異世界から「こんにちは」

青キング

スーツ姿の来訪客1

 澄みきった青空。
 人々を溶かすような日照り。
 どこからか聞こえてくる、短い地上生活を鳴いて過ごすだけであろう蝉の慟哭。
 今日から夏休みが始まった。
 とはいえ、予定がびっしり詰まったリア充の夏休みは、友達の限られた俺には縁遠い。
 俺の夏休みは、男子高校生らしからぬ訪問客でスタートした。

「いやぁ、暑いねぇ剣志くん」

 玄関先のドアの前で、暑苦しいスーツ姿の佐藤さんは言った。
 先程、インターホンが鳴らされたので玲かと思い玄関を開けたら、佐藤さんが立っていたので、驚きで俺は数秒だけだが動きが止まってしまった。
 佐藤さんは周囲をキリッと警戒した目で見回してから、柔らかい目付きに戻って片手に下げている包みを掲げてみせた。

「中に入っていいかな? じっくりと話がしたいんだ」
「二人は今入浴中なんで、俺だけですけどいいですか?」

 いやはや朝風呂か光熱費かさむね、ととりとめない話をしつつ、社会人らしい革靴を綺麗に揃えて家に上がってきた。
 俺はリビングに案内する。
 佐藤さんをダイニングテーブルの向かいに座らせ、会話を始める。

「話って、前に言ってた服屋のことですか? それなら大丈夫ですよ、行ってませんから」

 俺が言い終えると、スーツの上着を脱ぎながら緩んだ笑いを浮かべた。

「その件に関しては、忘れてくれていいよ。それよりもっと大事なことを伝えるために、今日僕は来たんだ」
「大事なことって?」

 佐藤さんの目が真剣なものになる。
 妙な緊張がリビングに漂った。

「剣志くん達に、護衛をつけることにした」

 ____へ?
 護衛? 何かの間違いだろ?
 驚く俺を気にもかけず、佐藤さんは口調をそのままに話を続ける。

「剣志くんが居を共にしている二人の少女のうち、一人が正体不明の集団に付け狙われているみたいなんだ。信じたくないと思うけど、誠な事実だ」

 衝撃というより、辟易だった。
 異世界で魔女がリアンに憑依したときのことを、思い出してしまう。
 つらい、つらすぎる。

「落ち込むのも無理はない。でもね、剣志くん。悲しい事実を突きつけられて、何もせず打ちひしがれてるだけなら、最善を尽くすべきじゃないかな? 頼れるだけ、人を頼るべきじゃないかな?」

 佐藤さんが気を落とした俺に、慰めのような言葉をくれた。
 その時、脱衣所からガラガラと戸の開ける音が聞こえてきた。
 リアンとシャマが楽しげに喋り合いながら、リビングに向かってきている。
 俺は慌てて佐藤さんに、目配せする。
 意図を読み取ったのか、佐藤さんは笑んで頷いた。

「太刀先輩! 誰か来てるんですかぁ?」

 シャマがドア縁から、顔をひょっこり出して尋ねてくる。
 途端、なんとも言い難い顔をした。

「んー、名前が思い出せない。誰でしたっけ?」

 その後ろから、リアンも顔を覗かせて、

「シャマさん、佐藤さんですよ。買い物に出掛けた帰りに、家の前で立ってた男の人ですよ。おっ、おはようございます」

 シャマに佐藤さんのことを思い出させて、緊張を僅かに見せながら挨拶した。
 佐藤さんが友好的な微笑を、二人に向けた。

「お邪魔させてもらってます」
「あっ、今すぐお茶出します!」
「いらないよ、もう帰るから」

 佐藤さんの前にコップすら置かれていないのに気づいてか、リアンが動こうとしたのを、佐藤さんは片手を振って制止させる。
 テーブルに包みを残したまま、椅子から腰を上げて上着を手に取る。

「もう、帰るんですか?」
「そうだよ、午後から仕事があるからね」

 じゃあ、と佐藤さんは来たときと同じピシッとしたスーツ姿でリビングを出ていき、後に玄関の開閉音が響いた。
 佐藤さんが出ていった玄関を不可解そうにまじまじ眺めている二人に、俺は安心させる嘘を伝える。

「様子を見に来たんだって、父さんから頼まれたらしいよ。何かお土産貰ったし中身を見ておこうよ」
「おー、気が利く人ですねぇ」

 言ってシャマは裸足のまま、テーブルの前まで歩み寄ってくる。
 おいおいシャマ、随分上からの物言いだな。

「私も気になります、早く開けてください」

 リアンもてくてく歩いて、テーブルの前まで来る。
 リアンに急かされ包みの風呂敷をほどくと、全国区で売られているアイスキャンディーのフルーツ味が一箱あるだけだった。
 包んでいた風呂敷は、ツンとくるほど冷たかった。
 なんで風呂敷にアイス包んでんだよ、無風流だな!
 俺はついつい内心で、突っ込みを加えた。


 俺とリアンとシャマ三人で、夕飯の支度に追われていると、不意に軽やかなインターホンの音色が聞こえてきた。

「今、いきます」

 簡単に返事して、手元のものを急いでテーブルに置いていると、

 ピンポンピンポンピンポン!

 忙しく謎の来客はインターホンを鳴らし出す。

「すぐにいきますから!」

 俺はリビングから玄関の外に届くように、大声を張り上げた。

 ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン、ピン……ポン。
 最後だけ奇妙に弱々しく押したな。

「無意味にインターホンを鳴らさないでくださいよ……」

 急ぎ足で玄関まで行き、そんな台詞を呆れつつ言いながらドアを開ける。
 ええ?

「ん、おはよ」

 玄関前で片方の手のひらを俺に向けながら、スーツ姿の女性は時間の遅れた挨拶をしてきた。
 黒っぽい紺色の髪を、鎖骨に届くぐらい垂らしている目の前の若い女性は、端整な眉目を僅かに動かして不服そうにする。

「反応が薄い、詰まんない」

 この人、どこかで見たことあるような気がする。
 いや、実際に見たことはあるのだ。しかし、名前が出てこない。俺、老人みたいだな。

「えーと、ショッピングモールでお会いしましたっけ?」
「そう、正解。紺之崎 青春」

 ああ、紺之崎 青春さんか。突然、迫ってきて名刺を渡してきたあの人か。
 でも、何でこんなところに?

「紺之崎さん、俺の家に何か用事ですか?」
「護衛しに来た」
「そういや、佐藤さんが護衛をつけたって言ってました。そういうことなら、お入り……って信じれるかぁ!」

 俺、ノリ突っ込みしてる。何やってんだろ……。
 紺之崎さんは首を傾げる。

「何で信じてくれないの?」
「だって、護衛って言ったら普通は、恐そうでがたいのいい人とか、 知的そうで素性のわからない人とか、そういうもんでしょ?」
「大丈夫ネ、あたいは強いネ!」
「どこの誰の真似ですか、それ?」
「知らない、とにかく入れさせて」
「誰の真似なのか、すごく気になる……」

 うまく噛み合っていない俺達の会話に、慌てるような足音が混ざる。

「太刀先輩、退いてください」

 冷たく棘なシャマの声。
 俺は後ろを振り返る。
 黒光りする銃身、それを支える銃座、銃口越しに覗くシャマの集中した顔。
 過去に一度、俺を恐怖に晒した魔法で形成したライフルだ。
 え、シャマ何を?

「一発で、その女性を葬ります」
「ちょっと、待てい!」
「何ですか、止めるんですか?」
「そりゃ、止めるわ! 話も聞かずに銃口を人に向けるな!」
「……何をそんなに、焦ってるんですか先輩? 冗談に決まってるじゃないですか」

 けろっと表情を悪戯っぽいものに変えて、そう言う。
 俺は、ほっと胸を撫で下ろした。

「でも、リアン先輩は驚きまくってますけど」

 シャマがリビングの方を指差す。
 そちらを見てみると、リビングの入り口の縁から顔だけ出しているリアンがいた。
 ずいぶん、ポカーンとしている。

「どうしたリアン?」
「おお、女将です。りよ、料亭の女将です。本物です」
「スーツを着た女将は、全国回ってもいないと思うぞ?」

 リアンは驚嘆しているような、呆然としているようなそんな顔である。
 っていうか、リアンは女将なんていう名称をいつ覚えたんだ?

「太刀さん、ついに家に仲良くなった女将を連れてきて……」
「リアン、お前は昼ドラみたいな方向に勘違いしてるぞ!」
「お昼のドラマはミステリーが多い、恋愛ドラマは夜によく放送してる」
「紺之崎さん、ジャンル別のドラマの放送時間帯のことはどうでもいいです! 話がこじれます!」
「いやいや、テレビ番組はやっぱりゴールデンタイムのバラエティーでしょ。見てて、痛快だからねぇ」

 シャマまでテレビに関しての話題に介入し、俺だけ取り残される。
 話がこじれたというか、捻れた。

 ふと、紺之崎さんは腕の時計をチラっと見た。

「あっ、あと少しで七時になる。テレビ、使わせてもらっていい? 見たい番組がある」
「いいですよ、一緒に見ましょう」
「今日の放送回は確か、二時間えすぴーじやなかったっけ?」

 リアンとシャマは紺之崎さんと、番組名を明らかにせずとも意志疎通ができるほど、早くも打ち解け始めている。

 えすぴーって、スペシャルのことだよな?

 俺の疑問も、どうでもいい方向に思考が進んでいた。





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