異世界から「こんにちは」

青キング

歴代No.2剣士の放浪記ー静寂の一刀ー

 空腹だ何か食べたい。
 歴代No.2の剣士はふとした食欲に意識なく腹部をさすった。
 商店街をそぞろ歩き何時間が経過しただろうか、これで五周目だ。
 空はすっかり夕刻の色を帯び始め、住宅の窓からも淡い照明の光が街を色づかせていた。
 無一文に食べさせる物はない、ときっとどこのレストランにもそう言われて、追い出されるに違いない。
 歴代No.2の剣士はとある館で彼女を失ってからの記憶がさっぱり無く、街並みはがらりと変貌し、時代も移り変わっていた。
 しかしだ、記憶を無くしても人間だ。それゆえに食事にはありつきたい。
 気は進まなかったが、最後の手段となる方法を決行した。


 夜の森の中、乱立する幹の太いの木々の隙間を縫うように疾走して、到着したのは最近発見した穴場である、長い洞窟らしき岩穴がある剥き出しの岩石の前の拓いたスペース。
 森の最奥部付近に潜む、深夜の特定の時間にだけ姿が豹変する野獣、夜の王者ことクログロンは、暗い岩穴を好むためかそこに群れているのだ。
 クログロンは昼間は小熊のような可愛らしい姿をしているのだが、深夜になると全身の体毛が焦げ茶色から純色の黒に変わり凶暴で巨大な大熊__いや怪物へと変貌するのだ。
 昼間の体長は多く出回っている短剣とほぼ同じだが、怪物へと変貌した時の体長はなんと長剣三本分に相当すると言われている。

「すごい飢えてるな」

 そして今、歴代No.2の剣士は獲物を捉えたクログロンの群れの十の視線を目先の暗闇から一斉に浴びていた。
 その距離、たったの約四メートル。
 鮮やかな赤色の目は、まさに飢えた獣が持つ特有の圧力を帯びた目だった。
 二つの目が猛進してきた。
 剣士は鞘から右手で長剣を抜き出して、そのまま斜めに振り切った。
 三メートルほど先で、クログロンの巨体が斜めで真っ二つに断たれ、雄叫びをあげることなく左右に倒れた。

「フンフフン♪」

 剣士は自作のリズムに体を揺らしながら、喜悦の笑みを浮かべた。
 仲間の一頭があっけなく切り殺されたからか、残り四頭は怯えたように一歩後退する。

「フンフフン、フフンフ♪」

 慣れた動作で剣をジグザグに振った。
 恐怖などという言葉が、陽気に夜の王者クログロンと対している剣士に該当しないのか? 答えは否だ。
 現在は恐怖を抱えていないかもしれないが、以前は一つだけ恐れていることがあったのだ。それは__愛する者の死だ。
 彼が愛した人は、魔女と悪く称されていた山の中にある館に住んでいた可憐な少女だった。
 その子がいない今、彼は食欲などの生理的欲求しかいらなくなった。いわば人間味のない剣士なのだ。

「肉だ肉だ、嬉しいなぁ♪」

 真夜中の鬱蒼とした常緑樹の山林に、弾む声が反響する。
 長剣を地面にそっと置き剣士は、乱雑に切り刻まれ四方に飛び散ったクログロンの肉片のひとつに歩み寄る。そして拾い上げて暗がりの中、目を凝らして肉片を眺めた。

「やぁ、そこの剣士くん」

 先の見えない木々の間から、暢気で軽々しい青年の声が聞こえた。
 耳敏くして声の主の居場所を推測する。

「誰だ!」
「うう、怖い怖い」

 冗談めかして謎の青年は、怯えた口振りをした。
 __!
 剣士は驚きに喘いだ。
 __居ない!
 周囲への警戒心を高めるが、物音ひとつしない。

「ブランクもあるし、気のせい……だよな?」

 剣士はそう勝手に決めつけて、生々しいクログロンの肉片を拾い集め、風呂敷に包んで担ぎ森を出た。


 深夜の街はいささかの人通りもなく、静けさだけが占拠していた。
 流れる雲の間から、断続的に照らす月明かりが乏しい視界を明るくし、深夜でも物にはぶつからない。そんな時間に荷物で丸く膨らんだ風呂敷を肩に担ぎ歩く人男、客観的に見たら不審者である。
 しかし、そんなふうに思われても構わないのが歴史に名を刻んでいないが、実力は超弩級のロンリー剣士こと歴代No.2剣士なのである。

「よし、ここにしよう」

 剣士は窓が壁に等しい間隔で並ぶらしき建物の側に腰を下ろし、あぐらをかいたリラックス状態でし風呂敷を開いた。
 その瞬間__。

「誰だ!」

 剣士は急に叫んだ。
 ばっと立ち上がりつつ、剣の柄に手を右手を添えた。

「少しだけ付き合ってもらえるかな?」

 気弱そうな青年っぽい声が、光の入らない真っ暗闇の路地裏から漏れ出す。

「まずは、名を名乗れ」

 低く威圧するような声で、名乗りを命令する。
 青年っぽい声の主はおどけたように答える。

「これは挨拶です。名乗るのは控えさせてくださいな」

 そう言いながら、声の主は路地裏の闇の中から姿を現し、剣士に体を向けた。
 榛色の地面にずっていそうなローブのフードが顔の上半分に影を作っていて、面貌をはっきり確認することはできない。
 背丈が剣士より低いローブの青年は、左手をローブか静ら出して左斜め上に閃かせた。
 次の瞬間、青年の白く病人みたいな手のひらの前に鍔のない細みの柄が突如出現する。
 眩しくはないが鮮やかな黄緑色に発光し始めたそれは、徐々に徐々に刀身が伸ばびていき、キンと鋭利な音とともに鋭利な切っ先が現れ、刃物の全体が明らかになる。
 __んっ!?
 剣士は青年の出した見たことない刃物に衝撃し、息を詰まらせた。
 それと対照に、長剣と同じぐらいの長さをしたなめらかに反り曲がった刃物の柄を握り、青年は事も無げに言う。

「この武器の名前は、静刀せいとう若草わかくさ。おや?」

 闇夜にぎらつく刀を持った腕がだらんと下がり、ロンリー剣士の傍にある風呂敷とその上に置かれたクログロン肉片を指差す。

「そこにある美味しそうな肉、なんの肉ですか?」

 青年は首を傾げた。
 剣士も首を傾げた。

「なぜ、そんなことを聞いてくる?」
「なぜって……美味しそうだったから」

 そこでふと青年は、名案を思い付いたように不敵に笑窪を顔に掘った。

「ねえ、いいこと思いついた」
「なんだよ?」
「もし、僕がお兄さんにわずかでも刃を当てたら、肉を半分わけてくれない?」

 想定外の要求に剣士は、構えを緩め尋ね返す。

「当てられるのか?」

 何より一人の剣士として侮られるのは、癪だった。ゆえに青年に勧告するのだ__俺をナメるな、と。
 勧告も興味ないと、自信に満ちた不敵な笑みを浮かべて言う。

「当てられます」

 その意気盛んな言葉を聞いて、剣士も不敵に口角を上げる。

「その自信、気に入った!」

 鞘から長剣を抜き出し月光に翳した。

「来いよ!」

 呼応して青年が、静刀若草を片手で体の正中線となるように構えた。

「いきます!」

 青年は力あらん限りに地面を蹴った。
 二人の間合いが急激に縮まり、刀の攻撃範囲内まで距離を詰める

「てりゃ!」

 正中線に構えていた刀を、常人には見えぬ驚異的なスピードで滑らせるようにを切った。

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