異世界から「こんにちは」

青キング

エピローグ(平穏を求めて)

 昨今の俺の生活は波乱万丈だった。
 夢で知り合った魔法使いの美少女のリアンとシャマが突然現れるわ、一つ屋根の下で暮らすことになるわ、部屋に入ったら異世界に飛ばされるわ、とにかくシュールだった。
 元の世界に戻ってきて平穏な日常が帰ってくる、なんてのは愚考だった。
「太刀さん太刀さん、見てくださいカタリオルですよ! 私が作ったんですよ!」
 傍の椅子に座ってウキウキ笑いながら底深の器に張られた毒々しいブドウ色のドロドロした液体を俺に見せてくる。
 カタリオルって何?
 俺の胸中の疑問など気づくはずもなく、リアンは鉄製のスプーンでそれを掬って差し出してくる。
「口開けてください」
「いやだ」
 たったの三文字で拒否した。
 しかしそれがやぶ蛇だったと、目の前のリアンの泣きそうな顔を見て気づく。
「ううう……私の手料理嫌いですか、頑張って作ったのにグスッグスッ」
「ご、ごめん! ほらスプーン貸せ。うわー美味しそうだなぁ」
 咄嗟に謝りつつ、心にもないことを俺は口にした。
 リアンからスプーンをひったくると躊躇わず口に運んだ。
 猛烈な不味を覚悟した。
 ……あれ、美味しい。
 もう一口頬張る。
 ほのかに甘く酸味があってブドウジュースみたいな味だ。
「スゲー美味しいぞ……」
 俺は言葉も忘れて夢中で頬張り続けた。
 その間、泣きっ面から一転してリアンの表情が輝いていた。
「ふぅ、ごちそうさま」
 完食して背もたれに体を預けた俺に、リアンが瞬く瞳で尋ねてきた。
「太刀さんの好物リストにカタリオルは載りましたか?」
「まぁ、そうなんだけど……」
 素直に答えながらも語尾を曖昧にする。
「材料は何を使ったの?」
 思い切って聞いてみた。
 するとすぐに返ってきた。
「適当に六種類くらい使いました」
「……そうするとこれができるのか。ある意味リアンはすごいな」
 ある意味? と俺の言葉に首をリアンが首を傾げたその時。
「リアン先輩入りますか?」
 リビングの入り口からシャマが俺とリアンに声を掛けてきた。
 入るって何に? とシャマに視点を移した。
 俺は衝撃した。
 大判白タオルで胸から腰までを巻いただけの、ボディライン丸わかりな人目を引く格好で立っていたからだ。
「入ります入ります」
 そうリアンは待っていたかのように返して椅子から飛び降り、シャマと連れ立ちリビングからいそいそと出ていった。
 二人の姿が見えなくなり、風呂場から楽しげな声が漏れ聞こえ出した頃、不意にインターホンが鳴らされた。
「はーい、今出ます」
 応答しながらすぐに椅子から立ち上がり玄関に向かった。
 ドアを開けるとスーツを着込んだ若い男性が褐色の革の手提げバッグ片手に真顔をして立っていた。
「な、なんですか?」
 異様すぎるシチュエーションに戸惑いながらも聞くべきことを聞いてみる。
 男性は不安顔で口を開いた。
「お尋ねしたいことがあるんですけど、構いませんか?」
「ええ、どうぞ」
 俺は短く応じた。
「この周辺で噂になってるんですけど、人が空を飛んでいたっていうんですよ。それで調査中なんですけど、何か知ってることとかあります?」
 核心を衝かれた気分だった。
 うまい言葉がないか懸命に探した。
 が、思い浮かばずしらばっくれることをやむなく選んだ。
「は、はて? なんのことやら」
 俺の言葉を聞いてかちょっと残念そうに眉を下げてそうですか、と言った。
「すいません協力できなくて」
「いえいえ、思い出したことがあったらここに電話ください」
 そう言って胸ポケットから名刺を両手で丁寧に出された。
 俺が名刺を受けとると、一礼してキリッとした背筋で帰っていった。
 それを見届け、ドアを閉めてもたれた。
 大変な事態になるかも知れない。
 二人が魔法使いだと世間に知れたら、大狂乱か大乱舞だろう。
 いや、間違えた大事件だ。
 俺は大きく嘆息した。
 平穏な日常はまだまだ遠そうだ。

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