異世界から「こんにちは」

青キング

ひとまずの安心

 魔女、とは言われても実際存在するのだろうか?
 首を傾げて俺は自称魔女に尋ねた。
「あのーそれってコスプレですか?」
 奇っ怪な笑みを浮かべたまま一言も口にしなくなった。気にさわったかな?
「下がってください太刀さん!」
 突如、俺の目の前に背中を向けてリアンが魔法の杖を手に持ち構えた。
「あらら、別に襲わないから構えなくていいのよ」
 女の言葉に誰も返すことなく静寂が生まれて包み込まれた。
 あまりの静寂にしびれを切らしたのか、女が仰け反って哄笑した。
「フフフハハハハ!」
 その哄笑から感情を読み取れないほど、意味深な哄笑だった。
 やがて哄笑をやめ仰け反らせていた体を戻すと、両腕を胴と水平に大きく広げた。
「やるならやりなさい抵抗しないから」
 はて、自称魔女の女は何をしたいのか? 答えはすぐにわかった。
 女の手のひらにどす黒い小さな球が禍々しくちょこんとあり、非力な吸引力で細く空気を吸い込み始める。
 元から空気中に存在するものなのか黒い粒が突然空気中に現れ黒い球に一つずつ吸い込まれていき、その度に球は大きくなる。
 大きくなった球は吸引力も強くなっているようでヒューと吸い込む音が聞こえた。
「リアン、ノーカラーを使うんだ! お前なら条件を満たしている!」
 黒服を着た男がリアンにそう叫んだ。
「ノーカラーってあの戦闘魔法で一番威力の高い魔法のことですか?」
 はて、ノーカラーとはなんなのだ?
 そんな胸に秘めた疑問を気づいてもらえないまま、展開が進んだ。
 黒い球の吸引力が、もはや台風レベルまでの威力へと変わっていた。
 服は激しくなびき、踏ん張っている足も靴底がすり減りながら吸い寄せられる。わずかでも歩こうとすれば吸い込まれるのはバカでもわかる。
「ノーカラー!」
 リアンの唐突な叫びが響き渡った。
 途端。
 二つの黒い球は霧散し、自称魔女の女も徐々に色が薄まり消えた。
 その後もしばし反響するリアンの叫びが聞こえ続け、次第に弱くなり無音になった。
 この場の誰も声を発しず驚きで息を詰まらせていた。
「あぁ……」
 左右に体を揺らしていたリアンが細く声を漏らし後ろに倒れそうになる。
 そこで俺ははっと我に返った。倒れかけるリアンを両腕でよっと抱えた。
 確かな重さを感じながら脱力気味のリアンに声を掛けた。
「大丈夫か、リアン!」
 しかし俺の声に反応することもなく目をつぶり静かな呼吸をしている。
 はぁ一時はどうなることかと思ったよ、と壁に体を預け座り込んだブルファ。
 僕にはやっぱり魔法を理解できないよ、と絨毯の上に仰向けに倒れ両手足を広げたマークス。
 疲れた、とまるで仕事終わりのように短く呟いた黒服の長髪の女性。
 わらわは部屋に戻ってるからの、と自分は関係ないとばかりに去っていった赤髪ポニテの少女。
 後始末しないとな、と剣呑な表情で歩きだした黒服を着た男。
 男が向かった先は奥の壁で力なく項垂れているサラサラしてそうな髪の青年だった。
 青年の前で立ち止まり男は屈んで青年の顔を除き込んだ。
 そして、胸ぐらを掴み引き寄せた。
「おい、ひみつ。お前が吸い込んだ人達を解放しろ! お前は負けたんだ!」
 男の怒声が反響してムードがまた険悪になりかけたその時。
 天井から微かな人間の声が漏れてきた。
 つい天井を見上げると真上から大勢の人がまとめて降ってきた。
 折り重なりながら各々が違う喘ぎで着地の痛みを口にした。
 幸い誰も下敷きになったなることなかった。音揺れる床と音でばっと振り向いた黒服を着た男は口をポカーンと開け、しばらくして目を潤ませ感涙した。
「戻ってきてくれた……ほんとに良かった」
 降ってきた者たちは状況理解できないまま立ち上がった。
「俺たち何してたんだこんなとこで」
「パーティー会場に居たような気がしたが」
「お手洗いに向かって、それからダメだ記憶がない」
 めいめいが入り交じりざわつき始めた時、その中の一人が中央で横たわる体つきの良いジャージの男を指差した。
「お前誰だよ!」
 ジャージの男はがばっと突然上体を起こし辺りを見回すと立ち上がり言った。
「あれ? 体が元に戻ってる?」
 自身の手足を順々に見下ろして視線を戻すと考えるそぶりをして首を傾げた。
「現在地不明だ、まぁいいか。まずは外に出よう、剣を探さないといけないからね」
 そう言い身を翻して一歩前進した。その刹那ジャージの男の隣にいた片目を前髪で隠した黒服の若い体格が平均より細めの青年が肩に手を置き呼び止めた。
「ちょっと待ってください、ほんとに伝説の剣士なんですよね?」
 その思いがけない台詞に俺以外の全員がえええええ! と驚愕した。
 それにしても呼び止めた青年と酷似の雰囲気を纏った人物を知っている。忽然と姿を消した親友の玲だ。
 もし青年が玲だとしたら異世界転移したってことになるよな?
 そんなことをめまぐるしく思考しているとジャージの男は肩に置かれた手を払ってすたすたと角を曲がっていった。
 誰も呼び止めようとはせず傍観者を決め込んでいた。
 残念そうな青年の顔が正面を向いた、その時俺はとてつもない驚きに息を呑んだ。
 青年の正体それは、俺の竹馬の友で何もかもが平均的な玲だったからだ。
 あのいつも弱腰な玲がなぜ片目を隠すヘアスタイルをしているのか、もしかして異世界ではすごい人物だとか?
「スヤスヤ寝てますねーリアン先輩」
 横から唐突にシャマが顔を覗かせてきてついついうわっ、と声を出してしまった。
「いつも驚かないでくださいよ、いい加減慣れてください」
 そう言うと口元を緩め微笑を浮かべた。そして続ける。
「太刀先輩がリアン先輩に抱きついた時はハラハラしましたよ。まぁ正確にはあのときまだ魔女でしたけどね」
「恥ずかしいから思い出させないでくれ」
 思い出すだけでも顔が火照りそうだ。
「リアン先輩の華奢な体を抱いた感覚どうでしたかっ?」
「うっ」
 柔らかかったとは言えない。
 俺がうまい言葉を見つけられず口を動かさずにいるとシャマがさて、と話題を変えた。
「どういう原理でここにいるのか、そして太刀先輩はどうやって現実世界に帰るのか、それがわからないままですから」
 はっ!
 そうだった。異世界ということと、どういう原理でここにいるのかもおおよそは理解できている。しかしどうやって現実世界に帰るのか、それを知らない。
「しまったぁーーーーーー!」
 俺の叫びがうるさく響き渡った。

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