異世界から「こんにちは」

青キング

ナレクが働く裏側で

 パーティーは申し分ない盛り上がりを見せていた。
 談笑する人、ステージで熱唱する人、大声大会に、ビンゴ大会、とにかくイベント盛りだくさんだ。私も退屈になることがなく刻々と時間が過ぎていた。
 そんな中一つのテーブルを囲む四人、ナレク様と、ワコー、ブルファ、マークス三人。
 三人はナレクに対し今回の誕生日パーティーまでの計画の全貌を明かすようだ。私は隣のテーブルの席で傍聴した。
 マークスが話を始めた。
「まずは黒猫像の盗難。あれはナレクに焦燥感を与えるために組んだものだ。そして書類を作成したのはブルファなんだ」
 名前があがりブルファは、正体が暴かれないようにするのが大変だったよ、と苦笑した。
 手元のワイングラスに入ったブドウ色のワインを優雅に少量口に含ませて続けた。
「次に、山林で道路脇に地下アジトを事前に行方不明として扱っていた黒服隊員達と一緒に掘り進めて造った。実質莫大な費用がかかったけどね」
 またも苦笑を浮かべた。
 マークスの話を聞いてかナレク様は申し訳なさそうに顔の前で合掌しすまん、と謝ったが三人は気にするな、と笑顔だった。
「その次には、ブルファが魔力を察知したという情報を伝えて山林捜索を行わせた」
「あの井戸もお前たちが作ったのか?」
 ナレク様が放った一言に、なぜかマークスは首を傾げた。
「あの井戸は僕達も初めて見たんだ」
「ってことは木材取り扱ってる奴等が周辺の木々を伐採したのか?」
「それしかないね」
「そういえば黒猫はどうなった?」
「専用の部屋に封印しているから、像のままだと思うよ」
 ナレク様は急に腕組をして顔を俯かせ思考し始めた。
 そして眉を寄せて口にした。
「それならなぜ、街中の猫が消えた?」
「街中の猫が消えた、だって? 初耳だぜ俺達は」
 一言も口にしていなかったワコーが冗談めかして言うと、ブルファも続いて噂にもなかったぞ、と不思議そうな顔をした。
「街中の至るところにいた猫が忽然と姿を消したっていう書類が来てたぞ」
 ナレク様の発言にマークスが反応した。
「僕達が仕組んだ出来事じゃないからわからないよ」
「なら誰が?」
 当たり前の疑問に至ったところで司会の男がステージに上がってマイクに口を近づけた。
「ここで十分の休憩に入ります。熱唱している方や大声大会の方は申し訳ありませんが静粛にしていただくようお願いいたします。十分後には各イベントを再開しますのでその時までお待ちください」
 そう知らせ終えた司会者はステージを降りた。
 会場にいた半数が出ていき、先刻まで盛大だったパーティーは急に静けさを漂わせまばらになった。
 残ったのは談笑を興じていた者たちだけになり、話し声が際立っている。
 しかし、テーブルに座っているのは私を含めてナレク様、ブルファ、マークス、ワコーの五人だけになっても、男四人は長話を続けていた。
「猫のことはまぁ置いておこう。それよりビンゴ大会って何か景品貰えるのか?」
 ナレク様が切り出した質問に三人はにやっと口角を上げて笑った。
「貰えるよ。何かは貰えるまでのお楽しみだけどね」
 マークスがにやついたまま言うと、ブルファとワコーもうんうんと頷いた。
「なんだよお前ら、どこかの金欲に駆られた盗人集団か」
「ハハハ、ナレクのツッコミも久しぶりだなぁ」
 ブルファの一言が時間の流れを思わせた。確かに思い返してみれば近頃のナレク様は黒猫事件といい仕事に追われて、笑顔を見せていなかった気がする。
「あっあと、俺がここに再来することは決定されていなかっただろう? そこはどうしたんだよ?」
 疑問をまたも投げ掛けるや、三人は顔を見合せ投げ返した。
「僕達の口からは答えないよ、どうやったと思う?」
「知らねぇから聞いてんだろ……」
 それもそうだね、と苦笑を含みがちに答えマークスは種明かしを始めた。
「簡単なことさ……」
 ナレク様は生唾を飲み込む。傍聴している私もつい生唾を飲み込む。
 そしてマークスがおもむろに口を開けた。
「ナレクの性格だけを頼りにした、って感じかな。けど黒服隊員たちには、、しナレクがアジトへの突入する気がなかった時は説得してでけ決行させろ、って伝えといたけどね」
 捲し立てるように言い終えると、またもワイングラスを手に持ち口に近づけた。しかし今度はがばっと勢いよく流し込み頬がリスのように膨れるほど口に含ませた。
 マークスがワインを何口かに分け喉に通しているとき突然ワコーが立ち上がった。
「すまん、お手洗い行ってくる」
 ワコーは三人の返事も待たずに会場を駆け足ぎみに抜け出した。
「なぜお手洗いって言い回した」
 ワコーの後ろ姿が入り口を抜け突き当たったところで右折したとき、はたと違和感を覚えた。
 なんだろう? 何か変だった。
 思考を巡らし始めた時、ナレク様が違和感の理由にでも気付いたのか、あるいは自分もお手洗いに行きたくなったのか後を追うように駆け出していた。
 駆け出したナレク様は突き当たりを曲がる前で停止した。
 驚愕か、眼が大きく開かれ細い声で何かを言っている。
 ほぼ口が動いていないため口の動きだけで内容を把握するのは無理そうだ。
「どうしたナレク!」
 声をあげブルファが顔面蒼白になっていくナレクに駆け寄り話し掛けた。
 しかし__
 ブルファも同じく眼が大きく開かれた。
「二人とも何かあるの?」
 マークスが恐る恐る尋ねるとブルファがゆっくりこちらに首を捻り所々切れながら話した。
「やみの……が……それも巨大な……何で」
 返ってきたブルファの答えに不吉なものを感じたのかマークスは二人のもとに駆け寄る。そしてマークスもまた眼が大きく開かれ、口を震わせ呟く。
「恐怖だ……でも何でここにやみの入り口があるんだよ」
 気になり私も駆け寄るとそこにはふてぶてしいほど大きく、慎ましいほど静かにどす黒い円の中心に放射状に黒い粒子が吸い込んでいる何かが、本来あるはずのカーペットを敷いた通路の代わりに存在していた。
 マークスが言った『やみの入り口』とは有名なお話、『ブラック・ゲート』の中に登場する原因不明の黒い円のことに違いないだろう。
 そもそも『ブラック・ゲート』は魔女が勇者に殺されるより百年も前に、人を吸い込み跡形もなく呑み込む黒い円、つまり『やみの入り口』が一つの村に多数現れ村の住人をすべて吸い込んだ、という陰惨な出来事を物語にしたものである。
 しかし物語の著者は実際に『やみの入り口』を見たことはなく、詳細を知るものは吸い込まれた者たち以外皆無であり、出来事が起こった五十年後ぐらい経ってからとある旅人がその村を訪れた。
 とある旅人いわく、突然目の前に黒ローブを着てフードで顔の大半を隠した細身だが出るとこは突き出た女性が旅人に、やみの入り口でここは無となった。だから引き返したほうがいい、とか言われたらしく少し不気味に思った旅人は言われた通り引き返したそう。
 そして旅人は通りすがる人にその話をしたことで世界中に広まっていき、『ブラック・ゲート』というお話が誕生したとおばあちゃんから聴かされたことがある。
 そんな知識を頭に展開していると不意に手を掴まれてびくん、と内心震えたが実際はそんな間もなく引っ張られた。
 手を掴んだ腕を辿っていくと実にきりっとしたナレク様の横顔があり、ナレク様は私を引っ張って会場の一番近くにあったテーブル付近まで行くと掴んでいた私の手を解放して視界の正面に立ち、おもむろに口を開けた。
「イナシア……どうすればいい!」
 短兵急に声を荒くして叫んだ。
 もちろん、何も返せず呆然とナレク様のこちらを見つめる瞳を見つめ返す。
「どうすればいいって……私にもわかりませんよ」
 これが精一杯考えた挙げ句の返事だった。
 しかしナレク様はがっかりすることはなく、ふぅと一息吐くと視線を外した。
「きっとなんとかなる。そうだよな?」
 横目にこちらを見ながら問うてきた。私は思わずこう返す。
「根拠も予想もなしに、なんとかなる、なんて言わないでください……でもナレク様のそういう自信はいつも勇敢で私は好き、というか見ていて面白い」
「突然何を言い出すかと思ったら……」
「思ったら?」
 気にたなり首を傾げながら尋ねた。しかし答えはブルファの一言で先送りになった。
「やみの入り口が小さくなってるぞ!」
 ナレク様がなんだって! と驚愕の叫びを発しながら駆けつける。私も後を追った。
 __なぜ?
 私が見たものそれは先程より明らかに縮小したやみの入り口がちんまりと存在を消し始めていた。
 徐々に縮小していくやみの入り口は一つの球形の核を中心にできているようだ。
 核に放射状に完全に縮んだとき、核は漆黒ともいえるほど純粋な黒になりカーペットの上に重みのある音をたて落ちた。
「やあやあ皆さん」
 耳慣れた声が通路の奥から耳に届くとコトコトという足音とともに近づいてきた。
 男のわりに甲高い声のひみつだった。
 ひみつは後ろ手に何かを引きずりながら向かってきている。
 確かお前は……誰だっけ? 必死に記憶から顔と名前を一致させようとうんうん唸りだすナレク様と、何であんなにサラサラヘアーなんだー! と自身と比較して嘆きだすマークス、お前は誰だ。なぜここにいる名を名乗れ! と一番的確な台詞を言っているブルファ、それに対しひみつはこちらの顔をそれぞれ順番に見据え気味悪い笑みを口元に浮かべた。そして一息細く吐き出して喋り始めた。
「厄介な人達が残ってますね。消滅に時間を要しそうだ……それとマークスさんとブルファさんが捜していたものですよ、はい」
 そう言いながら後ろ手に引きずっていた何かを前に放り出した。
 放り出されたのは所々に傷やアザができた痛々しい姿の二人。
 多少のトレーニングをしているであろうゴツイ体の男とピンク髪で軽量の魔法服に身を包んだ女だった。
 放り出された二人はうつ伏せで顔が確認できない。
 正体不明の二人にマークスとブルファが息を詰まらせながら駆け寄った。
「太刀! 起きろ!」
 ブルファがうつ伏せに倒れる男の体を両手で持ち上げ激しく肩を揺らして話し掛けた。
「シャマ何があった、教えてほしい」
 マークスもうつ伏せに倒れる女の体をせわしく揺すった。
 ブルファとマークスをみやりながらナレク様は重々しく一歩踏み出した。次いで細く開いた口から唸るように吐き出した。
「なぜこんなことをした! 野望か欲望か、そんなことはどうでもいい! ひみつお前は俺を本気で怒らせた……だから……」
 ひみつのふん、という嘲笑いがナレク様の言葉を遮断し、続いてひみつは甲高く声を発した。
「やーほんとーやめてくださいよー」
 そのふざけた台詞にナレク様は短く返すした。
「クズが!」
「ほほークズですか、いいですね。僕にお似合いですよ……でもクズをなめてもらっては困ります、だって……」
 数秒の間が空く。沈黙が生まれ、険悪な雰囲気を増幅させる。そして続けた言葉に度肝を抜かれた。
「クズはクズでも悪行をしたクズではないですから僕は、だってそうでしょう僕がこの二人をいたぶったっていう証拠がないのだからね!」
 そしてまた沈黙が生まれた。そしてその沈黙の中にひみつの不気味な笑みが、とても場違いな色を放っているように映えていた。

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