異世界から「こんにちは」

青キング

館の住人

 俺の名は……黒猫で良いだろう。
 あの日以来俺は黒猫だ。一人の魔女いや少女に恋してから。
 人間として生きる、それは魔女を憎悪しているあいつらと同じになってしまう。それが俺は嫌で人間をやめた。
 __彼女に出会ったのは百年以上も前だ。その時俺は剣士をしていた。
 そんなある日一つの依頼が舞い込んできた。その依頼は『とある怪しげな館の住人を排除』という漠然とした内容のものだった。
 依頼主から渡された封筒に同封されていた地図に館の位置は示してあったが、情報はそれだけ。
 しかしせっかく依頼と思い快く受けることにした。
 館のある場所は俺の住んでいた街からはそう遠くはない森の一画だった。
「ここか依頼の館とやらは」
 今時レンガではない造りと敷地の規模に驚きながらも鉄格子の門の前に立つ。
 その途端に、今開けますねぇ、と若いどころか子供に近いくらいの可愛い声がどこからか聞こえてくる。
 聞こえてすぐに門が開いた。
 門を通過すると前方の扉がゆっくりと開きだす。
 扉の向こうにはブドウ色の髪をしてとんがり帽子を被った少女が俺を見据えて立っていた。
「いらっしゃいませ」
 ここは店だったのか、と思い始めたとき少女に腕を取られて館の中に連れこまれる。
 俺が入ると少女は腕を離し勝手に扉が閉まった。
 このまま襲ってきたなら応戦だ、と腰に携えた剣を引き抜けるよう構える。
「ようこそ魔法薬の館へ」
 魔法薬?
 きっと危険な薬だな、と警戒心を一層強める。
「着いてきてもらっていいですか?」
 少女は俺に聞いてきた。いろんな仕掛けがあって俺を殺そうとするのか?
「説明した方がいいですよね。それなら説明します。魔法薬は私が独自に作り上げた希望の持てる薬です」
 訝しいな。
 俺に飲ませてあの世へ行かせるんだろう?
 何故か少女はぷくっと膨れた。
「信じてないでしょ?」
 そのふくれ面が非常に可愛くて一瞬ときめきそうになったが、俺はそんなに単純じゃない。
「お前はここの住人か?」
「住人ですけど……それが何か?」
 少女は首をかしげる。それが聞きたかった、依頼の遂行だ。
「毎日一人で寂しかったんですよ……だからあなたが来てくれて良かった」
 剣を抜こうとした手が止まる。
 少女はまだ続ける。
「あと……そのとても言いにくいんですけど」
 短兵急たんぺいきゅうなモジモジ。命乞いなら聞いてやるぞ。
「助けて欲しいんです私を……」
 は?
 眉尻を下げてこちらを真っ直ぐに見つめてくる瞳はとても潤んでいた。
「だって皆私を嫌って誹謗ばっかり……さらに私を魔女扱いして……もう嫌なんです!」
 少女の目元から涙が一筋こぼれ落ちた。
 欺瞞だ、と自分に言い聞かせる。しかし少女の涙目はものすごく素直に感じてしまう。
 俺を一点に見つめて、涙を流してまで助けを求めている。そんな少女を『排除』するのだろうか、違う俺が見たいのは血じゃない。今目の前で俺を見つめている少女の『援助』を約束することだ。
 その時俺は少女に心を打たれてしまった。
「話を聞かせてくれ」
「えっ?」
「お前の言ってることが本当なら俺は手助けしてやりたい……俺ここに依頼で来てるからお前を排除しろとか、だからこそ誤魔化せる」
 赤く腫れた目元のままクスッと笑う。
「誤魔化すって……バカみたい」
 少女の笑顔は宝石よりも価値があり輝いていた。
 少女は目を擦ると俺の両手を取った。
「あなたに依頼したい、私を助けて」
 涙はもう少女の目に溜まってはいなかった。
 真剣にこちらを見据えてくる。これは『要求』ではなく『依頼』なんだ。
「報酬は?」
「あなたの望むものならなんでも」
 俺は首を縦に振った。
「承った」
「ありがとうございます」
 その笑顔は太陽よりも眩しい光を発していて神々しかった。
「そうと決まれば俺は一旦帰って依頼の報告してくるから少しだけ待っててくれ」
「うん待ってるね」
 俺はそう聞いて館から抜け出した。
 駆けて駆けて街を目指した。

 シャマさんは酷いです!
 私も連れてって欲しかった。あと太刀さんと二人きりとは私にとって至福なのに……うう。
 考えるだけで不安になってきた。でも空飛べないのは事実だし。
 はぁ、不器用だな私って日常魔法が使えないんだから。
 戦闘魔法ならコテンパンにできるのになぁ。
 その時玄関が激しく開く音がする。誰だ!
 音でリアン卑屈劇場から一転して警戒心をマックスまで上昇させ、耳を澄ました。
 ダダダ、と駆ける足音。何か声を発している?
 はっきりと聞き取れない。何々……もう……かいかい……まほ……を。
 途切れ途切れで重要な部分が何故か聞き取れない。
 気がかりだ、そう思い壁に立て掛けておいた魔法の杖を左手で掴む。
 意識を集中させて……行くぞ!
 寝室から飛び出した。
「速攻魔法、エリトリア!」
 杖の先端から小さな青い光の弾丸を前方に乱射する。
「危ないじゃないですか!」
 駆ける足を止めた。廊下にいるのは何かを背負っているシャマさん。
 背負っている物を目を細めて見てみると、人のようだった。
「太刀先輩が倒れてて……だからここまで空を飛んで運んできたけど……途中で魔力が切れちゃって」
 状況はなんとなく把握できたけど、なんでなの?
 掠れた声シャマさんは精一杯知らせようとしてくれている。
 それを見ていて胸に激烈に痛む。
 シャマさんは太刀さんをなんとか降ろすと、力なくそのままうつ伏せになった。
 なんで……なんで……なんでシャマさんが回復魔法を太刀さんにかけてあげなかったの!
 私の心の叫びも届くはずはなく、シャマさんと太刀さんは動く様子も言葉さえもなかった。
 回復魔法が使えれば……自分を嘆くことしかできなかった。
 それでも太刀さんとシャマさんを一人ずつリビングまで引きずりながら運んだ。
 目を瞑って呼吸だけをしてスヤスヤと眠っている太刀さんの服には所々に土が付着していて汚れている。
 目を瞑って呼吸荒く、息苦しいのを露にしているシャマさんの服は擦って穴が空いてしまっている部分からいつもより白くなっている肌が見えている。
 顔色もかなり蒼白で魔力をしぼりきっていることを証明している。
 太刀さんが何か唸りだした。
「秘密はなんで俺を……」
 秘密? 何の秘密だろうか。
 唸りは止まった。
 ごめんなさい太刀さん、私が出来損ないのせいで……もし私が太刀さんの代わりになれるのなら私はなりたい。
 だってこうして苦しい顔をするから、きっと苦痛に堪えている。
 いつでも私は太刀さんの隣に居ますから、太刀さんも私の隣に居てください。

「なぁどう思う?」
「もし魔女の昔話が本当なら猫神様の封印を解いたのは誰なのか?」
「疑問ばかりだな」
 ブルファにワコーそしてナレクこと俺はブルファの自宅を用いて密談している。
 密談の内容、それは昨今の行方不明や猫像の盗難などの怪奇事件についてだ。
「ナレクの黒服隊の一部も行方不明なんだろ」
「まぁな」
「猫像を何のために盗んだんだろう?」
 腕を組んで背もたれに体の重みを支えさせるブルファ。
 何も掴めぬまま、企みは進行しているのだろうか? それとも全部がそれぞれ関係ないのか?
 思考が追い付かない。
「もしも猫神様が人間に遺恨を持っていたとしたら、それを封印しているのだとしたら、誰かが封印を解き何かのために利用しているという考案しか思い付かない」
 肩を竦めてそう言う。
 さすがワコーだ。筋道が立っている。
 感慨深くワコーを感心していると、ワコーが呟いた。
「異世界だよ……そうだ異世界だ!」
 ワコーは立ち上がり両手を広げる。
「異世界に猫神様を転移させて、遺恨を利用して暴れるようにしたんだ。そして転移させたのが黒服隊の隊員なんだ」
「それなら道理には適うけど、証明できる物がない」
 ブルファの冷静な意見。
 もっともだ。確定できる事柄がないのでは、いくら仮説を立てても立証できない。
「じゃあ早く証拠とやらを探し出せと?」ここのままでは仲間内で論争が起きてしまいかねない。
「まぁ今はできることをするしかないよ」
 結局、進展はなく。
 俺の言葉から二人とも俯くだけだった。
「今日はもう帰ろう」
 俺は二人にそう言い残してその場を去った。

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