それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~

夙多史

第七十五話 エヴリルさん反抗期

「――〈暴食なる消滅グラ・ヴァニッシュ〉!!」

 降りかかりそうだった緑色のプラズマを孕んだ暴風の塊を、俺は左手を翳して消滅させた。

「流石にやり過ぎだぞエヴリル!?」
「勇者様、邪魔をしないでくださいです」

 エヴリルがなにやら詠唱して杖を振るう。すると巨大な竜巻が小闘技場全体を呑み込んだような暴力的な風が荒れ狂った。

「なっ、エヴリルさん反抗期!? ……いや、冗談言ってる場合じゃないな」

 観客たちの悲鳴が小闘技場に轟き渡る。
 だがそれは、風だけが原因ではない。観客たちの中には、風なんて関係ないとばかりに周りの人々に襲いかかっている連中もいるぞ。

 視界が黒い。
 大勢の人々から滲み出ているドス黒いオーラが、風に舞って小闘技場を包み込んでいるんだ。魔眼を発動させた俺にしか見えないそのオーラは、男から女から子供から老人から、どう見てもただの一般人としか思えない人々から発せられている。
 そして、エヴリルからも。

【バグ・エヴリル・メルヴィル。ステータス――〈呪いカース〉】

「うっそだろ……」

 魔眼の〈解析〉した結果に俺は呆然とした。俺が近くにいながら、いつの間にエヴリルは〈呪い〉を受けていたんだ。
 いや、離れた時はいくらでもある。たとえばラティーシャと組んで俺を追い回していた時とか、俺がヴァネッサと火山に行っていた時とか。

『しょ、勝者はエヴリル・メルヴィルですわ! ですからもう魔法を止めてくださいませ!』
『声が聞こえていないのか? 観客の皆さんは速やかに落ち着いて避難してください!』

 リリアンヌとヘクターが必死に呼びかけをしている。だが、おかしくなっているのはエヴリルだけじゃないぞ。観客を避難させただけじゃ絶対に収まらない。

「イの字! エの字に一体なにが起こっているのじゃ!?」

 ヴァネッサが暴風に吹き飛ばされないように俺にしがみついてくる。

「火山で戦った凶暴なサラマンダーがいたろ? あれと同じ現象がエヴリルや観客の一部に起こっている」
「なんじゃと!?」
「意味がわからん。帰りたい」
「言っとる場合じゃないのじゃ!?」
「わかってるよ!?」

 理不尽に巻き込まれる厄介事。だからこそ余計に帰りたいんだ。

「エヴリル一人ならまだしも、この数だ。〈魅了〉を使っても収拾できないだろうな」

 何度も言ってるが〈魅了〉はできれば使いたくないし、それで解決できたとしても今回は別の暴動が起きかねない。主に俺だけが大迷惑する類の。

『なにを呆けていますの! あなたたちも避難誘導を手伝ってくださいまし! おかしくなっている観客も殺さないように無力化をお願いしますわ!』

 リリアンヌが俺たちや元六つ星冒険者チームに指示を出す。流石に雇われているだけあって元六つ星冒険者チームは主の命令には忠実であり、気絶していたリーダーを叩き起こして迅速に対処し始めた。

『兄貴たちはエヴリルさんをお願いします!』

 ヘクターの声。やはり俺たちでなんとかしないといけないよな。まあ、オーラが見えない他の奴らにエヴリルを任せるつもりもない。
 エヴリルは……暴風の中心だな。

「ヴァネッサ、俺が突っ込むから援護してくれ」
「了解したのじゃ」

 ヴァネッサが石杖を構えたことを確認し、俺はもう一度〈暴食なる消滅グラ・ヴァニッシュ〉を放ってこの鬱陶しい暴風を掻き消す――

「巨乳には死をです!!」

 寸前、魔法の風を纏ったエヴリルが俺たちに向かって突撃してきた。杖を振るうと見えないハンマーのようなものが俺に激突。薙ぎ払われる。

「ちょっ!? 魔導師の戦い方じゃねえ!?」
「ヴァネッサさん覚悟です!?」
「あれ!? なんかエの字わしを狙ってるのじゃ!?」

 エヴリルは杖に付与された空気ハンマーを振り回してヴァネッサを追いかけ回し始めたぞ。風のエンチャントで俊敏値が大幅にアップしている上に、得物が杖の部分しか見えないという厄介さ。俺自身くらったからわかるけどリーチはかなり長い。

「巨乳に死を! 巨乳に死を! 全ての巨乳を根絶した日にはわたしが相対的に巨乳になるです!」
「なんか虚しいこと叫んでいるのじゃあ!?」

 泣きながら逃げるヴァネッサ。バコン! ドゴン! と空気ハンマーで地面を抉りながら追いかけるエヴリル。〈呪い〉は生物の本能を呼び覚ますとかそんな感じだったはずだが……それでいいのか、エヴリルさん。

「ほ、吼えよ大地! 地母神の怒りを刃に変え、我が敵を切り裂くのじゃ!」
「世界を巡る悠久なる風よ! 我が声に従い巨乳を撃つです!」

 走りながら器用にも魔法を発動させるヴァネッサだったが、エヴリルも同じ速度で対抗しやがった。土砂の槍は風の弾丸に粉砕され、そのままヴァネッサの足下に着弾し爆発する。

「ぴゃああああっ!?」

 悲鳴を上げて転がるヴァネッサ。どちらも同じ低位魔法なのに、エヴリルの方が圧倒的に威力が高い。風のエンチャントに空気ハンマーも常に展開している状態でそれだ。やっぱりいつものエヴリルちゃんじゃない!

「イの字ぃ、助けてくれなのじゃ!?」
「わっ!? 馬鹿しがみつくな!?」

 ヴァネッサが俺の腰に手を回してきた。するとヴァネッサばかり狙っていたエヴリルが虚ろな瞳で俺を見る。

「勇者様、浮気ですか? 巨乳に浮気ですか? そんなに巨乳がいいんですか? 浮気者ニモ死ヲデス!?」
「ほら俺も標的になったじゃねえか帰りたい!?」

 ヴァネッサに抱きつかれたまま全力でダッシュする。一瞬前までいた場所を風の巨爪が大きく抉り裂いた。
 やばいぞ、これ。
 冗談抜きで、やばい。

「重圧を切り裂く滅魔の刃よ! 流転に舞いし天空の隋風よ! 我が下に降り来たりて巨乳と浮気者を裁斬するです!」

 エヴリルが杖を天に掲げる。すると上空に巨大な魔法陣が展開され、そこから逆巻く暴風が幾本も降り注ぎ始めた。魔眼が捉える。あれはミキサー状の風刃。少しでも触れたらミンチだぞ!

「エヴリルってこんな大魔法使えたっけ!?」
「狂ってから堰を切ったみたいに魔力が溢れてるのじゃ!?」

 逆巻く暴風は小闘技場のあちこちに激突し崩壊させていく。幸い、元六つ星冒険者チームの働きのおかげで観客たちは既に小闘技場からいなくなっていたから被害は建物だけだ。

「他への被害も全無視かよ!? ――〈暴食なる消滅グラ・ヴァニッシュ〉!!」

 全部消すのは面倒で帰りたくなるから無理。俺たちに直撃するものだけ打ち消すことにした。だがこの魔法、まだ発動しているぞ。エヴリルが止めるまで逆巻く暴風は無差別に降り注ぎ続けるってことか。

「こうなったら形振り構っちゃいられねえか」

 もしかするとエヴリルにはもう会えなくなっちまうかもしれんが、〈呪い〉をどうにかするにはあの手しかない。
 本当は死ぬほどやりたくない。だが、これ以上エヴリルに被害を拡大させるわけにもいかねんだよ。

「ヴァネッサ、ちょっと目を閉じてろ!」
「ほえ?」

 俺は腰にしがみつくヴァネッサの両目を手で覆い隠した。

「悪いなエヴリル! お前にだけは使いたくなかったが――〈色欲の魅了ルクスリア・チャーム〉!!」

 俺の全身がピンク色に輝いた。常々不思議に思うんだが、なんでこんな気持ち悪いのに見た連中は魅了されるんだ? ピンク色の発光男子ってそんなに魅力的なの? 俺だったら吐きそうになるから帰りたい。

「うっ……」

 俺のピンクフラッシュを直視したエヴリルは怯んだように呻く。すると、大地よ砕けろと言わんばかりに降り注いでいた逆巻く暴風もピタリとやんだ。

「な、なにをしたのじゃ?」
「〈呪い〉はより強い〈呪い〉を被せることで消える。俺が『一生魅了』という強力な〈呪い〉をかけることでこの暴走は止まるんだよ」
「お主はそんなこともできたのかや」
「できればできないでよかった……帰りたい」

 そもそも〈創造〉や〈凍結〉は分単位の時間制限があるのになんでこれは無制限なんだよ。ハーレム築くにはいいかもしれんけど、その気が全くない俺には必要ない力だ。
 ……必要ないはずなのに、定期的に必要になる世界不思議発見。

「エヴリル、俺がわかるか?」
「……勇者様?」

 放心しているエヴリルに俺が声をかける。エヴリルはハッとしたように瞬きをして青い瞳で俺を見た。

「勇者様……………………巨乳に浮気はダメですよ?」

 風の槍が無数に飛んできた。

「ほわぁあああああああああっ!?」

 俺は咄嗟に体を後ろに捻ってかわした。『生み出すもの』って意味のアメリカ映画みたいな神回避だった。

「全然ダメではないかイの字よ!?」
「馬鹿な!? 今回の〈呪い〉は俺の〈魅了〉より強いってのか!?」

〈魅了〉が効かないとなるとお手上げだぞ。もう現実逃避して帰るしかないんじゃないかな? ダメですか? ダメですよね。

「どうするのじゃ!?」

 エヴリルがまた風の大魔法を唱えようとしている。邪魔はできなくもないが、このまま解決策が見つからないまま戦うわけにもいかない。まさかエヴリルを殺すわけにもいかないだろ。
 こうなったら――

「――〈怠惰の凍結アケディア・フリーズ〉!!」

 エヴリルだけを対象に、とりあえずストップしてもらう。

「エの字が動かなくなったのじゃ!?」
「一分だけの時間稼ぎ技だ! 一時撤退するぞ!」

 狙いが俺たちなら、ここで無暗に戦い続けた方が被害が出る。そう判断し、俺たちはエヴリルが時間ごと凍結している隙に小闘技場の外へと駆け抜けた。
 だが――

「なっ!?」
「これは……一体どうなっておるのじゃ?」

 小闘技場の外の光景に、俺たちは揃って絶句した。
 人々が無差別に暴れ回り、あちこちの建物が崩れて火事まで発生している。暴れている人は全員〈呪い〉状態であり、正常な人々は彼らから逃げ惑っている。

 王都は、地獄絵図と化していた。

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