異世界から「こんにちは」

青キング

異世界への思い入れ

 自称魔女の女は、リアンの魔法により姿を消した。
 そして今、俺は驚いている。
「剣志と久しぶりにあったよ」
「いや待て、聞きたいことがある。ここは異世界なのか?」
 目の前の親友が鉄製のフォークに肉厚なステーキの一片を刺して口まで運びながら頷く。
 実に美味しそうな肉だ。
「うん、美味だ。噛むたびに溢れだす肉汁が脂っこくなくてさっぱりしている」
「お前って、そんなキャラだったか?」
 顔立ち自体に変化はないが、ヘアスタイルが厨二臭い。右の前髪を右目を隠すように垂らしているところが特に。他にも黒服と黒ローブ、そして一挙手一投足がまさに厨二。
 そんな親友はふっ、と鼻で笑ってステーキを飲み込み口を開いた。
「剣志よ、それは愚問だな。俺は覚醒したのだよ。選ばれし者なのだよ。何十億分の一の中から選ばれた孤高で栄光な存在なのだよ」
「それは置いといて、もう一度聞くぞ。そんなキャラだったか?」
 ちょっとうんざり気味に尋ねると、フォークを皿の上に置いて、自身の右手をかざすように顔の前に動かして不気味に笑った。
「仕方ない、俺の力を見せてやろう」
「戯言はいいから、質問に答えてくんないかな?」
 しかし、聞く耳持たず。翳していた手を俺の顔の前に移動させた。
 直後、目の前が暗転した。
 __ここはどこだ?
 鳥のさえずり、穏やかな風、だが周囲は暗黒しかない。光の一つもない、どこまでも続く闇の世界。
 瞬間、目の前に青白い光の粒が闇の地面から涌き出てきた。
 控えめ粒はゆっくり上昇し、俺の目線の高さまで上昇をやめ、ゆらゆらとたゆたう。
 しばし、光の粒はたゆたい続けた。
 一瞬だった。
 光の粒はピカッと一回瞬くと、俺の視界を真っ白に包んだ。
 パチッ
 音のあとすぐに視界が戻り、俺は呆然とパチパチ瞼を瞬かせた。
「見ただろう、あれが俺の力だ。とはいってもさっきのは初歩の初歩だがな。その名もブラック・ボックス」
 ブラック・ボックス? 黒の箱ってこと?
「幻法という魔法とはひと味違う、能力の一種なんだよ」
「そんなこと言われても、話についていけねぇよ」
「幻法は仮想の空間を造り出して、相手の脳に直接のダメージを与える。例えばトイレの個室一つに幻法を使い、ほぼ同様の空間を造り出して自在に操ることで、相手の大切なものが傷つけたり、言葉攻めで相手を憤激させたり、さまざまな方法で精神をいたぶれるのさ」
 う~ん、わからん。というかわかる必要がない。
 思わず、あくびがこぼれる。
 そんな俺を見て、ピタリと話を止めた。
「どうした、剣志。疲れたか?」
「いやーお前の話が長くて」
 すると、申し訳なさそうな表情をしてすまなかった、と謝ってきた。
 その表情は、かつての玲と全くもって同じものだった。

 パーティー会場の左隅のテーブル。
 ここで俺は一人、思索していた。
 リアンの放った《無色》の威力が思った以上に弱かったことが、気がかりだった。
 ほんとにあの程度なのだろうか?
 あるいは、リアンが威力を調整したのだろうか?
 答えはわからない。
 周囲に笑い声が満ちる中、別の疑問も生じていた。
 伝説の剣士についてだ。
 多分、黒猫自体が剣士だったのだろう。魔女が憑依していた、そして氷己津が黒猫から魔女を何かして実際の姿で出現させた。
 しかし、どうやって氷己津は魔女を出現させられたのだろうか?
 氷己津自身から聞き出そうとしたが、自ら舌を噛みきり自殺したため、真相は不明のままになってしまった。
 もしかすると氷己津は誰かの指令で__それはないな。
 考えても仕方ない、と見切りをつけ椅子から立ち上がった。
 俺もパーティーを楽しもう、と思い積まれたワイングラスとブドウ色のワインの瓶が並ぶ中央の長テーブルに向かった。

 笑顔のワコーとブルファ、そして僕。
 ワイングラスを片手に会場の右隅で立ちながら談笑していた。
 ブルファがワコーに尋ねた。
「吸い込まれた後の記憶ってあるのか?」
 ワコーは難しい顔をした。
「ないって訳じゃないけど、ただ走馬灯みたいなのが何度もリピートされてた」
「それってないってことじゃないか?」
 確かに僕も思った。
 しかし、ワコーは否定した。
「いや、一瞬だけ残ってるんだ。後ろは草原で、目の前には透明度の高い穏やかな小川が横に地平線に消えるまで続いていて、小川の先には笠の広い樹木が、黄金色の葉をつけて一本神々しく佇んでいた……そんな清純な風景が……綺麗に……」
 話している最中、ワコーの瞳の光が無くなり言葉も続かなくなった。
 まるで見た風景に心を奪われて意識を無くしたような、そんな感じだった。
「具合が悪いなら、無理するなよ」
 ブルファが心配そうに言った。するとワコーは酒に酔ったんだよ、と何事もなさそうに返した。
「酒が効きだしてきたか、ほろ酔いだな」
 楽しそうにブルファが言うと、少し気分よくなってきたぜとワコーも笑顔になる。
 二人の楽しそうな顔に、ついつい緩んで笑顔になった。

「なぁ玲、真夜中の森って怖いな」
 鬱蒼とした真夜中の森で俺の前を歩く玲に話し掛けた。
「闇との邂逅だな」
「いや、ないない」
 素早く否定すると、玲は振り向いて叫んだ。
「貴様は考えが甘いのだ! 闇の力を持ちし者こそ、歴史に名を刻むのだよ! 貴様も最強を目指すのなら肝に銘じるておけ!」
「真夜中の森で叫ぶなよ。というか最強目指してないから、目指す必要がないから」
「なんだ……とグサッ!」
「自分でハートに矢が刺さったのを表現すんなよ。というかハートに矢が刺さるって恋のキューピッド的なやつじゃねぇか」
「あうう、剣志がひどい、泣きたい」
「勝手に泣いとけ」
「剣志様、ひどいですわー!」
「……もう突っ込むのもめんどくさい」
「うるさいわぁ!」
 俺達の不毛なやり取りに見かねたのか、俺達の前を歩く赤髪の小柄な少女が大声を森中に轟かせた。
 目尻を吊り上げ少女は、玲に詰め寄りながら怒鳴った。
「わらわだけ仲間はずれとは、どう言った見解じゃ!」
「チウ、早く行こうぜ」
 玲の短い返しに、目を吊り上げたまま何を言うわけでもなく身を翻した。
 そして、ぶつぶつ呟きながら歩き始めた。
 すると玲がふぅと一つ息を吐いた。
「すまないな剣志、急ごう」
 そう言って玲も歩き始めた。
 俺も着いていった。

 夜が深まるにつれて、寒くなる。
 何時なのだろうか?
 あいにくここは異世界。現実世界とは差異があるはずだ。
「もう少しだぞ」
 前を歩く玲が、心配してくれているのか残りの距離を伝えてくれる。
 それにしても、この森は静かだな。野獣とかがいないのかな?
 ほぼほぼ無音。時折寒風が吹き、梢を揺らし、カサカサと音をたてる。
 舗装されていない土道を三つの足音が歩いている。
「お、光ってる」
 唐突に玲が声を挙げるので、何事かと玲の見ている方向に俺も視線を向ける。
 右斜め前の木々の隙間から光が漏れだしている。
 木々の先に何かある、そう思うのは当然だ。しかしこのシチュエーション、とある昔話にそっくりではないか?
「なぁ玲よ」
 黄色髪の少女が玲に振り向き尋ねた。
「あの光ってるところにあるんじゃろ?」
 玲はすげなく答えた。
「そうだな」
「なんじゃ玲、帰りたないのか?」
 少女の質問に玲は答えなかった。
「どうした?」
 俺も尋ねる。
 何か考えているのだろうか、顔を伏せてブツブツ呟いている。
 しばらくして玲は顔を上げた。
「この世界も悪くないから、ちょっと残念な気がしてきたから……会った人々、黒服隊の仲間、ナバスの市街地、どれもこれもが俺の人生の一ページになってるから……」
 俺は胸が痛んだ。
 玲が現実世界から姿を消して四ヶ月、その四ヶ月間にたくさんの思い出と仲間ができて離れたくないんだ。
 ここで俺が一言、悲しさを和らげる言葉を届けないといけないのに思い付かない。
「なぁ玲よ」
 少女が玲に話し掛けた。
「誰が戻ってこれないと言ったのじゃ?」
「えっ?」
 玲は潤みきった瞳を大きく見開いた。
 少女が少しだけ大人びた笑みを浮かべて、喋り始めた。
「この世界に来れたのならその方法をもう一度やればいい、それだけのことじゃろ?」
 その言葉に根拠も説得力もなかったが、なぜか最善の言葉に思えてくる。
「チウ、チウ、チウ……ありがとう」
 玲の潤みきった瞳が揺れ、水量を増し、塞き止められずに溢れでた。
 雫が頬を伝い土道に落ちて吸収された。
 そして、泣き顔のまま両手を広げて少女に抱きついた。
「ななななにをするのじゃい!」
 少女の華奢な体を思い切り抱擁し、玲はチウ、チウと何度も繰り返した。
 少女の方はあまりに短兵急な玲からの抱擁に、顔全体をゆで上げたみたいに赤くして動転している。
「れれれ玲よ、くすぐったいのじゃ」
「嫌だ、離れたくない」
 より一層抱擁を強める。
 おい、玲。その言葉はやぶへびだと思うけどな?
「やめるのだ!」
「俺は一生、この街を忘れないからな」
 玲がありきたりな台詞を口にした瞬間、少女が叫んだ。
「スマッシュ!」
「だからチウも、グハッ」
 台詞の途中で玲は喘ぎとともに後ろに勢いよく飛ばされ、太い幹の樹木に背中を打ちつけ力なく土道にうつ伏せに倒れた。
「やりすぎてしまったのじゃ!」
 倒れる玲を見て、わたわたしだす少女。
 すべて玲が悪いのだから、天の配剤を受けるのは必然だろ。
 しかし、少女は玲を見捨てない。
 焦り顔で玲に駆け寄った。
「すまなかった玲よ、わらわが悪いのだ。展開も予測できずに吹き飛ばしてまったからのう」
 体を仰向けにさせてその場に正座して、玲の頭をふくらはぎに乗せた。俗に言う膝枕だ。
「今回だけのサービスじゃからのう、勘違いするでないぞ!」
 きっちりと膝枕をしてあげながら、少女は頬を赤く染めて意識を失っている玲に忠告した。
 だが忠告し終えると、すぐに表情が優しいものに変わった。
 玲のサラサラヘアを大事そうに擦ると、口元が少し緩み何かを口にした。
「お主のいい所をいっぱい知ってるのは、わらわくらいじゃぞ」
 少女の台詞は玲には言わないでおこう。
 目覚めたときに目の前にあるのは、自分のことを大事にしてくれている人の顔だから、鈍感な玲でも気づくだろ。
 自分が幸福者しあわせものだってことに。

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