異世界から「こんにちは」

青キング

冬花の嘘

 いつもと変わりのない通学路、いつもと変わりのない制服その一つ一つが日常。
 陽光が俺を照りつける、六月も下旬に差し掛かり本格的な夏を近づけている。
 そろそろ衣替えの時期だろうが俺の通っている高校ではまだ始まっていない。
「ねぇ」
 暑くて幻聴でも聴こえたか?
「ねぇてば」
 背後から声が唐突に聴こえる。この怪奇現象は夏の定番、幽霊?
「無視しないっ!」
 ふぉごっ!
 唐突に腹を殴られて、その場に痛さゆえうずくまる。
「昨日何してたの?」
 うずくまる俺を上から見下ろすのは、俺のクラスメイト冬花だ。
 冬花は抑揚のない口調で尋ねてくる。
「昨日? ああそうか二日間気絶してて学校行ってないからなぁ。もしかして心配してくれた?」
「二日間気絶してたの?」
 目を見開いて驚きを隠せないようだ。
「そうだよ、俺も言われたときは驚いたよ」
「えっ? 言われた? 誰に?」
 あ、口が滑った。
 しかし時すでに遅し、冬花はええええ、と困惑して誰よっ性別は? と声を上げた。
「そんなことより学校早く行こうぜ、遅刻は後々成績に大打撃だからな」
 俺は視線を逸らして歩き出す、だが冬花は看過しなかった。
「詳しく教えてもらおうか? 内容しだいでは許さないよ」
 目を細めて俺を訝しげに見つめる。
「そんなに怪しむような目をしなくてもいいだろ!」
「なら答えて、ねぇ?」
 さらに目を細くして俺に答えを求めてくる冬花に、俺は躊躇した。
「ねぇてば!」
 俺はとっさに偽りを吐いていた。
「風邪引いて、親戚が見舞いに来たんだそれで……二日間寝てたらしく……」
「早くしないと遅刻するわよ」
 冬花の冷酷な目とともに俺の言葉は遮断された。
 何も続けることなく冬花の足は学校へと向いていた。
 俺は距離を置いて冬花に着いていく。
 物音うるさい朝の住宅街、歩調は一定のまま無言で歩みを止めない。
 より一層住宅街の喧騒が耳に入ってくる。
 結局、言葉を発することのないまま学校に到着した。

 蒼天に所々ちりばめられた雲がゆっくりと流れていく。それを窓際の席に腰掛け頬杖をつきながら眺める。
 時間はランチタイム、クラスの皆はどこかへ行ってしまったらしくひっそり閑としている。
 いつもなら教室に冬花が学食を持って登場するのだが、その気配はない。
 そりゃそうだよ、朝から機嫌を損なわせてしまったからな。
 何で俺、嘘なんかついたのだろうか? ずっとその疑問が俺を悩ましている。
 でも実際のことを話しても信じてくれるかわからない。

 青い空、白い雲、涼しい風、どれもこれも初夏を連想させるようなものばかり、空の晴れ具合のとは逆らって心は暗雲がたちこめていた。
 屋上につながる階段に一人、手元にはお手製のそっくり学食弁当二人分。
「どうしよう……私一人じゃこんなに食べきれない」
 なぜ二人分なのか? それは素直になれない私が考案した自分の料理を食べてもらう方法。学食弁当に似させて手作りした弁当を売るという回りくどい考案だ。  
 もちろん器もプラスチックの学食弁当と同じものである。
 学食弁当は大層なものではない、しかし似させるとなると研究が必要だった。自ら学食弁当を購入し持ち帰り、写真に納め各料理の配置や量、さらには使用している具材まで徹底的に調べた。そして実践、料理はけっこう得意な方だったのだが一つ難点が、それは学食弁当はそれぞれの料理に手間暇をかけておらずスピード重視の調理法ということだ。
 それを踏まえて実践にあたったが、どうしても時間をかけてしまう。
 夫の仕事帰りを待つ妻のような、一品一品こだわって料理してしまう。
 思考に思考を積み重ね、幾度も失敗してやっと完成した……学食弁当イミテーション!
 要した時間なんと三ヶ月。この達成感は何物にも変えがたい。
 そこからは学食弁当のクセを掴み、レパートリーが増えていった。
 そうして剣志に学食弁当と言って、安く売り払っている……
 なんか胸につっかえる。
 剣志は私の作った学食弁当イミテーションを本物の学食弁当と思って食している。
 そうか、私は今まで剣志に嘘をつき続けていたんだ。
 手元の手作り学食弁当の蓋を開け、割り箸を縦に両手で裂き、手作り学食弁当の一品を口に運んだ。
 舌に意識を集中させた……やっぱりそうだ。皮肉にもこれは私の作った料理じゃない、ただの模造品だ。
 味も量も何もかもただの模造品にすぎないのだ。
 本心では自分の作った料理を食べてもらいたい、そして剣志に「美味しい」と感想を述べてもらいたい。でも逃げていた。イミテーションという嘘を持ってして、偽った。もし期待していた感想が返ってこなかったら、そういうことを知らず知らずのうちに体が察していたのかもしれない……そうだそれしかない。
 自分に足りないのは勇気なんだ!

 結局、冬花は教室に現れず昼食抜きで午後の授業を受けることはめになり、ただいますべての日程が終了し皆が部活などに精を注いでいるところをそぞろな目で眺めながらの帰宅。
 グラウンドを赤褐色に照らす夕日は地平線の彼方でその姿を半分隠していた。
 その姿はぼんやりとして、しかし放たれる光ははっきりと夕日を表している。
 消えそうだけど最後まで自分を貫き通しているかのような、そんな鷹揚さまで感じてしまう。
 グラウンドを抜け校門に差し掛かった時、胸ポケットのスマホが音をたて小刻みに震えだす。
 思わず立ち止まりスマホを取り出すと画面には『冬花』の二文字が出ていた。画面をタップすると『校門前で待ってて』という要求のみだった。
 別にやりたいことがあるわけではないので、要求をのみこもう。
 長い時間は経過せず冬花がこちらに向かって走ってきていた。
「ごめんね突然」
 肩で息をしながらそう言う。
「何か用でもあるのか?」
 なんとなく聞いてみた。すると不思議な言葉が返ってきた。
「着いてきて」
 その言葉に疑問を覚える俺の横に歩み寄ってくる。
「行きましょ」
「……ああ」
 訳もわからず冬花に着いていく、横断歩道を抜け、道路沿いを歩き、住宅街を徘徊する。
 次第に姿を隠していく夕日に照らされ赤褐色に変わった住宅街のとあるマンションの前で冬花は足を止めた。
 そして背後の俺に振り返る。
「私のお願い聞いてほしいな」
 冬花の理解不能で短兵急な言葉に俺の口は反射的に「はぁ?」とこぼしていた。 

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