異世界から「こんにちは」

青キング

狭くて通れません

 異世界は二回目の来訪だが前回はいろんなごたごたで行楽する時間がなく、街に訪れたのは初めてだ。
 どの建物もテレビで映るような西洋建築で、ヨーロッパ旅行に来ているみたいだった。
 実際はそんな暢気なことを思っている余裕はなく、事態の把握が優先だ。
 ただいま頬にに傷のある男が市役所的な施設の、係員に凄むように掛け合っていた。

「どこでもいい、数日宿泊できる宿はないのか?」
「ひぃ、こここ殺さないでくれ」

 水色の服の係員のお兄さんは涙目で怯えている。
 リアンの隣にいた紺之崎さんが見かねたのか、凄む男の脳天にチョップを繰り出した。

「痛いぞ、青春」
「脅したら強盗と一緒」
「では、代わってくれ」

 男は一歩下がって紺之崎さんを突き出すと、俺とリアンのところに来る。

「リアンと剣志はどんな関係なんだ?」

 ぶはっ
 突拍子もなく無遠慮なこと聞いてきたよ、この人!

「どんな関係と聞かれましても」
「そそ、そうですよ。単なる男と女ですよ」

 顔を赤くしてリアンは答える。
 リアン、いくらなんでもそれは分別の範囲が広すぎる。

「そうか、ではリアンとシャマとやらは?」
「掛けがねのない女と女の関係です」

 言うならかけがえのない、だろ! 掛けがねって掛け金? ギャンブルする関係じゃないってとか。

「いい場所、探してくれた」

 係員との商談に折り合いがついた紺之崎さんが駄弁っている俺たち三人に、糸が伸び出ているフリーハンドでちぎりとられたらしき手のひら大の羊皮紙一枚を差し出してくる。
 頬に傷のある男が受け取って、じっと見つめた。

「うーむ、少しばかり山を登るな」
「山の中にあるんですか、泊まるところ」
「そうだ、山の中だ」
「ああ、あの」

 遠慮がちにリアンが手を挙げた。

「どうしたリアン、山の中だと困ることでもあるのか? トイレならきちんと設備されているぞ」
「ト、トイレのことじゃありません! その、虫です虫」
「リアンちゃん山の中だから虫はいないよ。ここにセクハラ男はいるけどね」

 リアンに優しく話した紺之崎さんは途端に、傍の頬に傷のある男を横目に睨みつけた。
 うおっ、恐い。

「い、怒りは、は判断ミスに繋がるぞ」
「そう……かも」
「とりあえず山の中にある宿を目指すぞ、青春、リアン、剣志」

 頬に傷のある男の先導に俺とリアンと紺之崎さんは意見を挟まず着いていった。
 で、緑生い茂る山を登り始めほどなくすると、蔓が這い苔ついた赤レンガのトンネルが目の前にあり反対側まで貫通していた。

「異世界にトンネルってあるんですね」

 進み始めに俺はこっちの世界の工業技術が意外に進歩していることに驚き、そう呟いてトンネルの天井を見上げた。暗くて何も見えない。
 先頭の頬に傷のある男がリアンに向く。

「リアン、灯りが欲しいこっちへ来てくれ」
「あっはい、わかりました」

 リアンは請け負うと魔法の杖を先端の玉を点らせさた。
 光がトンネルの闇を貫く。寂しいくらいだが周囲も照らされ、視界が良くなった。
 杖の光以外の光源がなくなった、多分トンネル半ば辺りに相当する場所で、いきなり頬に傷のある男が壁と格闘ポーズで対峙した。何をやる気だ?
 華麗に左手一閃でしょうていを叩き込んだ。
 壁から岩と岩が擦れ合うような轟音がして地鳴り、壁に細長い溝ができていた。溝の奥から優しい暖色の光が漏れてきてトンネル内を照らす。人が横歩きでやっと入れるくらいに狭い。トンネルを建設した人達の仕掛けかな? 

「これを通った先に目的の宿がある。俺、リアン、剣志、青春の順で行くぞ。大変だろうけど残り少しだ、頑張ってくれ」

 短い励ましの言葉を告げると、早々に溝の中を横歩きに進んでいった。
 魔法の杖を片手にリアンも続いていく。
 まっさらな平面でない岩肌を背中に感じつつ、俺も後に続こうとして、不意に服の襟口を掴まれ制止させられた。

「剣志くん助けて」

 掴んで制止させた紺之崎さんは、無表情ながらに請うような視線を俺にぶつけてくる。なんなんですか?

「私無理、通れない」
「人一人通れるぐらいの幅はありますよ」

 紺之崎さんはかぶりを振る。

「私は通れない」
「何でですか?」
「胸が痛いというか……」

 紺之崎さんが珍しく頬を赤くしてはにかみ、言い渋って顔を逸らし。普段表情の変化がない紺之崎さんでも、こんな顔するんだ。

「胸が痛くなるから、通れない」
「どういうことですか、胸が痛いって?」

 尋ねながら紺之崎さんの胸元に視線を移す。
 あーそういうねー、ははは愛想笑うしか場をもたせる表情がみつかんねぇ。仲間が拐われて危険に遭ってるかもしれないこの非常事態時に、胸がつかえるっていうラノベみたいなシチュエーション発生させないで! 
 嘆く俺の内心を知ろうはずもない紺之崎さんは、目が眩みそうになるほど揺らしてくる。

「お願い助けて」
「助けますから揺らさないでください」

 俺が請け合うとピタッと動揺を止めて、襟口から手を離した。

「で、助けるって何をすれば?」
「巻けそうな布で私の胸を締め付ける」
「それを俺にやれと!?」

 恥じることもなく頷かれた。
 頷かないで欲しかった。

「とりあえずそこから出てきて。シャマちゃんが酷い目に遭っちゃう」
「たくっ、この際何でもやりますから無駄口を減らして急ぎましょう」
「ありがと、急いで服を脱ぐからあっち向いて」
「脱ぐなよっ!」

 背中を向けてスーツの裾に手をかけた紺之崎さんは、首だけ振り返らせキョトンと俺を見つめる。

「なんで? 直接締め付けたほうが縮むのに」
「デリカシーってもんがないんですか!」
「非常時に男女がどうとか言ってられないから仕方ない、しかも何でもやるって言ってた」
「……あーもう、わかりましたよ! で、巻くものは?」

 やけになって聞き出した。

「スーツを脱いでそれを使う。他に巻けそうなものがない」
「あっち向いてますから、ちゃちゃっと脱いでください。出来る限り見ないように、あっち向いてますから」
「もう脱いだ、ここからお願い」

 めちゃくちゃ早いな。
 俺が紺之崎さんが視界に入らないように動こうとする前に脱ぎ終えて頼んできた。

「私が両手上げてるから、その間にスーツの袖丈で巻いて締め付けて、ってブラジャー外すの忘れてた」

 俺の心情など無関心で、淡々と黒いスポーツブラを外す。
 無論俺は顔を背ける。直接って生肌ってことだったのか!
 デリカシーを持ってもらわないと、俺のメンタルに異常が出る!
 ドギマギして逸らしていた顔に、予期せずしてスーツが投げつけられる。落ちかけたスーツを両手で抱えた。

「早くして」
「ああっ、はっはい」

 俺はスーツの袖の先を持って、両腕を真っ直ぐ上に伸ばす紺之崎さんの胸囲を巻いていく。背中だけでも魅惑的な体のラインがはっきり見てとれて、拍動が狂って全身から汗が滲み出た。
 艶やかな白い肌のどこにも回した両手が触れないようにして巻き終え、スーツの袖をクロスさせ締め付ける。

「もっときつく締め付けて」

 不満足げに要求してくる。こっちの気持ちもか汲み取って欲しい。
 さらにきつく締め付ける。

「うん、これでいい。最後は固く結んで」
「玉結びですかっ!?」
「玉結びじゃない、蝶々で結んで」

 発言が頓珍漢になってしまうほど、俺はとち狂っているらしい。というか何故に蝶々結び?
 そんな詮ない疑問は捨て置き。これで最後と思われる背中で蝶々結びを、汗顔の至りで実行する。
 結び目を作り後は蝶の羽を引っ張るだけとなり、気が抜けたのか引っ張った時に肘がくびれた脇腹に触れた。

「ひゃっ」

 くすぐったそうに艶かしい声がしゃにむに飛び出て、暗いトンネルに響いた……ような気がした。

「ごめん、変な声出ちゃった」

 申し訳なさそうにいつもの声で謝られた。
 なんか、気まずい。
 俺は息苦しい空気を払拭するため、それじゃ急ぎましょうと言って立ち上がった。声が上擦っていた。
 俺はまだ、精神安定ができていないようだ。

「そう急ぐ」

 早口に呟いて紺之崎さんは、溝の中に入っていった。
 紺之崎さんの上半身は胸に布一枚巻いているだけなので目のやり場に困っていた俺は、紺之崎さんと距離をとって溝の中を進んだ。
 シャマを助けに来た異世界で、なにやってんだろ俺。






































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