それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~

夙多史

第六十六話 わたしたちここに住んでいるんですが?

「帰りたい」
「今帰ってるですよ、勇者様」

 わたしたちは今日の仕事を手早くぱぱっと終わらせて、夕方前にはもう帰路についていたです。勇者様が本気出せばこんなものです。なにせ今日は仕事中に『帰りたい』を五十八回しか言ってないですからね!

「ん? 宿の前に誰かいるな」

 宿が見えたところで勇者様が立ち止まったです。丁度宿の入口を塞ぐようにして何人かがなにかを話しているですね。
 あれは――

「管理人のお爺さんと……ヘクターくん?」

 それとなんだか強面の人たちがいっぱいいるです。見たところ剣呑な雰囲気。言い争っているようですよ。

「ヘクターのやつ、今日仕事サボったと思ったらなにやってんだ?」

 ヘクターくんはおうちのこともあるですから、割と頻繁にギルドの仕事を休むことがあるです。それでもいつも律儀に連絡してくれるのですが、今日はなにも言われてないです。

「なにやってんの、お前ら。そんなとこで立ち話されると帰れないんだけど」

 もう少し様子を見たかったですが、早く帰りたい勇者様が無遠慮にずかずかと割り込んでしまったです。

「あ、兄貴!? どうしてこんな時間に帰れて……ギルドの仕事は?」

 ヘクターくんが幽霊でも見たような顔で勇者様に振り向いたです。

「もう終わった」
「そんな、いつもはなにかしらトラブルが起きて夜遅くなるのに……」
「そうだな。まさに今そのトラブルに巻き込まれたところだな。……帰りたい」

 目の前が家なのに帰れない。勇者様の呟きは悲壮感に満ち満ちていたです。なんか勇者様が哀愁漂う目で宿を見上げ始めたので、仕方なくわたしが説明するです。

「今日は宿の管理人さんにお話があって早く帰ってきたです」
「儂に?」

 管理人のお爺さんが自分を指差したです。

「管理人さんは以前この宿を手放したいと仰っていたですよね? とある仕事でまとまったお金が入ってきたので、わたしたちが宿を買い取ろうと考えていたです。今日はそのご相談に――」
「それは聞き捨てなりませんわね!」

 キン! と耳に響く女の人の声がわたしの言葉を遮ったです。
 強面の男たちがすっと道を開けるです。その向こうに停められていた馬車から(この道は馬車通行禁止のはずですが)、煌びやかなドレスを纏ったわたしより少し年上と思われる女の子が降りて来たです。

「……どなたですか?」

 くるくるに巻いた輝くような金髪。整った顔立ちに青の瞳。雪のように木目細かい白い肌。まるで絵画の中から出てきたような美人さんです。

「あたくしはリリアンヌ・ファウルダース。ファウルダース家と言えばおわかりになりますでしょう?」

 美人さんはドレスのスカートを摘まんで優雅にお辞儀をしたです。どこかの貴族様でしょうか? ですがファウルダースなんて貴族様は聞いたことがないです。

「勇者様、知ってるですか?」
「俺が知るわけないだろ。わかるとすれば上から八十三「せいっ!」目がぁあッ!?」

 まったく、勇者様の目はすぐに粗相をするです。神樹の杖で突き刺してなかったらリリアンヌさんの尊厳が失われていたですね。危ない危ない、です。

「……あたくしを知らないなんて、もしかして田舎者ですの?」

 田舎者でごめんなさいです。

「ファウルダース家はマンスフィールド家と双璧を成す王国の大商会です。彼女はそこの会長のお孫さんで」

 ヘクターくんが小声でわたしたちに教えてくれたです。

「ああ、社長令嬢ってやつね。どうりでドリルなわけだ」
「ドリルですか?」
「なんとか令嬢ってだいたい高飛車・お嬢様口調・金髪ドリルの三連コンボだろう? 気をつけろエヴリル、あの髪型は武器になるぞ。人間の体なんて簡単に貫ける」
「凄まじい偏見を聞いた気がするです」
「あたくしの髪型を馬鹿にしていますの? 貫きますわよ?」
「ドリル!?」

 い、今、リリアンヌさんのくるくるがゆらゆら揺れていたように錯覚したです。錯覚……だったと思うです。思いたいです。

「まあ、それはさておき、この宿を買い取るのはあたくしたちでしてよ」
「なんだと?」

 ピクリと勇者様が表情を引き締めて反応したです。

「こんなオンボロ宿なんて存在意義がありませんわ。だから潰して、ここには新しくオシャレなカフェを建てるんですの」

 え?
 この人、宿を潰すって言ったですか?

「あの、わたしたちここに住んでいるんですが?」
「当然、出て行ってもらいますわ」
「待てコラ、俺たちに宿なしになれって言うのか貴様!?」
「立ち退きの補償はいたしますわよ」

 勇者様の本気の怒号に、強面の男たちがリリアンヌさんを庇うように立ちはだかったです。リリアンヌさんは余裕の表情。すごいですね。どっかの女盗賊さんより肝が据わっているです。

「ですが困ったことに、そこのヘクター・マンスフィールドがどこからかこの計画を知って邪魔をして来ているんですの。こんな吹けば飛ぶような廃屋をなぜ守ろうとしているのかわかりませんが、知り合いならあなたからもなにか言ってやってくださらない?」
「「えっ?」」

 わたしも勇者様も、その事実を知って目を大きく見開いたです。

「ヘクター、すまない」
「兄貴?」
「俺はお前が仕事サボって綿毛鳥の羽毛オフトゥンで一日中ごろごろしてんだとばかり思って嫉妬していた。だがまさか俺たちのために宿を守ろうとしてくれていたなんて……よくやった! 俺も加勢するぞ!」
「兄貴!」
「感動してるとこ悪いですが、ヘクターくん。このダメ勇者様には怒ってもいいですよ?」

 なんなら神樹の杖を貸してもいいです。最悪もうわたしががつんとぶん殴ってやってもいいですけど。

「なるほど、やっぱりそういう風になるんですのね。ですが最終的に決めるのは持ち主のお爺さんですわ。さあ、あたくしとマンスフィールドのどちらに宿を譲りますか?」

 リリアンヌさんが大袈裟な手振りで管理人のお爺さんを促したです。

「儂はこの宿が売れるならどっちでもええわい」

 が、管理人のお爺さんは興味なさげにそう言ってヨボヨボと帰ってしまったです。決まったら教えろと背中が語っているです。

「……」
「言っておくが、早いもの勝ちだなんて言い分は納得しないからな?」

 手を広げたまま固まっていたリリアンヌさんに、勇者様が先手を打って釘を刺したです。リリアンヌさんもコホンと可愛く咳払いをし――

「でしたら仕方ありませんわね。言葉で説得されないと仰るのでしたら、もう勝負で決着をつけるしかありませんわ」

 そんな提案をしてきたです。

「勝負ですか?」
「ええ。見たところあなた方は冒険者のようですし、ファウルダース商会が抱える元冒険者と試合をして勝てば手を引いてあげてもよろしくってよ」

 これは……勝ったです。
 フフフ、こちらには勇者様がいるです。勇者様は誰にも負けないですからね。そういう勝負なら願ったり叶ったりですよ。リリアンヌさんは勇者様のことを知らないようですし、ちょっとこっちを格下に見てるようなのでその隙も突けそうです。

「ですが……フフ、ファウルダース商会が抱える元冒険者には☆六つだった方などもおられますの。結果は見えている勝負ですので、せめてもの慈悲としてもう一つ別の条件を提案して差し上げますわ」
「というと?」

 勇者様が眉を顰めたです。いえ、もうその勝負でいい気がしてるですよ、わたしは。

「えっと……その……」

 ん? なぜかリリアンヌさんは別の条件を口にすることを戸惑っているです。顔を赤らめて、目が泳いで、チラチラとヘクターくんを何度も見ているようですね。
 やがて決心したのか、リリアンヌさんはヘクターくんを指差し、裏返った声で――

「そ、そこのヘクター・マンスフィールドがあたくしのむむむ婿になってくだされば、この宿には今後一切手を出さないと誓いますわ!!」
「なっ!?」

 とんでもないことを言い出したです。ヘクターくんなんて絶句して目が点になっているですよ。

「あ、あたくしがお、おおお嫁さんでもよろしくってよ?」

 キャー言っちゃった♡ と顔を真っ赤にして両手で頬を抑えてくねくねするリリアンヌさん。実はヘクターくんのこと好きだったんですね。なんだか急に可愛く見えてきたです。

「チッ」

 と、どこからか舌打ちが聞こえたです。
 勇者様だったです。

「おい金髪ドリル! お前ふざけんなよ!」
「兄貴! 俺のために怒って――」
「そんな条件でいいなら最初から言えよ! ほら持ってけドロボー!」
「兄貴ぃいッ!?」

 ヘクターくんの背中を押す勇者様。なんですかねこの、怒っていいのか応援すべきかよくわからない状況は?

「ヘクター、今まで世話になったな。美男美女同士、仲良く墓場に埋もれちまえ」
「嫌ですけど!?」
「あ、式には呼ばなくていいぞ。帰りたくなる」

 嫉妬のように聞こえるですが勇者様の結婚観がよくわかるですね……。

「リリアンヌさんはいつからヘクターくんのことを?」
「お互いの商会は競い合いながらも交流がありましたので、それはもう幼い頃よりお慕いしておりましたわ」

 何気なく問うと、リリアンヌさんはぽっと頬をより赤くして素直に答えてくれたです。けっこういい子です。

「よかったな、ヘクター」
「よくないですよ! オレにそんな気はありません! リリアンヌさん、条件はやはり勝負の方でお願いします!」

 勇者様を押しのけ、ヘクターくんが脱線しかけた話の軌道を元に戻したです。

「……わかりましたわ。では、勝負に勝った方がヘクター・マンスフィールドを好きにできるのですわね」
「違う!?」
「目的が変わってるです!?」

 脱線しかけていたように見えて完全に明後日の方向に走っていたようです。

「そうでしたわね。宿の買い取りの話でしたわ。ですが、やはりそれだけでは釣り合いませんわ。この計画は何ヶ月も前から準備を進めていたんですの。あたくしたちが勝った時の条件にヘクター・マンスフィールドを追加していただきませんと」

 なんか強引に捻じ込んできたです。

「いや、だからオレはあなたと結婚するつもりは――」
「わかった。その条件でいいだろう」
「ふぁ!?」
「勇者様、そんな勝手していいんですか? ヘクターくんの気持ちも……」

 ヘクターくんが裏切られたような目で勇者様を見たです。ですが勇者様は涼しい顔。

「勝てばいいんだろう。勝てば」
「そうですが……」

 まあ、勇者様なら負けないですから問題ないですね。

「言質は取りましたわよ」

 ニヤリ、とリリアンヌさんが唇の端を吊り上げたです。勝利を確信している顔ですね。もしかして、本当は勇者様のことを知っていてこの提案をしてきたとか……だとすると、危ないかもしれないです。

「それで、勝負の方法は?」
「もちろん、冒険者同士の決闘になりますわ。ただし三対三のチーム戦で、一人ずつ対戦して勝ち星の多い方が勝利。あと賞品のヘクター・マンスフィールドの参加は認めませんわ。よろしくて?」

 三対三……やられたです!? これじゃ勇者様一人が勝っても勝ちにならないじゃないですか!?

「一対一じゃダメなのか? 俺的にはすぐ終わらせて帰りたいんだけど」
「それだと面白くありませんわ。どうせでしたら観客も入れて盛大に盛り上げた方が儲かりますもの」
「ああ、そういうとこは商人なんだな」

 納得する勇者様も、落ち着いてはいるですね。なにか勝算があるんですかね?

「場所や日程は後日ご連絡差し上げますわ。では、今日はこれにて失礼させていただきますわ」

 くるりと優美に踵を返すと、リリアンヌさんは強面たちを連れてさっさと引き上げてしまったです。
 彼女たちを乗せた馬車が見えなくなったところで――

「ど、どどどどどうするんですか兄貴!? オレまだ結婚する気はないんですけど!?」
「だから勝てばいいってさっきも言っただろ」
「でも兄貴だけ勝っても……エヴリルさんを信頼していないわけじゃないですが」
「そうですよ、勇者様。それにあと一人はどうするんです? ヘクターくんは参加できないんですよ?」

 わたしたち二人の猛抗議に、勇者様は夕焼けに染まり始めた空を仰いだです。

「あー……まー……」

 それからなにかを思案するように腕を組み、二秒と経たず足を動かしたです。
 宿の方へ。

「うん、帰って考えるか」
「ダメ勇者様の無計画!?」

「それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く