異世界から「こんにちは」

青キング

館の少女に対する感情

 街に戻ってきた俺は、早々に自宅へ足を運んだ。
 俺は『ときめく』という言葉の意味をわからないのだ。
 しかし俺は気づいた、館で少女に邂逅してから心が温かいのだ。
 きっとこれが『ときめく』ということなのだろう。
 俺の自宅は、街の数々の部屋ごとに人が住む形式の建物の一部屋だけだ。
 タンスとベッドだけの寝室みたいな部屋だ。
 食事はいつも外で食べる。料理できないからな。
 そんな部屋から日々貯めておいた緊急用の金銭袋をタンスの下段を引っ張って中から取り出すと自分の懐にしまった。
 そしてタンスから二着だけ選別する。
 どれも安物ばかり、パジャマに中古で手に入れたサラサラ生地の上下一式揃った服。しかしこれが動きやすくて重宝している。
 それくらいしか必要な物はない、その二つを手持ちバッグに詰め込んで部屋を出た。
 途中受付の支配人に「旅に出る」と一言知らせておいた。
 後は以前の依頼人に報告に行くだけだ。
 依頼人の住居は丁度向かいですぐに依頼人に会えた。
 早々に報告を済ませて報酬を受けとると、俺は走り出した。
 街を行く人を掻い潜りながら少女の待つ館をとにかく目指した。
 そして走り続けてどれくらいだろうか? 俺は少女の待つ館に到着した。
「やっと来たーもう遅い」
 不満げな顔を浮かべるとんがり帽子の少女は門の前で立っていた。
 ずっとここで待っててくれたのだろうか?
「約束通りにしてきた?」
 近寄ってきて身長差からか顔を上げて聞いてくる。
 約束とは俺が街へ向かっている途中に、少女から直接俺の頭に申し出が送られてきた。
 申し出はこうだった、私の館で暮らしてくださいそれが依頼の条件です、だ。突然すぎて戸惑ったが別におかしいことはない。依頼には護衛もある、そういった依頼は常にそばに付き添っていなければならない、なのでこの条件はいわば護衛なのだ。
「依頼だからねこれは、覚えといてよ」
 人差し指を俺の顔に向けてくる。何故か念を押された。
 少女は俺がわかった、と返事すると身を翻して門と対面する。
 すると門は自動で開いた。すごいなぁ。
「ぼっーとしてないの」
 手を掴まれて引っ張られていく。
 体のわりに力が強い。抗わず引っ張られて館に入る。
 驚きだった。俺が最初来たときの場所は魔法で造られた客間のようで、実際は広々とした廊下だったのだ。
「ごめんね嘘ついてて」
 歩みを止めて振り返った顔はとても申し訳なさそうだった。
「魔法で騙すなんて最低だよね」
 顔を俯かせて自分を卑下している。いやそのくらい気にしてないぞ。
「ほんとに私って最低だわ」
「お前のそんな顔見たくないぞ」
 俺の言葉に反応してか、俯いていた顔を上げてこちらを見る。
「じゃあどんな顔すればいいのですか?」
「笑顔でいてくれ」
「わかりました、要求をのみます」
 そう言って少女は優しい笑顔になった。が顔半分は笑っていなかった。
 無理して笑う必要はないだろ。
「それならこれからの生活空間について館の主の私がご説明します」
 では着いてきてください、と言われ俺は着いていく。
「ここがあなたの部屋です」
 その部屋は奥の窓の下に一人用だが大きめのベッドとその近くに机と椅子、そして天井にはとても明るい照明が取り付けてある。
 以前住んでいたもの部屋と比べたら綺麗で豪華だ。
「ごめんなさい質素で」
「何を言う、すごい豪華じゃないか。ベッドは良質な素材の木を使用しているし、机も椅子も良質な素材でああああ……素晴らしい!」
 俺が叫ぶと、クスッと微笑した。その姿は可愛いを通り越して美の極みだった。
 こんな美少女が隣にいると、鼓動が速まってしまうのは必然なのか? ただいま鼓動加速中。
「どうしたんですか、私を見て? 顔に何かついてますか?」
「そういうわけじゃなくて……その」
 俺が言い淀んでいると、顔を近距離まで近づけてくる。
「はっきり言ってください、気になります」
 口を尖らせた。今吐息が顔に当たるほど近くに少女顔がある。
 こうして見ても可愛いと思う。
「顔が赤いですよ大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫、体は強いから」
 精一杯否定する。なんかすごい俺焦ってるけどなんで?
「今日は疲れたでしょう。ベッドでお休みになられたらいかがですか?」
「そうだな疲れた、もう寝るよ」
 部屋のベッドに近寄っていく。あぁ鼓動が速すぎて心臓がはち切れそうだ。
「無理しない方がいいですからね、よろしいと思います」
 満面の笑みを浮かべて、では私は自室にいますので、と俺に伝えて去っていった。
 足音が聴こえなくなって俺は布団にうずくまって叫んだ。
「この鼓動はなんなんだー!」
 自分でも感情がわからないのだ。
 どうしていいかわからずそのまま眠りに落ちてしまった。

 目を覚ますと俺の顔をかがんで覗き込んでいた。
「起きましたか」
 なぜそこにいるのか?
 寝ぼけ眼で見つめると、笑顔を浮かべて口を開く。
「お腹空いてませんか? それとも先に入浴ますか?」
 俺は開けていた目を閉じて、再び眠りに就こうとする。
「無視しないっ!」
 耳元でそう叫ばれた。
 驚いて目をばっと開いて少女を見る。
 剣幕でこちらを睨んでいた。
 少女の片手が上がり照明の影になる。
 避けようと体を捻ろうとしたが、全く動かない。
 金縛りにでもかかったの?
 少女は逆の手にナイフを持っていた。え?
 必死に脊髄に信号を送る、逃げろとしかし信号を受け取ってはくれない。
「無様で心底嘲笑が止まりませんでしたよ、じゃあさようなら」
 刃先が照明に照らされ、光沢をより輝かせて俺に向かってくる。
 そのときの少女の目は人間ではなく形容しがたい怖さだった__
 がっと上半身を起こすと、さっきのが夢だと気づく。
 胸を撫で下ろす気持ちになる。
「三時間も寝てましたねー」
 横から覚えのある声がする。
 横目に見ると、そうとんがり帽子の少女だ。
 少女が片手を俺に近づけてくる。避けようと布団を持ったまま後退する。
「なんで逃げるんですか?」
 ベッドに立ち膝で乗ってきた。ヤバい怖い。
 思い返してみれば、直接俺の頭にメッセージを送ってきたあれは、高等魔法の一つ。さらにあの偽りの客間を造るという魔法も、中々できるものではない。それを踏まえ、油断はできない。心を許してはならない。さらに夢の恐怖が残っているのか戦慄している。
「ねぇ逃げないでよ」
 立ち膝から前に手をつき四つん這いになって俺に近寄ってくる。
 後ずさるが、これ以上進めない。背中に壁が接しているのだ。
 少女はお構いなしに近づいてくる。俺の顔を見つめながらどんどん。
 俺の伸ばした脚に四つん這いの影ができる。顔はすぐ近くまで接近していた。
 真っ直ぐにこちらを見つめる瞳、夢の時とは違い怖さはなかった。
 四つん這いのまま動きが止まった。
 ついていた片手を振りかぶる。俺は体勢を変えようと思い上半身を右に捻った……しかし動かない、金縛りにかかっている。
 それとも少女の魔法なのか?
 顔は吐息が直接当たっている。正面でこちらを見つめて、俺の首に手を回した。
 逃げたいだが体は動かない、殺される!
 俺は反射的に目を瞑った、それしかできなかった。
 ……何も起きない、痛みも感じない。ただひとつの部位にだけ感覚があった、唇に何か柔らかいものが当たっている。
 数秒間ずっと柔らかいものは動くことなくとどまり続けた。暖かさも唇から伝わってくる。
 思考は停止した。何が起きたのか?
 柔らかいものは、俺の唇から離れる。
 ゆっくりと目を開ける。
 目の前には頬を紅潮させた少女。
 俺と視線を合わせないように四つん這いのまま後退していく、ベッドを降りると頬を紅潮させたまま立ち尽くす。
「体が動かないんだけど……どうして?」
 声を出すので精一杯だ。
 少女は一、二歩後ずさると、いたたまれないようにこちらに顔を向けず、部屋から走り去った。
 まだ体が動きそうにない、唇にもまだ感触が残っている。
「何をされたのか?」
 自問自答してみる。
「答えはわからない」
 ベッドの上で呆然と部屋の外の廊下を眺めた。
 呪いとかかけられてないよね?

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