異世界から「こんにちは」

青キング

冬花の告白

「お願い聞いてくれたら嬉しいな」
「なんだよ、そのお願いって」
 俺が尋ねると突然言葉を濁した。
「……秘密だよ」
 小声でそう答えた。
「ここで話しててもなんだから、中で話そうよ」
 冬花は鞄から鍵を取り出すと、鍵穴にためらいなく差し込み回す。
「私以外誰もいないから安心して」
 解錠音とともにそう言う。安心って何を?
 ドアを抜けた先は、実にひっそり閑としていた。一切の物音もない、無音の空間。
「静かでしょ、一人暮らしだからね」
 以前の俺の自宅と一緒だ。
 冬花は廊下の一番手前の部屋を指差す。
「リビングだからくつろいでて」
 指差したままドアに近寄りドアノブを掴み押すと、部屋の中が露になる。
 整然としておりテレビにキッチンなどの家電製品の数々、広さでは自宅の方が広いだろうが一人にしては広すぎるくらいだ。
「ソファに座ってていいよ」
 正面から見て中央にベージュのソファがガラス張りのローテーブルの横に陣取っている。
「安易にリビング 人を入れていいのか?」
 すると冬花はわざとらしくため息を吐いた。
「今頃何を言い出すのか、女子の家にあがってる時点で無礼極まりないじゃない」
「それを言うか?」
「私が誘ったんだけどね……そんなことより早く入りなさいよ」
 目付きを細く変えて、俺を凝視する。
「レディファースト」
 余計なお世話よ、と言いながらも部屋に入っていく。
 俺も冬花のあとを続く。
 ソファのそばにバックを置くと、すぐさま無言で冬花はキッチンに向かった。
 そして何かキッチンで作業を始めた。
 人を自分の家に招いておいて、接待しないのか?
「ねぇ剣志、お願いはね……」
 唐突に喋り出す。
 俺は冬花の後ろ姿を見つめながら聞く。
「私の手料理を……食べてもらいたくて……それだけ」
「何で俺なんだ?」
「私は剣志に食べてもらいたいの」
 後ろ姿を向けて喋っているので表情がわからないので、冬花が今どういう心情で言ったのか見当もつかない。
「だから何で俺……」
「うっさい!」
 振り向いて何故か怒られる。
 その頬はほのかに色づいていた。
 不機嫌そうにそっぽを向いて、止めていた手を動かし始めた。
 女心は宇宙並みに広大で未知で俺の手に負えるものではないようだ。
 沈黙がリビングを包む。
 冬花がキッチンで作業している姿をソファに腰を落とし、眺めていると何かの妄想が浮かんでくる。
 ああして懸命に料理を作っている女性の姿って心打つものがあるな、という妄想から増長されていく。ましてや容貌の優れた同学年だぞ、新婚生活を彷彿させるようなシチュエーションではないか。
 先程からこちらを度々肩越しに見てくるのだがどうしたのだろうか?
 作業している手が止まり、視線が俺に突き刺さる。
「何でずぅーと私を目で追いかけてるのよ変態?」
「どういった思考回路なら変態という言葉が出てくる!」
 冬花は少し頬を染めた。
「恥ずかしいから見ないで……あっち向いてて!」
「何で語気が荒いんだよ」
 俺は渋々命令通り背を向けた。
「あとちょっとで完成するからテレビでも視聴してなさい!」
「何でテレビ視聴を命令されるんだ?」
「うっさい!」
 その一言に俺は何も言い返せなかった。いや言い返さなかった、と言うべきか。
 __そして三分後。
「剣志、できたわよ和食三品」
「で、何を作ったんだ?」
「見ればわかる」
 ローテーブルの上に置かれたのは……ず、ずるい!
 陶器のお碗に盛られた水分を適度に含み艶を得た軟らかく白い山、白米別名純白の山岳。木目調のお碗に食事には適切でない色と濁りが日本独特で世界汁物革命の父、味噌汁別名澱よどみの湖。薄桜色の身をじっくりと焼くことで漂う微かな芳ばしさ、焼き鮭別名桜華の結束。といった三品だ。
「どうしたの食べないの?」
 俺の向かいに座って顔を覗き込んでくる。
 その目は食べて、と催促しているように真剣だ。
 箸を手に取り木目調のお碗を持ち口元まで運び味噌汁をすすった。
 口に入れた瞬間、俺は固まった。口内で広がる味噌汁、その中に含まれた出汁が美味しさを増幅させる。さらに言えば体の芯に入り込んでいくかように味が残って永遠と味わいを楽しめそうな……
「何で感想が一言もないの」
 据わった目付きで俺をじっーと見つめている。
「あぁ……美味しい」
「えっ! ほんと?」
「澱みの中にあらゆるものを詰め込んだ素晴らしい液体だ。革命だ、またひとつの革命が……いてっ!」
 知らぬ間に左頬を引っ張られていた。
 引っ張られる皮膚が今にもちぎれそうだ。
「いたいいたい、離して……ああああああ」
 希望を述べると余計に機嫌を損ねてしまったらしく、さらに引っ張られる。オーノー!
「簡潔な感想にしなさい! そうじゃないともう片方も引っ張るわよ」
 睨みをきかせて凝視してくる。
「美味しいって言っただろ、美味しいからこれだけの長文で感想を述べられるんだぜ」
「ていうことはそれだけ私の手料理が美味しいってこと?」
 頬から手が離れる。赤く腫れただろうなぁ。
「……やった!」
 喜色満面で冬花は笑顔を浮かべた。不意の笑顔は俺の思考を停止させた。
 あまりにも可憐で、いつもの強気はなくあたかも別人の笑顔だ。
「他のも試食して、ねぇ」
「次は焼き鮭いくかな」
 焼き鮭を口に運ぶ。
「うん、これも美味しい」
「やった褒められた!」
 多分、冬花は『美味しい』と言って欲しかっただけなんだ。女心はつくづく難解だ。
 いつも強気ですぐ怒るけど、正直なんだ冬花はきっと。
「なんかもう今なら明かせそう」
「明かす?」
 冬花は間を置いて口を開いた。
「いつも剣志に買わせてた学食弁当なんだけどね実は……」
「実は?」
 突然の公表に思わず固唾を呑む。次にどんな言葉が出てくるか、心の準備をした。
「私が作った弁当なんでぇーす。それもイミテーション」
「いや……全くもって理解不能」
 何を突然言い出すかと思ったら、拍子抜けだ。
「理解不能? なんで!」
 返事が意外だったのか至極驚いている。
「説明が少なすぎる」
「意地悪……」
 何故か唇を尖らせる。
「同じ手口は通用しないぞ」
「話を逸らさないで!」
 途端に目付きを鋭くして俺を凄む。
 いまいち話がかみ合っていないような。
「剣志ってたまに意地悪だよね、なんで?」
「気に障ることを言ったなら謝るけど、身に覚えがないのだが」
 あーもう! と頭を抱えた冬花は顔を伏せ小声でぶつぶつ独り言を漏らしてから、俺を上目遣いに見据えた。
「わかったわ、つぶさに説明してあげる」
 ローテーブルに両腕を置き、真剣な面持ちに変わり口を開いた。
「あのね、いつも昼食で剣志に買わせてた学食弁当は私の作ったイミテーションなの。だから……その……騙しててごめん!」
 怒られるとでも思ったのか冬花を目を力一杯瞑った。
 そんな冬花に俺は怒りを感じなかった。それどころか嬉しいくらいだ。
「なぁ冬花。それって有り体に言えば俺のために毎朝早起きして作っていたってことだろ、ごめん。そしてありがとな」
 こちらを目を潤ませて見ている。その目に涙が溜まっていき服の袖で涙を拭った。
「さらけ出すのって清々しいね」
「それなら俺も一つ明かしていいか?」
 いいよ、と優しい笑みで答える。
「それなら冬花にだけ明かそうかな、この話は一切他言無用だぞ覚えとけ」
「うん、わかったわ」
 そして俺は秘密を明か。ことにした
 冬花はずっと優しい笑みで俺の言葉を待っている。
 間をとってから切り出した。
「実は今、俺……二人の異世界から来た女子と暮らしてるんだ。だから……えっ?」
 冬花の目が驚きか、あるいは怒りか、大きく見開いた。
「剣志もしかして……私ではもの足りず誘拐したの……ギャアーーーーー!」
「誘拐? 何を言い出すんだよ」
「変態は通報よ!」
「壮大な妄想してるぞお前、落ち着けよ深呼吸だ深呼吸」
 これ驚きでもなく怒りでもなく、錯乱が一番適している気がする。ああどうしよう?
「ギャアー変態が私の家に! 冷静になれ冷静になれ……そうだこんなときは確か!」
 何か閃いたのか顔を輝かせ、警戒し構えたまま後ずさる。
「冬花、俺の話を真面目に聞いてくれ」
 動くことなく冬花に話し掛けると、冬花はしゃがんで俺を睨みつけた。
「くらえー! ちゃぶ台返しー!」
「それちゃぶ台じゃないよローテーブル!」
 無秩序にいろんな色の物質が宙を舞う、白に桜色に茶色。それはすべて武器に変化していた。大きな木材に押され尻餅をつく、俺の頭上でさっきの物質は俺めがけて急降下してきた。あっ美味しそう。
 次の瞬間、俺を襲ってきた物質は頭を伝い床に音もたてずに着陸した。
「ごめん剣志!」
 被害、味噌汁を頭から被ったため、肩と髪の毛と顔所々。
「ああああつっ!」
 今頃だが出来立ての味噌汁は俺の体を燃やすように熱かった。
「ああああごめんごめん! どうすればいいのかなこういうとき?」
 取り乱した冬花はキッチンに向かい、蛇口を素早く捻った。あっ少し大袈裟だったかも熱くない。
 制服越しだったからか火傷までは至らずすんだようだ。
「なぁ冬花?」
 大丈夫だ、と伝えようとした。
「死なないで剣志!」
 涙目で小鍋を片手にそう叫ぶ。
「死なないよ、制服越しで……つめたっ!」
 俺の言葉を冬花には届かず、持っていた小鍋に先程入れたのだろう水道水をぶっかけてきた。
「あああ……ううう……わわわ」
 ものすごく混乱しているのか言葉といえる言葉を発しず、立ち尽くしている冬花。
 見兼ねて俺は立ち上がり歩み寄る。
「ごめんなさい、何でもします! 許してください!」
「まぁとにかく落ち着け、そしてお前は悪くない」
 でも……俯き場が悪そうに萎縮する。
「冬花、今日はサンキューな。おいしかったぞ、ご馳走さま」
「えっ……帰っちゃうの?」
 瞳を揺らして俺を見る。
「長居するのは悪いしな。また明日学校でな冬花」
 背を向け立ち去ろうとする、その時何かに服を引っ張られ進行は阻まれた。
 俺は振り向くと服を引っ張るものの正体が明らかになった。
「まだ……帰らせない」
 冬花だ。
 俺を一点に見つめている。
「帰るなってことか?」
 冬花はこくりと頷く。はぁ?
 やっぱり怒ってるのかな? 少し背筋がぞくぞくっとした。  

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