内するから」

 歩き出したマークスに、街の空気に適っていない大所帯が固まって着いていく。すごい浮いてるだろうな。
 否定形で何か言おうとしたシャマを窺うと、久々に妹に会えるはずなのに何故か晴れない顔をしていた。


 マークスは簡素な木目の外壁の平家を前に立ち止まる。

「ここですよ、貧相な拙家ですいません」

 頭を下げてへりくだるマークスだが、誰一人としてこの家を見て嫌な顔をした者はいない。
 マークスが門口のドアをこんこんノックして、僕だよシャミちゃんと中の人に素性を述べる。
 中からマークスさんおかえりー、と若干舌足らずな声が聞こえた。

「欲しがってた雑誌買ってきたよ。今入っていいかな?」
「早く入ってきてください」

 許しを得たマークスはこちらを振り向く。

「僕が入ったらすぐに入ってきて、サプライズでいこう。シャミちゃんどんな反応するかな?」

 そう言ってドアを開ける。

「ただいま」
「おかえり……え?」

 ぞろぞろ敷居を跨いで現れた俺たちに、白いワンピースを小さな身体に纏ったシャマに顔立ちが似ている十一、十二くらいの少女が予期せぬ来訪に驚き目を彷徨わせて立っていた。
 急にその目がシャマに向き瞳が大きく開かれる。

「シャ、シャマお姉ちゃん……」
「久しぶりシャミ……ああ泣かないの!」

 穏やかに微笑みかけたシャマは、どっと涙を溢し始めた妹に慌てて駆け寄る。
 妹のシャミも姉の胸元に抱きつく。

「お姉ちゃんに会いたくて、会わないといけなくて、ううう怖かったよ」
「ごめんねお姉ちゃんが不甲斐ないばっかりに、すぐに顔を見せられなくて」

 涙ぐましく抱き合う姉妹に、マークスが辛そうに目を背けていた。背けている目に悔恨が浮かんでいるように見えた。
 泣き止んだシャミは姉から身を離し、俺たちの方に向く。

「他の皆さんのことよく知らないけれど、優しそうで嬉しい」

 シャミは小さく笑った。純粋に喜んでいる笑顔だったが、薄っすら悲哀の色を帯びていた。


 夜になってシャミが眠りに就いてほどなく、マークスが俺を含む来訪客全員を家の外に呼び出した。
 全員が集まって短い間をとってからマークスは口を開く。

「シャミちゃんから聞いたんだ。マライ族の村が襲われてシャミちゃん以外みんな殺された」

 何かの冗談か?
 その場の全員が息を詰まらせる。シャマは突然知らされた悲劇に打ちのめされてへたり込む。隣のリアンが肩に手を添えてあげている。
 シャマの兄は正反対に瞳に殺意じみた激憤が映っていた。何に向けているのだろう?
 驚きはしつつもすぐにマークスの言葉を理解した藤田さんがマークスに尋ねる。

「その話はいつ聞いたんだ?」
「シャミちゃんがこの街にシャマを探しに来た当日だから、十二日前かな」
「そうか、シャミちゃんは襲撃者の情報を些細なことでも何か知っているのか?」
「特に話してはないけど、知らない様子だった」
「そうか、困った襲撃者を探しようがない」

 完全に襲撃者の捜索は行き詰った。
 誰一人として言葉を出さず、ねばりつくような居心地の悪い沈黙が場を包み、誰からともなく中に戻っていった。



































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