異世界から「こんにちは」

青キング

青の金阿修羅の本領3

 武器屋に残っていたワコー、ハミエル、イナシア、チウはワコーの切な申し出で一時間早く店じまいをして、倒れた少女に付き添っているマークスとブルファの所に急ぎ足で向かった。四人とも少女の容態が心配なのだ。
 ワコーは荒ららかに部屋のドアを開けて、 絶え絶えな息のままマークスに尋ねる。

「マークス、少女は大丈夫なのか?」
「過労だよ、一睡もせずにマライの村からナバスまで走ってきたらしいから」

 少女が街に来た経緯と倒れた原因を聞かされたワコーは、憂慮のこもった視線をベッドですやすや寝入っている少女に移した。
 彼の視線が徐々に苦い過去を見ているような、形容しがたい暗さを帯びた。
 その傍目には気がつきにくい変化を、鋭敏にも気がついたブルファが、唐突に声をワコーに掛けた。

「具合でも悪いのか、ワコー。目が暗いぞ」

 突然ブルファに声を掛けられたワコーは、はっと大きく両目を開いて驚きを見せた。

「すまねぇ、自分の世界に入っちまってたな……ハハハ」

 どこか張りのないワコーの笑い声に、ブルファだけでなく寝ている少女以外の全員が、作り笑いだとわかってしまった。

「ワコー、何かあったのか?」
「過去にちょっとな。でも、聞いてどうするんだ?」
「単に気になって」
「話してほしいか、俺の過去」
「ああ、お願いしたい」

 部屋の隅から椅子を持ってきて腰かけてわかった仕方ねぇな、と渋々ワコーは語り出した。
 他の五人は真剣な顔つきで耳を傾ける。

「俺が太刀やブルファやマークスに出会う一年ぐらい前の事だよ。俺はその時ナバスから歩いて一時間弱の隣町、ビクトルに住んでたんだ」

 マークスが口を差し挟む。

「ビクトルって、ナバスと経済関係にある街だよね? 印刷業がナバスよりも一足進歩してる」

 ワコーはマークスの話に頷く。

「そう、経済関係がある今ではな」
「今ではな、ということは昔は違ったの?」「俺が住んでた頃、ビクトルは政治的に荒んでた。その頃の話だよ」

 ビクトルって荒んでたんだ、と初耳なマークスは少々驚いている。
 ワコーは声を重々しくして話を続けた。

「その頃のビクトルの政治は、二つの派閥に対立していがみ合っていた。俺にはそんなこと、どうでもよかったけどな。で、その派閥だけど、一方はナバスと経済関係を結ぼうという相互協力発展主義、もう一方はそれを拒み競争しようという相互競争発展主義。街の人は七割が前者だった。後者はたったの二割、そいつらは無論焦った。狂ったのかなんなのか知らないけど、人道外れた政策を秘密裏に敢行し始めたんだ」

 マークスがぶるっと震えて、言う。

「なんか怖いね、それ」

 ブルファが何かを思い出したのか、あっ、と洩らしてから口にした。

「子供の行方不明…………だったっけ?」
「ご名答、ブルファ」

 本当は思い出すのも忌避するような記憶を、極力顔に出さず語るワコー。
 チウとイナシアも心配げに、語りを聞き入っていた。
 なおもワコーは語り続ける。

「俺は一人の少女をかくまった。その少女は相互競争発展主義の奴らから追われていたんだ。でも、戦闘とかの知識が皆無の俺は少女を守れなかった…………ヤバい思い出しただけで涙が」

 語尾が涙声になり、スゥーとフェイスラインに沿って涙が伝った。
 暗然たる語り話の内容に、一同は揃って顔を俯けた。

「もう、この話はやめよう」

 ワコーが苦虫を噛んだような顔をして、ポツリと提案した。
 まだワコーに語りを続けさせよう、という者はもっぱらいなかった。


 翌日、ワコーは金貨がいっぱいに入った麻袋を懐に携え、郊外の農地に佇む簡素なある施設を訪ねていた。

「ばーさん、久しぶり。彼氏できたか?」 

 おどけた口調でワコーは、その施設の管理人である、エプロンを着用した明るい紫のウェーブがかかった長髪が淡麗な女性に軽く片手をあげて話し掛ける。
 女性はふん、と鼻で笑い嫌味をこぼした。

「彼女いない歴=年齢のあんたに、言われたくない。そもそもばーさんって呼ぶなと、何回言わせる気だ。バルキュスさんでいいじゃねぇか」
「気にするな気にするな。それより……ほい」

 バルキュスの抗議を歯牙にもかけず、ワコーは麻袋を手渡した。
 バルキュスはそれを受け取り、ロングテーブルの上に投げ置き、窓の外に視線を移した。
 ワコーも同様に窓の外を見る。
 窓の外の庭では狭いながらに、元気よく走り回る少年少女が数人。
 この施設にいるのは全員、相互競争発展主義のやからに親を殺された孤児である。 バルキュスとワコーは優しい目をして、少年少女達がはしゃぐ姿を見守っていた。

「みんな元気にしてるみたいだな」

 ワコーが呟くと、バルキュスは口の片端を上げて笑う。

「お前が資金をくれるからだよ。食いもんにも困らねぇし、部屋も清潔にキープできるんだよ」
「元殺し屋が保母さんみたいなことしてるなんて、誰も想像つかないだろうな。ねぇ、バルキュスさん?」

 保母さんみたいなエプロンをつけた元殺し屋は、不思議そうな顔をして尋ね返す。

「今さら、何を聞く気なんだ?」
「何も聞く気はなかったぜ、あの時のバルキュスさんの殺しっぷりを思い出しただけだ」

 そう言うワコーの顔は、いつになく真剣だった。
 バルキュスはそんなワコーの顔が、優しさから生まれるものだと、そう理解していた。

「バルキュスさん」
「なに?」

 ワコーが唐突にバルキュスさんの名前を口にして、バルキュスさんは内心驚きながらも応対する。

「これからも頼みますぜ」
「頼まれなくても、私情であの子達を守るよ」
「それなら俺も、稼ぐのに心血を注げるじゃねぇか」

 ワコーは稼ぎを、この施設の子供たちのために大半を費やしていた。子供たちの笑顔のために。

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