異世界から「こんにちは」

青キング

身ぐるみを剥ぐ?

 粉まみれになったあと、俺はひとまず薄手の適当なものに着替えた。
 小麦粉がばら蒔かれていた所は三人での掃除により、綺麗に元通りとなり床がピカピカしている。掃除前まではピカピカしていなかったから元通りというより美化されている。
 そして一番の問題は、今まで俺が先送りにしていたことだった。

「ううう、ごめんなさい」
「謝られても困るよ」
 綺麗になったリビングの中央で、俺とリアンは向かい合って座っていた。
 目の前のリアンは、上下深い青のジャージ姿で今にも泣き出しそうだ。
 さて情報を整理しよう。
 リアンは服を二着しか持っていない。その一着が小麦粉で真っ白。プラス、物は異世界から転送できない、そうだ。
 あいにく、もう一着が洗濯して干したまま乾いていない。
 要するに、明日着る服がない。

「しばらくは、その俺が中学で着ていた学校指定のジャージで我慢してくれ」
「はい……」

 俯くリアンは、少しだけ顔を上げ上目遣いに俺を見る。 
 その目はうるうるしていた。

「ホントにごめんなさい。私、太刀さんに料理を作ろうと……」
「そんなに謝るな。とにかく! 明日新しい服でも買いに行こう!」

 弾かれたように俯けたいた顔を一気に上げると、目を見開いて嬉しさの混じった声で尋ねてくる。

「ほんとですか?」
「午後しか空いてないけど、行くしかないだろ」

 リアンの顔に笑顔になる。
 そして高揚を感じ取れる声音で、喜びを声に出す。

「ありがとうございます!」
「へぇ、楽しそうですねぇ?」

 お馴染みになってきたリビングの敷居からの声の主は、ピンクの下着姿で__下着姿だと!

「おいシャマ! 服を着ろ!」

 俺は思わず声を上げた。
 それなのに何気なさそうにシャマは、口に人差し指を当てて喋り出す。

「私も服が欲しいから着いてっていいですか?」
「お前も一緒でいいけど、とにかく服を着てくれ!」
「ええ~どうしようかなぁ~、でも暑いからなぁ~」

 シャマの下着姿を目の前にして内心狼狽しているが、表情には出さないようにする。
 すると突然リアンが立ち上がった。

「シャマさんが下着姿をで太刀さんを誘惑するなら、私も脱ぎます!」
「やめろおおおおおおおおお!」

 俺は知らずのうちに大声を響かせていた。
 前開きのファスナーにかけかけていたリアンの手が、ピタッと停止する。
 そして悔しそうに黒の瞳を揺らす。

「やっぱり私の体なんか、興味ないってことですか?」

 不条理にも勝手な想像を膨らませたリアンに、俺は全力で否定する。

「誰もそんなこと言ってないから!」
「太刀先輩はリアン先輩のような幼児体型には見向きもしませんよね?」

 体をシャマに向けて俺は叫ぶ。

「余計なことを言うなーーー!」

 すると聞くともなしにファスナーの降ろされる音が聞こえる。

「誰が幼児体型ですかっ! 私にだってちゃんと膨らみくらいあります!」

 リアンはジャージしか着ていないだろう。混乱で俺は逃げたくなった。

「そそそそれじゃあ、おおおれは、へへへへやにいるね、ハハハハハハ」

 その場から無意識のうちに虚ろな笑みをこぼしながら駆け出していた。
 シャマはとリアンは何がしたいんだ?
 急き込むように俺は自室のドアを勢いよく開け、バタン! と音大きく閉めて、そのままもたれてへたりこんだ。

「とにかく差し迫る問題だからな、すぐに解決してあげないと……」

 さもなくばあられもない姿でまた詰め寄られる。
 それだけは勘弁してほしい。

「しばらくここに籠ってよう」

 そうしていれば、二人はちゃんと服を着ているだろう__だよね?


 一瞬のうちに静かになったリビングに、どちらからともなく控えめな笑い声を漏らした。

 ー太刀先輩、見てると笑けるよ」

 シャマがうまくいったとばかりに、クスクス笑いだす。
 忠告するようにリアンがシャマに、溜め息混じりで言う。

「ダメですよ。シャマさんは太刀さんのことを考えて無さすぎです」
「大丈夫大丈夫。そのうち慣れるって」
「シャマさんには恥じらいっていうものがないんですか?」

 もっともな質問にシャマは、敷居の上で身を裏返し質問者に目を向けず、静かに答える。

「さぁどうでしょうね。恥じらいとか恋心とか、縁遠くてわかりません」

 そして顔をぐるんとリアンに向け、悪戯っぽく口角を上げる。

「そんなこと言ってますけど、太刀先輩のことが大大大大好きなリアン先輩も、脱いでましたけどね」

 ぼふっとリアンの顔が湯だったように真っ赤になった。
 赤面のままおぼつかない口調で反論に出る。

「そそそれとこここれとは……ちわいわす!」

 そんなリアンをわざと一人にさせるようにシャマは、笑みを湛えたままそそくさと逃げ出す。

「逃げないでくださぁーーーい!」

 泣きじゃくらんばかりに耳に響く叫び声がリビングから漏れ出して廊下を振動させた。


 小一時間、部屋でベッドに腹這いで漫画を読んで過ごしていると意図なく置いておいたスマホのバイブがマットを小刻みに揺らす。
 俺は二つしかない可能性を、ぼんやりと考えながら手に取り相手を確認した。
 相手はヨーロッパ風ヒッキーこと、俺の親友玲だった。
 着信かけてきた理由も推測できず応じる。

『突然電話かけてきてどうした?』
『代わりに勉強してくれ、相棒』
『それじゃあ意味ないだろ、ヒッキー』
『誰がヒッキ…………』

 通話を断りなく遮断してやった。
 電話かけてくる暇があるなら、一問でも多く問題解いとけよ__。
 補習は憐れむが、相も変わらず飄々としているというか、行動の意味を捉えづらい。
 そんな親友に呆れながら、漫画に視線を戻そうとした瞬間、再度のバイブ。
 またか玲か? とうんざりしそうになったが着信の相手に気持ちが変化した。
 影雪 冬花と四つ並んだ漢字に、意表を突かれたからだ。
 手に取り応じる。

『どうしたんだ、電話してくるなんて初めてだよな?』

 珍しさに気安く尋ねると、拗ねたような口調で返ってきた。

『なんで登録しといて今まで電話もメールもしてくれなかったのよ!』
『そんなに怒ることないだろ? 目的も無しに電話したらマズイだろうから……』
『あの日どれだけ着信を待ったか、剣志わかるの?』

 いちいち俺が電話かメールをするのを待ってくれていたらしい。悪いことしたなぁ。

『そうなのか……ごめんな、まさか待ってるとは思ってなかったから』
『待ってなんかいなかったわよ! 何変な勘違いしてんの?』
『え、でもさっき着信を待ってたって……』
『ハイハイ、その話はお仕舞い。それより……』

 話が逸れているのか、無理矢理談柄の軌道を戻した冬花は押し黙る。

『どうした?』

 心配になり電話越しに尋ねると、俺の心配を吹き飛ばす笑い声が聞こえた。

『ハハハ、なんでもないなんでもない。そろそろ切るねー』
『ああ、そうだ』

 俺は一つ名案を降ってわいたように思い付いた。それを口にする。

『明日、一緒に買い物いかねぇ? 二人紹介したい人がいるんだ』
『紹介したい人? 噂のヨーロッパ風ヒッキーのこと?』

 落ち着いた口調で訊いてくる。

『そして二人の服選びを手伝ってもらいたい、頼めるか?』

 考えているのか、しばし沈黙。がすぐに答えは返ってくる。

『うん、いいよ。時間とかは決まってる?』
『朝十時に公園の噴水前で、問題ないか?』
『わかった楽しみにしてるね』
『おう、頼りにしてるぜ。じゃあな』

 __通話を切った。
 これで明日にはリアンとシャマの問題を解決できそうだ。
 その時、ふと考えたくない物事に思考が移る。
 お金大丈夫だよな、月末にバイト代入ったから、大丈夫だよな__多分。
 季節は夏に突入する前のジメジメなのに、財布はシベリア並みに冷ややかで乾燥している俺だった。
 公園行く前にATMで、お金下ろしとくか。

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