異世界から「こんにちは」

青キング

謎の魔力と護衛人

 山林を一望できる隠れ家的宿屋の最上階で藤田は、窓縁の角に尻を据えて真っ暗な中で外を監視していた。
 左頬に目掛けて投げられたガムのボトルケースを、藤田はノールックで左手に収める。

「またガムかよ、青春。次はお前手製のおにぎりの味がしないおにぎりにしろよ」

 ガムのボトルケースを突き当たりの廊下から投げつけた紺之崎は、藤田の嫌味など意に介さず状況報告と確認を優先する。

「リアンちゃんが剣志君の部屋に移動するのは確認した。そっちはどう、魔力の存在とか異常はあった?」

 藤田は問いに首を最小限で横に振る。

「なかった」
「そう、安心した」
「しかしな、何故シャマという子を狙ったんだ? リアンの方が魔力量が体から溢れてるほど段違いに多いはずだぞ」

 藤田が吐露した敵の不可解な相手の選択の疑念に、紺之崎は自身の襲われたあの夜のことを思い出して答えた。

「妹だからだと思う」
「では拐ったのはシャマという子の兄なのか?」
「多分そうなる」

 複雑な家庭問題だな、と興ざめしたように藤田が唸った。

「兄が妹を拐うなど、俄には想像できないな」
「でもきっと上からの言い付け」
「その兄の上司やらが誘拐を命令した、とお前は推理するか」
「違う、そうであって欲しいだけ」
「好きで妹をいたぶる兄はいないってか。相変わらずお前は優しいな」

 ふっと鼻を鳴らして藤田はそう言うと、ガムのボトルケースから一粒ガムを摘まみ取って口に含ませた。そして音を極力立てず噛み始める。

「そろそろ戻るけど、いい?」

 藤田の無言を了解と悟り、紺之崎は踵を返して階下へと降りていった。
 紺之崎が階下へ降りてしばらくしてから、藤田がごく微かな茂みの葉擦れの音を聴取する。
 同時に魔力の存在も葉擦れしたところから感じ取り、そちらに目を凝らして魔力の正体が何者かを掴む。
 この魔力は……剣志の家に近づいて俺の暗視魔力サーチを掻い潜った奴のものと抱えられている魔力もある。誰だ? と訝しんで、唐突に現れた魔力の存在を天賦の眼力で、その場に落ち着いたまま追跡し始めた。


 監視を担ってくれている藤田に、常にスーツの懐に忍び持っているガムのボトルケースを届け終えた紺之崎は、リアンと同室で宿泊している二人部屋で簡素なテーブルの上で装備を整えていた。

「折り刃カッター一本と自動拳銃一丁、予備の弾倉少し、スーツ……それよりせめて下着がほしい」

 もしも戦闘になった場合、回避行動で下着を着けていないと無駄に豊胸になってしまったばかりに重くし揺れて痛いのである。それが今の紺之崎が思い詰めていることである。

「この胸の小さくできる方法があればいいんだけど」

 世の女性から恨まれるような台詞を平然と言うあたり、人間離れしている。剣志の紺之崎に対する印象は間違っていない。
 紺之崎は立ち上がり、やむを得ず地肌の上に着ていたスーツを脱いで目線を下に落とす。

「爪先すら見えない」

 豊かに突き出た胸のせいで足元を見下ろせないのだ。紺之崎は深く溜め息を吐いた。
 紺之崎の中での優越するべき順番は、
 可愛いもの>食事>睡眠>戦闘>美容となっていて、まさかの美容より戦闘の方が優越されるのである。やはり人間離れしていた。

「現実世界に帰ったら、小さくできそうなサプリメントでも探そう」

 上半身裸体の上からスーツを着直したところで、紺之崎は研ぎ澄まされた戦士の嗅覚で窓の外を一瞬過った気配を感知して、テーブルの銃をひっ掴んで窓辺に駆け出す。
 窓を勢いよく開け放ち、上下左右に首を回して視線を巡らせる。
 紺之崎の左斜め上で階ごとの出窓から出窓に軽やかに乗り移って昇っていく、女性を一人お姫様抱っこで抱えた謎の細身が視界に入る。
 咄嗟に出窓から仰向けで身を出して、紺之崎の部屋より上階で移動している謎の細身に両手で持った銃の銃口を向けた。
 矢先、紺之崎の存在に気がついた謎の細身は素早く手のひらを閃かせる。

「はやっ!」

 幾百も戦闘の場数を踏んでいる紺之崎は、反射的に上体を起こして体を引っ込めた。
 背中すれすれを目で捉えるのがやっとの速さで、高電圧の電光の弾が落ちるように突き進んでいった。
 ほんのコンマ一秒でも反応が遅れていたのなら、紺之崎は全身に電気が回り感電して意識を失っていただろう。
 さすがの紺之崎でも再度銃口を向けようとする気には、当然なれなかった。


 藤田は自分が現実世界で上手いようにしてやられた謎の魔力の存在との二度目の邂逅に、快い胸騒ぎが止まらなかった。
 山の内側に隠されるように建てられている宿屋南面の岩肌を、所々の突起を掴んで徐々に登っていく。
 雨露凌げない屋上に謎の魔力の存在がもう一人の魔力保持者を傍に置いて休んでいる好機を、藤田という数多の隠密作戦を遂行してきたこの男は逃さない。
 屋上の縁が頭上のすぐ近くまで迫った彼は、ひとまず登るのをやめてターゲットの出す音に耳をそばだてる。

「ここなら……はぁはぁ、一晩くらい見つからないだろう。街へ出たらすぐに妹に治癒魔法の薬を飲ませてやらないとな、はぁはぁ」

 妹という単語に藤田は眉をひそめる。
 そういえば青春がシャマを誘拐したのは兄って言ってたよな。それじゃまさかこいつは、と予想だにしなかった展開を思い浮かべる。
 矢も盾もいられなくなった。
 突起にかけていた足に力を入れると身軽に跳躍して、空中で着地姿勢をとりながら腰から拳銃を引き抜く、アクション映画さながらの身のこなしだった。

「武器をすべて捨てろ」

 藤田は着地一番銃口を向け、気負わず荒らげず厳然と言い放った。
 ターゲットは突然の刺客に目を見張る。

「生成魔法か……」
「もちろん、魔法を使う素振りを見せようものなら撃つぞ」

 そう脅しながら、藤田は目を凝らして闇夜でうすぼんやりとしたターゲットの顔とその傍で気絶している者の顔を確認する。

「ピンクの髪、その子がシャマか?」

 確信し得ない藤田は、ターゲットの男に確認をとった。

「ええ、その通り。そして僕の妹です」

 ターゲットの男の表情が暗さで窺えず、スーツの懐から小型のサーチライトを取り出して男を照らす。

「お前もピンクの髪ってことは、シャマの兄か?」
「ええ、そうですよ」

 光に照らされたピンク髪は整った容貌にそぐわず乱れていて、間から覗く遠くを見ているような両の瞳が疲れた印象を藤田に与える。

「あなたはシャマの、知り合いか何かですか?」
「まぁ、言い様によってはそうなるな」
「そうですか、良かった」

 藤田が肯定すると、シャマの兄は安堵して体から力がいっぺんに抜けてしまい屋上の地べたにへたり込んだ。
 藤田は突然にへたり込んだシャマの兄に、より警戒を強めて銃口を向け直す。

「俺はもう死にたい」
「それならば殺し……」

 藤田の冷淡な声を、シャマの兄が発した台詞が途絶させる。

「だが妹がいる、最愛のな」
「……それがどうした」
「死ねないんだよ、このままでは」
「遺書でも書く時間が欲しいのか」
「最後は兄らしく死にたい、そう心変わりしただけだ」

 多事多難だった過去を想起して、シャマの兄は切々に語った。
 藤田自身、常人とかけ離れた人生を送って現在に至っている。だからか詳しく過去を聞かされたわけでもないのに、彼は目の前のピンク髪の青年の気持ちがわかった気がした。

「死にたくないんだな、お前は?」
「ええ」

 銃口を向けたまま彼はシャマの兄に歩み寄り、その鳩尾に拳を打ち込んで気絶させた。
 シャマの兄のぐったりとした体と意識を失っているシャマの体を、両肩に担いで屋上から降りようとするが、
 二人担いだら両腕塞がって降りられないんだった、と今更になって気づき兄の方を渋々降ろした。
 紳士ならレディファースト、シャマを優先だ。そう藤田は自分に言い聞かせながら登ってきた道程を降りた。
 シャマを宿屋内に運び入れた後、きちんと兄の方も運び入れようと屋上に舞い戻った藤田は、同じ男として苦く罪悪感を覚えつつシャマの兄の体を担いで岩肌を降りた。














































 

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