異世界から「こんにちは」

青キング

青の金阿修羅の本領2

 盛況なことは、店にとって必ずしも良いこととは限らない。
 客が増えれば、購入も増える。購入が増えれば、会計の頻度も増える。かといって会計士が流動的に増えることはない。
 二日目の開店準備中、ワコーは全員を集め、一つの合理的な提案を挙げた。

「値段を統一しよう」

 ワコー以外の四人が首を傾げる。
 ブルファが同様に首を傾げる三人の意を汲んで代弁し、ワコーに質問する。

「値段を統一すると、何があるんだ?」

 ワコーはふふっ、と怪しげに笑う。

「会計がスムーズになり、負担も軽減する」
「会計ってことは、俺の係りだな。気を遣わなくていいんだぞ」
「気を遣ったわけじゃねぇよ。利益と効率を抜かりなくするには、この手が最適だからだよ」

 ニッと意味深長に口の端を上げた。
 四人には、ワコーが何を考えているか知るよしもなかった。


「あの使い道が判然としない武器を求めて、リピートするやつはおるんかのう?」

 路地の端でメイド服のチウが、けだるそうに一人ごちた。
 隣の、プラカードを掲げ持つ長髪のバニーガールは対照的に、やる気オーラが放たれていた。

「チウちゃんのメイド服姿……可愛い」

 やる気オーラなど微かにもなかった。
 出し抜けに可愛い、と言われて素直じゃないチウは喜ばず、首を呆れた風に横に振った。

「ありえんありえん。わらわはメイドとは正反対な性格じゃ」
「チウちゃん…………」

 愛くるしいものを見るような目で、イナシアはチウを凝視する。
 しげしげと見られて「な、なんじゃい」と引き気味に尋ねた。

「私の家でメイド……やらない?」
「やらんわっ! ちゅーか、お主とわらわは同じ黒服隊のメンバーじゃろがい、メイドの仕事をやっている暇などないのじゃ」

 メイドになることを同じ黒服隊のメンバー、を口実に拒否した。
 されど、イナシアのメイドチウへの熱意は止まない。

「仕事以外の時間だけでいいから、メイドとして付き添ってほしいなぁ」
「それでは、わらわのプライベート時間が無くなるのじゃ!」
「ダメ?」
「瞳をうるうるさせようが、わらわにその気は微塵もないのじゃ! あきらめい、あきらめい」

 完全に拒否られたイナシアが、あからさまな消沈ぶりを見せた。
 キツく言い過ぎてしまったのう、とチウは内心イナシアに気を配っていた。根はとても情に厚い少女なのだ。
 気落ちするイナシアと路地でチラチラ視線を往復させ、居心地悪く感じてきたチウは話し掛けようと思い口を開きかけた、が__。
 二人の元にフラフラ危なげな足取りで、白ワンピースやその下の華奢な脚に浅く短い切り傷が各所に見られたチウと同い年ぐらいであろうピンクの長い髪の少女が、朦朧とした意識で歩み寄ってきて、手が届くか届かないかの距離で力尽きたように前のめりで体勢を崩し、うつ伏せに倒れた。

「大丈夫かえっ!」

 すぐさまチウがピンク髪の少女に駆け寄り、したたかに揺する。
 突然上がったチウの声に気落ちしていたイナシアも、はっと目前の状況が目に入り驚愕しつつ、プラカードを投げ捨て反射的に倒れた少女に駆け寄っていた。
 緊急事態だとアイコンタクトで疎通しあった二人は、すぐさま倒れた少女を店中に運び込み、事情をワコー達三人に話した。

 清潔な空間で、ピンク髪の少女は目を覚ました。
 久しぶりの体を包む温もりが、少女の心に絡み付いた恐怖をするするとほどいて、安らぎを与える。

「起きてくれて安心したよ」

 柔らかい青年の声が、少女の耳に届く。
 少女は声のする方に顔を向けた。
 そこには、背もたれのない木製の椅子に腰かけるいかにも温厚そうな茶髪の青年が、朗らかな表情をして少女の顔を見つめていた。
 その隣で同様の椅子に股を軽く広げて座る金髪の美形男性が、気遣わしげな視線を少女に向けている。
 二人の顔を目に見た瞬間、少女はぼろっと涙を溢れさせ嗚咽を漏らし、隠すように両手で顔を覆った。

「ど、どうした!」
「ブルファ、心配ないよ。泣いてる理由はわからないけど、怖いからではないと思うよ」

 急に泣き出した少女が心配になり、ばっと椅子から立ち上がったブルファをマークスが留まらせる。
 マークスは少女に向き直り、柔和な目付きで少女を見守った。
 少女は嗚咽を漏らしたまま、涙声で震え震えて言葉を紡いだ。

「シャミのおねぇちゃんが……悪い人達に狙われてるの……」

 絞り出すように声を発する少女に、マークスが穏やかな口調で尋ねる。

「おねぇちゃんって、何て言う名前なのかな? 教えてくれない?」

 マークスの要求にこくんと小さな頭を縦に動かすと、少女が自分の姉の名を震える声で述べた。

「シャマ……シャマっていうのマークスさん」

 少女が出した名に、マークスは衝撃と寒気に言葉を失った。
 隣でブルファも、切れ長の目をこれでもかと言うくらいまで大きく見開いて、口を呆然と開けていた。

「だからシャミは、おねぇちゃんとパーティーを組んでいるマークスさんやブルファさんに、お願いがあって来たんですけど……ごめんなさい」

 自分のことをシャミという少女は、申し訳なさそうに顔を俯けた。その様子はそれとなくシャマに似ていた。
 ワコーは未だに驚きに打たれた余韻がありつつも、心配させないように極力表情には出さず問う。

「おねぇちゃんを悪い人達から守ってほしい、それがシャミちゃんのお願いだよね?」
「は、はい。お願いします」

 必死に訴えるような目をして少女はマークスに頼み込んだが、マークスは口惜しむ感じで歯噛んだ。
 その表情は、陰鬱に沈んでいた。

「ごめんシャミちゃん。僕達じゃ、お願いを引き受けることはできない」

 あくまで口調は穏やかだったが、自虐的な意味合いが孕んでいるようにシャミには感じられた。

「そうですよね、マークスさんたちはおねぇちゃんとはただの仲間ですもんね」

 世を悟ったような口ぶりで俯くシャミに、ブルファが大声で否定する。

「それは料簡違いだ! 俺達はシャマのことをただの仲間、なんて思っちゃいない! だから今から言うことをしっかり聞いてほしい!」

 そう捲し立てたブルファは、一息吸い込み心を落ち着かせて喋り出す。
 その様子をシャミとマークスは、口出しせずじっと見守る。

「シャマは異世界にいるんだ……信じられないかも知れないけど、な」

 案の定、シャミは瞳孔を目一杯に開けて沈黙し驚愕に打たれていた。
 マークスがため息混じりにシャミに言う。

「ブルファの言ったことは端的過ぎるから詳しく説明させてもらうよ、いいかな?」

 シャミはこくんと頷く。
 マークスは順繰りに説明を始めた。

「まず、僕達のパーティーには以前太刀っていうリーダーがいたんだ。とある依頼を受けて森を散策してたんだけど、そこで太刀とリアンが揃って行方不明になったんだ。ここまでの話理解できてる?」
「はい、それで?」

 ベッドの上にぺたんこ座りで腰を留まらせ、表情を生真面目に引き締めて、シャミは続きを催促した。
 年齢に似合わず大人びた表情だな、と嗚咽を漏らし泣き崩れていた幼いイメージを改めたマークスは、再び口を動かし始める。

「その数週間ぐらい経ったある日、後を追うように忽然とシャマも姿を消してしまい、行方不明。それからまたも数週間ぐらい経って、魔女の騒動の際に突然行方不明になった三人がその場に現れたんだ。そこで僕達もシャマが異世界にいることを知ったんだよ」

 マークスの話を聞いてシャミの表情に影が射し、ポツリと本音を溢した。

「異世界ってことはおねぇちゃんに会えないんだよね、残念……だなぁ」

 陰鬱な影がシャミの顔に射したのを目に見たマークスは、とっさに慰めにかかる。

「む、難しいけど会える方法は少なからずあると思うよ。なぁ、ブルファ?」
「へ……? ああ、そうだな!」

 異世界にいる三人のことを考えていたブルファは急に話題を振られて、無考えに首肯した。

「シャミはおねぇちゃんに会いたい! 会っておねぇちゃんを守りたい! そうしないと……」

 私には大切な人を守れる力がない、そう思って暗い気持ちになる。いつもならその時点で諦めてた。でも、もうやるしかないんだ。村の人は皆いなくなってしまったから。
 惨劇が生んだ決意は、力強く彼女の唇を動かさせ、目の前で不思議そうに顔を覗き込んでくるマークスに浴びせるぐらいの勢いで声となって発された。

「そうしないと、私を逃がしてくれた皆に合わす顔がないからです!」

 予想の埒外だったのか、マークスは驚懼して表情を固めた。
 えっ、という情けない声だけが彼の口から零れる。
 そんな気の失せかけたマークスに、シャミは顔を毅然としたまま言葉を続ける。心では無遠慮に大切なものを失われたことの哀絶に泣きじゃくっていたが。

「シャミの大好きな村であり、シャミのおねぇちゃんも大好きな村であるマライ村の、マライ族の皆がマントの人達に殺されちゃいました…………うぅ、うぅ」

 ぶり返した哀しみが、まだ十にしかならないシャミの双眸を視界が滲むほど浸した。
 再び嗚咽を漏らし始めたシャミに、マークスとブルファは無言で優しく慰撫するように頭を撫でた。

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