異世界から「こんにちは」
元殺し屋とゆるやかな生活
長閑な昼前、平屋根の簡素な集合住宅に住むワコーの部屋の郵便受けに郊外から一通の便りが投函された。
郵便業者の知らせる声が聞こえて、ソファーでブルファと油っぽい豆の菓子を摘まみながら談笑に興じていたワコーは、席を外し玄関傍の郵便受けから便りを取り出した。
繊維の荒い羊皮紙を四つ折りにしただけの、情報漏洩お構いなしの便りの差出人を見てワコーは眉が寄せる。
「バルキュスだと、なぜ手紙なぞ」
訳がわからず考えあぐねつつも、部屋に戻る。
「なんの手紙だったんだ?」
菓子を次々に口に運びながら、ブルファが尋ねる。
ワコーは女性だと知って詮索されるのを避けるため、名を伏せて答える。
「街外れに住む知り合いからだ」
「そうか、脅迫状でなくて良かったな」
「根に持たれることした覚えねぇよ!」
にこやかに言うブルファに、彼は声高に突っ込んだ。
ブルファが帰ってから読むか。
そう決めて、便りをキッチン台の上に置き談笑を再開した。
日が暮れる始めた頃、ブルファが帰路に着いて姿が見えなくなり、ようやく便りを開いて書かれた文章に目を通す。
ワコーへ
大変なことがあった。どこぞの殺し屋に私共々施設が狙われた。
子ども達に危険が及ばなかったのは幸いだったが、私が命を一つとしてしまったほど難敵および強敵だった。幻覚みたいな物を見せられて正直、怖かった。
次にまた狙われることがあるかもしれない、助っ人をお前の言っていたNo.3の剣士というのを連れて来てくれ
お願い♡
バルキュスより
「あからさまな嘘っぱちのハートマークだな。物騒な内容にそぐわないだろ」
一人で突っ込むワコー。しかしすぐに顔に憂いが浮かぶ。
被害がなかったとは言え元殺し屋のバルキュスが手に負えない敵か、確かにブルファみたいに戦闘に長けた奴がいないと危険だな。
「ブルファが帰る前に読むんだった」
こっぱずかしさから詮索されるのを避けた自分をワコーは悔いた。
明くる日の早朝、ワコーは寝起きだったブルファに頼み込んで着いてきてもらい、バルキュスの待つ街外れの農村地へ出掛けることになった。
幌がかかっただけの貧相な辻馬車に揺られる二人は、真向かいに頭を垂らして悄然と座る長剣を抱えた男こと歴代No.2の剣士と乗り合わせていた。
「ど、どうしたんすか?」
ワコーが躊躇いがちに尋ねる。
剣士から返事はない。
ブルファがワコーの肩に手を置く。
「やめとけ、きっとなにかの考え事をしてるんだ」
「そうか? すげー落ち込んでるように見えるけど」
「落ち込んでる時は一人にしてほしい、そういうこと思うだろ?」
「ああ、そう言われれば。じゃあそっとしておくか」
ワコーは合点して頷く。
その後二人は談笑を交わしながら、目的地までを過ごす。
目に見えて小屋風の民間と林が増えてきて、ワコーは辻馬車の馬を操る男老人に下車することを知らせて停めてもらい二人は下車する。
「バルキュスさんは一体何の仕事をしているんだ?」
緑多い土地の生活について詳しくないブルファがワコーに尋ねた。
「仕事というよりボランティアだぜ、ブルファ」
「ボランティアか、さぞかし徳の高い人なんだろうな」
「……それは会ってからわかる」
友人の期待を裏切るようで、ワコーはむなしい気持ちになった。
「ここからそんなに遠くないんだろ、案内を頼む」
「いいぜ」
数分歩くと二人は目的地であるログハウスにたどり着く。
「ここだ」
「他の家屋に比べて大きくて庭が広い」
一目見た感想を述べるブルファ、それと同時に正面のドアが開く。
「おー、ワコー。手紙読んでくれたか」
紫の髪のバルキュスが二人を出迎える。
ブルファが意外そうに呟く。
「美人じゃないか、ワコーの言ってた印象とはほど遠いぞ」
「はぁ、あれのどこが美人なんだよ? よーく髪を見てみろ白いのが少しあるだろ」
元殺し屋ということもあり耳聡いバルキュスは、小声で軽口を言ったワコーの背後に回り首筋にナイフを突きつける。
「ワコー、今なんて言った?」
ワコーは身震いして冷や汗を流し、素直に謝る。
「すいません」
「お前、私の質問を聞いてたのか?」
「バルキュスさんの髪は艶やかでみずみずしいです」
恐々答えたワコーに、バルキュスは嬉しそうに微笑んでナイフを引っ込めた。
「よろしい」
バルキュスの消えるような所作にブルファは一人の戦士として、バルキュスさん速い! と内心で感嘆の声をあげていた。
「とりあえず入れ」
ワコーとブルファはそう言うバルキュスに着いていき、ログハウスの中に入った。
部屋中の十人近い子ども達の視線が見覚えのないブルファに向けられ、次に腰に据え付けた剣の鞘に下りる。
特にやんちゃな六、七歳の男の子が鞘を指差して叫んだ。
「スゲー、剣持ってるー!」
その子がブルファに駆け寄っていくと、他の子もわらわらと集まってくる。
その剣見してー、とか。振ってみて振ってみて、とか。腰より少し高い位置でわいわいと子ども達に愉快に騒ぎ立てられ、困ったブルファはバルキュスに助けを求める視線を送る。
バルキュスは頼んだというように頷いて手を振った。
「あああ、引っ張らないで」
十人近い子ども達に庭へと引っ立てられるブルファを、ワコーとバルキュスは手を振って見送る。
ドアが閉められ子ども達が全員庭に出ていった後、バルキュスは神妙な顔つきになった。
「詳しい事情は今から話す、そこの食卓でいいか?」
「どこでもいいぜ、とにかく話を聞かせてくれ」
ワコーは黄緑の髪をした殺し屋の少女と、その少女が使う幻を見せる魔法について聞かされた。
魔法の方には合点がいく。
「その魔法は幻法っていう特異な魔法? みたいなやつだぜ」
「幻法だと、私は聞いたことないぞ」
「近年になってようやく幻法使いが知られるようになったからな、街から離れたバルキュスさんにゃーわからんでしょう」
「悔しいが、お前の言う通りわからん」
世間の流れについていけていない自分に、バルキュスは苦虫を噛み潰した顔になって悔やむ。
でもなぁ、とワコーは解しないことを述べる。
「少女が殺し屋っていうのが、どうも現実感がねぇぜ。操られてたとかじゃねぇのかよ」
ワコーの言葉にバルキュスはしかめ面になる。
「私が嘘をついているとでも言うのか、お前は?」
「違う違う、殺し屋のイメージにそぐわないってだけだよ」
「まぁいい、知ってることは話したしお前を責めるのも時間の無駄だ」
大儀にバルキュスは頬杖をつく。
ワコーは考え込んで、知り合いの一人を思い出す。
「街に帰ったら魔法関連に詳しい人に聞いといてやる。俺も魔法とか幻法とかはわからんからな」
「頼むそれより……」
バルキュスは途端に言いよどんだ。
ワコーはいつもズケズケ言う彼女の珍しい様子に、眉をひそめる。
「今日はどうするつもりだ? 帰るのか泊まるのか」
「なんだそんなことか、重大そうに言うからもっと大事なことかと思ったぞ」
「帰るのか泊まるのか、どっちだ?」
「別に今決めなくても……」
「決めろ」
押し殺した声で迫るバルキュスに、ワコーは即答する。
「帰ります!」
「泊まってってくれ、疲れた」
「言ってることに脈絡がないぜ」
「こっちは毎日一人で十一人の世話をしてるんだ、疲れないわけないだろ」
「そりゃそうだと思うけどよ」
「少しは私を休ませろ、それくらいの孝行はできるだろ?」
「わかったよ、泊まって手伝うよ」
渋々ワコーは承諾する。
しかしバルキュスは何を言ってるんだ、というような顔をしている。
「手伝う? 全部、お前がやるんだぞ」
やるかたない押し付けに、ワコーは仕方なく頷いた。
「うぇ、なんだよこの量」
キッチンの調理台にのせられたまな板と、その隣に山となっている青野菜を前にワコーはうめいた。
彼の横にいたブルファは一声励ます。
「頑張れ」
「他人事だと思って、お前も手伝え」
憎々しげにブルファを睨み付ける。
ブルファは心外そうに言い返した。
「こっちも仕事を頼まれて」
「何の?」
「この子達の相手」
自分の周囲を取り囲んできゃいきゃい喋りかけている女子達に、ブルファは困ったような顔をする。
モテ男めが、と子どもとはいえ異性を侍らせる友人が恨めしく、低い声で呟いた。
「ブルファさん、どこに住んでるんですか?」
「ブルファをさんブルファさん、彼女とかいるんですか?」
「ずるい、私が先なのー」
「そんなことない、私が先だもん」
ブルファに群がる女子達の黄色い声に嫌気が差し、ワコーはやけくそに野菜を乱雑に切り始める。
そんなワコーの肩をバルキュスがどついた。
「切り方が雑すぎる、料理の見栄えが悪くなるし残飯が増えるだろ。全くこれでは結局休めない」
「いてぇな殴るなよ。文句つけるならやってくれ」
「優しくないな、それではいつまでたっても年齢イコール彼女いない歴の男のままだぞ」
「ちえっ、やりゃいいんだろ」
舌打ちしながらもワコーは手を止めず、作業を続けた。
バルキュスは手近の食卓の椅子に腰掛け、部屋中を見渡す。
四六時中動き回っていたはずが、こうして悠長に座っている。そんなこといつぶりだろうか。
誰にも構われないからか気が抜け、うとうと眠気がバルキュスにやって来る。
体から力がなくなり、頭が無意識に垂れる。
バルキュスは寝息を立てた。
ほどなくして野菜をひたすら切り刻んでいたワコーが、大半を切り終わり、次の硬い野菜の切り方がわからず行き詰まってバルキュスを振り返る。
「これはどう切るんすか……うん?」
ワコーが振り向くとバルキュスは机に顔が付きそうにしがら寝息を立てていた。
子ども達に鞘に入っていたのが剣ではなく奇怪なステッキだったことを知られ、ステッキの有能さの講釈に努めていたブルファに、ワコーは机のバルキュスを指さして尋ねる。
「なぁ、あれって寝てるよな?」
「何、あーバルキュスさん。あれは確かに寝てるだろうね。起こした方がいいかな?」
「いいんじゃね起こさなくて。やっぱり疲れが溜まってたんだ」
子ども達が心底珍しそうにバルキュスを見つめて、一人の女の子が
「初めて見た」
と呟いた。
そっとしておいてあげよう、という雰囲気が意思を合わせたわけでもなしに出来上がっていた。
郵便業者の知らせる声が聞こえて、ソファーでブルファと油っぽい豆の菓子を摘まみながら談笑に興じていたワコーは、席を外し玄関傍の郵便受けから便りを取り出した。
繊維の荒い羊皮紙を四つ折りにしただけの、情報漏洩お構いなしの便りの差出人を見てワコーは眉が寄せる。
「バルキュスだと、なぜ手紙なぞ」
訳がわからず考えあぐねつつも、部屋に戻る。
「なんの手紙だったんだ?」
菓子を次々に口に運びながら、ブルファが尋ねる。
ワコーは女性だと知って詮索されるのを避けるため、名を伏せて答える。
「街外れに住む知り合いからだ」
「そうか、脅迫状でなくて良かったな」
「根に持たれることした覚えねぇよ!」
にこやかに言うブルファに、彼は声高に突っ込んだ。
ブルファが帰ってから読むか。
そう決めて、便りをキッチン台の上に置き談笑を再開した。
日が暮れる始めた頃、ブルファが帰路に着いて姿が見えなくなり、ようやく便りを開いて書かれた文章に目を通す。
ワコーへ
大変なことがあった。どこぞの殺し屋に私共々施設が狙われた。
子ども達に危険が及ばなかったのは幸いだったが、私が命を一つとしてしまったほど難敵および強敵だった。幻覚みたいな物を見せられて正直、怖かった。
次にまた狙われることがあるかもしれない、助っ人をお前の言っていたNo.3の剣士というのを連れて来てくれ
お願い♡
バルキュスより
「あからさまな嘘っぱちのハートマークだな。物騒な内容にそぐわないだろ」
一人で突っ込むワコー。しかしすぐに顔に憂いが浮かぶ。
被害がなかったとは言え元殺し屋のバルキュスが手に負えない敵か、確かにブルファみたいに戦闘に長けた奴がいないと危険だな。
「ブルファが帰る前に読むんだった」
こっぱずかしさから詮索されるのを避けた自分をワコーは悔いた。
明くる日の早朝、ワコーは寝起きだったブルファに頼み込んで着いてきてもらい、バルキュスの待つ街外れの農村地へ出掛けることになった。
幌がかかっただけの貧相な辻馬車に揺られる二人は、真向かいに頭を垂らして悄然と座る長剣を抱えた男こと歴代No.2の剣士と乗り合わせていた。
「ど、どうしたんすか?」
ワコーが躊躇いがちに尋ねる。
剣士から返事はない。
ブルファがワコーの肩に手を置く。
「やめとけ、きっとなにかの考え事をしてるんだ」
「そうか? すげー落ち込んでるように見えるけど」
「落ち込んでる時は一人にしてほしい、そういうこと思うだろ?」
「ああ、そう言われれば。じゃあそっとしておくか」
ワコーは合点して頷く。
その後二人は談笑を交わしながら、目的地までを過ごす。
目に見えて小屋風の民間と林が増えてきて、ワコーは辻馬車の馬を操る男老人に下車することを知らせて停めてもらい二人は下車する。
「バルキュスさんは一体何の仕事をしているんだ?」
緑多い土地の生活について詳しくないブルファがワコーに尋ねた。
「仕事というよりボランティアだぜ、ブルファ」
「ボランティアか、さぞかし徳の高い人なんだろうな」
「……それは会ってからわかる」
友人の期待を裏切るようで、ワコーはむなしい気持ちになった。
「ここからそんなに遠くないんだろ、案内を頼む」
「いいぜ」
数分歩くと二人は目的地であるログハウスにたどり着く。
「ここだ」
「他の家屋に比べて大きくて庭が広い」
一目見た感想を述べるブルファ、それと同時に正面のドアが開く。
「おー、ワコー。手紙読んでくれたか」
紫の髪のバルキュスが二人を出迎える。
ブルファが意外そうに呟く。
「美人じゃないか、ワコーの言ってた印象とはほど遠いぞ」
「はぁ、あれのどこが美人なんだよ? よーく髪を見てみろ白いのが少しあるだろ」
元殺し屋ということもあり耳聡いバルキュスは、小声で軽口を言ったワコーの背後に回り首筋にナイフを突きつける。
「ワコー、今なんて言った?」
ワコーは身震いして冷や汗を流し、素直に謝る。
「すいません」
「お前、私の質問を聞いてたのか?」
「バルキュスさんの髪は艶やかでみずみずしいです」
恐々答えたワコーに、バルキュスは嬉しそうに微笑んでナイフを引っ込めた。
「よろしい」
バルキュスの消えるような所作にブルファは一人の戦士として、バルキュスさん速い! と内心で感嘆の声をあげていた。
「とりあえず入れ」
ワコーとブルファはそう言うバルキュスに着いていき、ログハウスの中に入った。
部屋中の十人近い子ども達の視線が見覚えのないブルファに向けられ、次に腰に据え付けた剣の鞘に下りる。
特にやんちゃな六、七歳の男の子が鞘を指差して叫んだ。
「スゲー、剣持ってるー!」
その子がブルファに駆け寄っていくと、他の子もわらわらと集まってくる。
その剣見してー、とか。振ってみて振ってみて、とか。腰より少し高い位置でわいわいと子ども達に愉快に騒ぎ立てられ、困ったブルファはバルキュスに助けを求める視線を送る。
バルキュスは頼んだというように頷いて手を振った。
「あああ、引っ張らないで」
十人近い子ども達に庭へと引っ立てられるブルファを、ワコーとバルキュスは手を振って見送る。
ドアが閉められ子ども達が全員庭に出ていった後、バルキュスは神妙な顔つきになった。
「詳しい事情は今から話す、そこの食卓でいいか?」
「どこでもいいぜ、とにかく話を聞かせてくれ」
ワコーは黄緑の髪をした殺し屋の少女と、その少女が使う幻を見せる魔法について聞かされた。
魔法の方には合点がいく。
「その魔法は幻法っていう特異な魔法? みたいなやつだぜ」
「幻法だと、私は聞いたことないぞ」
「近年になってようやく幻法使いが知られるようになったからな、街から離れたバルキュスさんにゃーわからんでしょう」
「悔しいが、お前の言う通りわからん」
世間の流れについていけていない自分に、バルキュスは苦虫を噛み潰した顔になって悔やむ。
でもなぁ、とワコーは解しないことを述べる。
「少女が殺し屋っていうのが、どうも現実感がねぇぜ。操られてたとかじゃねぇのかよ」
ワコーの言葉にバルキュスはしかめ面になる。
「私が嘘をついているとでも言うのか、お前は?」
「違う違う、殺し屋のイメージにそぐわないってだけだよ」
「まぁいい、知ってることは話したしお前を責めるのも時間の無駄だ」
大儀にバルキュスは頬杖をつく。
ワコーは考え込んで、知り合いの一人を思い出す。
「街に帰ったら魔法関連に詳しい人に聞いといてやる。俺も魔法とか幻法とかはわからんからな」
「頼むそれより……」
バルキュスは途端に言いよどんだ。
ワコーはいつもズケズケ言う彼女の珍しい様子に、眉をひそめる。
「今日はどうするつもりだ? 帰るのか泊まるのか」
「なんだそんなことか、重大そうに言うからもっと大事なことかと思ったぞ」
「帰るのか泊まるのか、どっちだ?」
「別に今決めなくても……」
「決めろ」
押し殺した声で迫るバルキュスに、ワコーは即答する。
「帰ります!」
「泊まってってくれ、疲れた」
「言ってることに脈絡がないぜ」
「こっちは毎日一人で十一人の世話をしてるんだ、疲れないわけないだろ」
「そりゃそうだと思うけどよ」
「少しは私を休ませろ、それくらいの孝行はできるだろ?」
「わかったよ、泊まって手伝うよ」
渋々ワコーは承諾する。
しかしバルキュスは何を言ってるんだ、というような顔をしている。
「手伝う? 全部、お前がやるんだぞ」
やるかたない押し付けに、ワコーは仕方なく頷いた。
「うぇ、なんだよこの量」
キッチンの調理台にのせられたまな板と、その隣に山となっている青野菜を前にワコーはうめいた。
彼の横にいたブルファは一声励ます。
「頑張れ」
「他人事だと思って、お前も手伝え」
憎々しげにブルファを睨み付ける。
ブルファは心外そうに言い返した。
「こっちも仕事を頼まれて」
「何の?」
「この子達の相手」
自分の周囲を取り囲んできゃいきゃい喋りかけている女子達に、ブルファは困ったような顔をする。
モテ男めが、と子どもとはいえ異性を侍らせる友人が恨めしく、低い声で呟いた。
「ブルファさん、どこに住んでるんですか?」
「ブルファをさんブルファさん、彼女とかいるんですか?」
「ずるい、私が先なのー」
「そんなことない、私が先だもん」
ブルファに群がる女子達の黄色い声に嫌気が差し、ワコーはやけくそに野菜を乱雑に切り始める。
そんなワコーの肩をバルキュスがどついた。
「切り方が雑すぎる、料理の見栄えが悪くなるし残飯が増えるだろ。全くこれでは結局休めない」
「いてぇな殴るなよ。文句つけるならやってくれ」
「優しくないな、それではいつまでたっても年齢イコール彼女いない歴の男のままだぞ」
「ちえっ、やりゃいいんだろ」
舌打ちしながらもワコーは手を止めず、作業を続けた。
バルキュスは手近の食卓の椅子に腰掛け、部屋中を見渡す。
四六時中動き回っていたはずが、こうして悠長に座っている。そんなこといつぶりだろうか。
誰にも構われないからか気が抜け、うとうと眠気がバルキュスにやって来る。
体から力がなくなり、頭が無意識に垂れる。
バルキュスは寝息を立てた。
ほどなくして野菜をひたすら切り刻んでいたワコーが、大半を切り終わり、次の硬い野菜の切り方がわからず行き詰まってバルキュスを振り返る。
「これはどう切るんすか……うん?」
ワコーが振り向くとバルキュスは机に顔が付きそうにしがら寝息を立てていた。
子ども達に鞘に入っていたのが剣ではなく奇怪なステッキだったことを知られ、ステッキの有能さの講釈に努めていたブルファに、ワコーは机のバルキュスを指さして尋ねる。
「なぁ、あれって寝てるよな?」
「何、あーバルキュスさん。あれは確かに寝てるだろうね。起こした方がいいかな?」
「いいんじゃね起こさなくて。やっぱり疲れが溜まってたんだ」
子ども達が心底珍しそうにバルキュスを見つめて、一人の女の子が
「初めて見た」
と呟いた。
そっとしておいてあげよう、という雰囲気が意思を合わせたわけでもなしに出来上がっていた。
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