異世界から「こんにちは」

青キング

歴代No.2剣士の放浪記ー勝負の風ー

 街での襲撃から二日が経った。
 剣士と青年は、街中で価格の低い宿泊施設の一室で、街で拾った一枚の真新しいチラシを覗き込んでいた。

「第八回、ナバス武術披露大会……これがどうした?」
「名前の通りですよ。大陸中の武道家がナバスに集まって、トーナメント形式で戦っていく毎年恒例の大会ですよ。公式戦だから、上位者から『No.』がつけられてくんですよ」

 ほうほう、と初耳の様子で剣士は頷いている。

「君はこれに出場するのか?」
「僕ですか? う~ん、あなたが出てくれるのなら僕も出ますけど……歯が立たないからなぁ」

 青年は乗り気ではなさそうな声で答えた。

「そうか、君の腕なら存分にやりあえると思っていたが、残念だ」

 何か期待しているような視線を、青年の顔からベッドに落とした。
 落胆した様子に、青年がはたと気づく。

「もしかして、僕に出て欲しいんですか?」

 躊躇いがちに青年は剣士に尋ねた。
 剣士は無論だ、と首を振る。

「どうしてですか?」
「君の剣術を第三者として見てみたくてな。俺が見たことないタイプの、剣さばきだったからな」 

 青年は素直に嬉しかった。歴代No.2と詠われている剣士に、君の剣術を見てみたいと言われたからだ。
 高揚しながら青年の決意はすぐに固まった。

「僕、この大会に出ます。どこまで勝ち進めるか自信ないけど、持てる力のすべてで戦います!」
「俺も出よう。この大会で、何か手がかりが掴めるかも知らないからな」
「大会は一週間後ですから、チラシの後ろにある申請書の必要事項を埋めて、二日前までに提出しないといけませんね」
「任せていいか?」
「任されました」

 剣士はチラシを青年に手渡して、にっと口角を上げる。
 青年は、部屋に置かれた簡素なテーブルに向かう。
 こと剣士は血気盛んになっていた。
 剣士としての剣を交えることの楽しさからなのか、元々持っている闘争本能なのかは理解し難いが、意気に満ち満ちていることは明白だった。


 心地いい日差しが街を照らす。
 石畳の幅広な舗道に、大会の参加者は集合していた。
 国や街に勤める職業剣士に、フリーで活動している独立剣士、元は職業剣士だったが能力や体力の衰えからけ剣士を引退した剣士使い。さらには、国外からわざわざ出場している外国剣士までもいる。
 そんな中、二人は異彩を放っていた。

「すごい見られてますよ」

 悩ましそうに青年は剣士に言った。
 実質、二人には強者たちも恐れきっていた。
 ある一人はあんな防具とは戦えねぇ、と近づくこともできず、ある一人は顔も合わせたくない、と自分から身を引き、ある一人は場違いなオーラだ、と呆気にとられた。
 それほどまでに今日の二人は……いや、剣士はもえていた。

「それ、どこで買ったんですか?」

 青年が剣士に呆れた目で尋ねる。
 剣士は珍しく得意そうになって、話し出す。

「たまたま入った服屋でな。デザインと軽量さが気に入った。特に描かれている女の子は、中々可愛いぞ」

 青年からの冷えた視線など、気にする風もない。伝説の剣士は、やはり神経が図太いらしい。
 剣士が着ている服は、随分オタッキーなものなのだが、この世界にオタク文化は表面的にはない。誰の心にもオタクはあるのだ、表に出ていないだけで。

「まあ、いいです。それより、もうすぐトーナメント表の公開ですよ」

 この大会の主催者らしき小柄で背中の丸まった逞しい白髭の老人が、集まった強者達の前に立ち喋り出す。

「え~、この度はナバス剣術披露大会にお越しいただき、ありがとうございます」

 律儀に頭を下げて、前口上でお礼の言葉を口にした。
 会場は静まり返る。
 白髭の老人は不意に頭を上げて、沈黙を破り裂くぐらいの大音声を老体から発した。

「では! 今から対戦表を開示する! 後ろを見よ!」

 参加者は揃って後ろを振り向く。
 要塞に見紛えるほどの宿舎の壁に、トーナメント表が画像として投影される。水晶を使った投影魔法による細工である。
 青年はトーナメント表を、隅から眺め流す。
 自身の番号が左隅のブロックに見つかるちなみに番号は36である。

「Aブロックですか、可もなく不可もなく。そっちはどうですか?」
「番号は見つかったが、君とは準決勝まで当たりそうにないな」
「36と37ですからね、当然離されますよ」
「それにしてもブロックによって、行う場所が違うのだな。何か理由でもあるのだろうか?」

 大した差異はないですけどね、どれも街の中ですし、と青年はしたり顔で言った。

「散開してくな、俺達も自身の会場に向かうとしよう。それでは、健闘を祈るぞ」
「はい、あなたもサボって逃げ出さないでくださいよ。じゃあ」

 二人は互いに頷き、会場へ向かうため背を向けあい反対の方向に歩きだした。


 ナバス剣術披露大会は、世界的にも有名な剣術の大会である。まぁ、名前の通り。
 一応参加は自由なのだが、毎年音に聞く強者ばかりが出場しているので、酔狂者か生粋の強者しかいない。
 なので、毎年せいぜい30から40人程度で争われる。
 今年は38人が参加している。すなわち、幾数人かはシード権を……以下割愛。だらだら説明しても、役に立つことは少ないので。


 青年のいるAブロックは街の北西にある、綺麗な廃棄処理場と多く呼ばれている、廃棄物が棄てられない廃棄処理場に集まっていた。廃棄物がないから綺麗なままなのだろう。
 廃棄物を棄てておくための、金網の囲いの前で熾烈な一戦が行われていた。

「スゲー、筋肉だ……」

 参加者の男が、呆気にとられて呟いた。
 審判を務めるスタッフも、目を見張っている。
 ピチピチのタンクトップから漏れでた胸の筋肉、鋼鉄の柱みたいにカチカチの腕の筋肉、それを支える瓢箪を逆さにしたような筋肉のつきかたをした足、二メートル近い背丈、人間とは思えない体だった。
 そんな
 巌のごとき男の前で、何の感情も窺わせない無表情で青年は木刀を手に立っていた。
 この大会は実際の剣は使わせず、様々な種類や大きさの木剣やらを、事前に一人一本用意してくれる。ゆえに命の危険はある程度まで考慮されているのである。
 青年は過去例を見ない、木刀での参加である。剣士と言うより、侍に準拠している。

「小僧、覚悟せい!」

 くぐもった声で、大男は長剣を地面に青年まるごと叩きつけた。
 グドン、という無惨な打撃音とともに、土煙が上がり大男の視界を悪くする。
 しかし大男は、ニヤリと勝利の笑みを口元に作った。
 が……土煙の晴れた地面に青年の姿はない。
 逃げたわけではない、ましてや透明になったわけでもない。
 立ち向かったのだ。大男の下へ。
 途端に大男の顔が、苦痛に堪える渋面に変わる。

「つぶれるぅーーーーーーーーーーーー!」

 巨体が前のめりにくずおれた。股間を両手で押さえて、悶え苦しんでいる。
 長剣が手放されて、地面に斜めで刺さっていた。
 大男の股下から細く脆そうな両足が、投げ出されるような格好で伸ばされていた。
 モゾモゾと両足を伸ばしていた人物が、股下から抜け出した。
 艶々しいショートカットの青髪に、女の子みたいに華奢な体つき、戦いには望まれない容姿の青年が抜け出してきた人物だった。

「僕、勝ったのかな?」

 白い肌の頬貌に、不安を見せる。
 審判は慌てて、大男の方に視線を移した。
 大男はうずくまったまま片手を挙げ、

「ギブだ……」

 と、痛そうに声を絞り出した。
 Aブロックの他の参加者達が、驚きと期待のこもった感嘆をてんでに漏らした。
 例にこぼれず、審判も目を疑いながら勝利者の番号を控えめにコールした。


 それぞれのブロックで決勝トーナメント進出者が、とんとん拍子に決まっていく。
 無論、歴代No.2の剣士は一触すら攻撃を被ることなく、あっさり勝ち進んでいた。
 如何せん、青年はAブロック突破者に打つ手もなく敗北してしまった。
 決勝トーナメントは各ブロックを勝ち抜いた八名の、トーナメントで行われる。
 どの対決も目が離せないほどの、高尚で盛り上がるものだったのだが、とある一戦は比にもならない最高峰とも言える対決となった。
 準々決勝四戦目、36番の歴代No.2の剣士と11番の金髪碧眼、容姿端麗、引き締まった肉体美のブルファだった。
 ブルファは前年の優勝者でもある。
 二人の実力者は、敵意というよりは品定めするような目で睨みあっていた。
 両者は、丁度手の届かぬ距離で木剣を構える。
 睨み合いの最中、ブルファが口を開く。

「こんな公然とした場所で、あなたと一つ交えるとは、願ってもない邂逅ですよ」
「ん? 俺はお前のことを知らないぞ?」
「知らなくたって、同じ剣士ならば魂は同じ所にあるはず。要は、根本にあるものは同一ということです」
「論理とか義理とか条理とかことわりとか鶏とかハマグリとか甘栗とか心理とか料理とか訛りとかお黙り! とかグリグリとか、俺には解釈できんが……俺も剣士の端くれだ、剣を交えようではないか!」
「言ってもないことを解釈しようとしないでください! 言葉尻に『り』が付くと勝負運でも上がるんですか! 鶏とかハマグリとか甘栗とかの解釈って、どうやるんですか!」

 悪気など一切ない実直な表情で軽口を叩く伝説の剣士に、ながったらしい突っ込みを容赦なくぶちこむ、完全傍観者の青年。
 突っ込みが終わったあと、会場からどっと笑いが起こる。
 対戦者であるはずのブルファでさえ、慎みなく愉快そうに笑い声を上げていた。
 その雰囲気を敏感に感じとり、青年は恥じ入るように肩をすくませた。

「審判、そろそろ始めないか?」

 伝説の剣士は、やはりというか相変わらずというか、感受性がなかった。
 審判がお腹を抱えながら、じゃあ始めちゃって、と軽々しく笑いを漏らしながら先頭開始のコールを入れる。
 場の雰囲気が一変した。
 目にも留まらぬ丁々発止が、乾いた打撃音を響かせる。
 会場の観衆達は、揃いに揃って言葉をなくしていた。
 両者はひとしきり弾きあってか、一旦後ろに飛びすさる。早い呼吸で肩を上下させていた。

「この勝負、先に集中力が切れた方が負けだ……もはや剣術どうこうの領域じゃない」

 観衆していた若い剣士の一人が、圧倒されたように呟く。
 飛びすさって以降、両者は出方を窺うようにその場から動かなかった。荒れていた呼吸が次第に、正常のテンポに戻っていっている。

「さすがに攻撃が、全部反応されるとは思ってませんでした」

 金髪の剣士が、汗が滴る顔に苦笑を浮かべて言う。
 それには伝説の剣士も、

「苦笑いしながら言わないでくれ、俺だってギリギリだよ」

 わかりやすく口の端を吊り上げる。楽しんでいる、そんな顔だ。
 歴代No.2剣士の後ろから、突風が背中を打ち付ける。次いで、突風が長く強い風に変わる。
 背中に風を受けて、霞むほどの速度で木剣が金髪に向かっていった。
 咄嗟に受けの体勢に入ったが、ほんの1コンマ遅かった。
 11番は左によろめき、片手をついた。
 ついた手から落ちた木剣が、カコンと軽い音を立て石畳に横たわった。

「ギブ……です」

 やりきった感に満ちた碧眼を、審判に向けて自身の負けを口にした。
 審判は状況が理解できていない様子で、片手を挙げて勝者の番号を叫んだ。
 しかし勝者も、くらりと頭を振らして片膝をついた。

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