それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~

夙多史

第六十二話 当機は安全運転を心がけております

 面倒臭いことになった。
 火山地帯なんて王都の近くにあるわけがない。せめて遠足気分で行けるような距離だったらよかったんだが、聞けば馬を使っても片道一週間はかかるって話じゃないか。そんなん帰りたくなるわ!
 しかも『サラマンダーの尻尾』ってやつは特殊な魔法瓶で保存しないと鮮度が保てなくて使い物にならないらしい。だからその辺の商人から買いつけることもできないんだと。
 そりゃお医者様も諦めるよ。

 俺がドラゴンの速度で空を飛べるって知らなかったらな。

「おお! 凄まじい速さの飛行魔法なのじゃ! もっと! もっとスピードを上げるのじゃイの字よ!」
「当機は安全運転を心がけております帰りたい!」

 現在、俺は子供のようにはしゃぐヴァネッサを背中に乗せて飛翔していた。エヴリルの病気を治すには特効薬がどうしても必要らしい。だからエヴリルをヘクターに任せ、俺とヴァネッサで素材を採取しに行くことになったわけだ。

嫉妬の解析眼インウィディア・アナリシス〉で取得していたエンシェントドラゴンのデータを、〈傲慢なる模倣スペルビア・トレース〉で超越コピーした今の俺の最高速度は世界を目指せるレベル。この速度で直線距離なら往復しても日帰りできるって寸法よ。『日帰り』って素晴らしい言葉だと思うの。その概念を生み出した人もきっと帰りたい病だったんだろうね。

「ククク、わしは今や風となった! 否! 音や光にすら匹敵しようぞ! クッハッハ! ゴーゴーッ! なのじゃーッ! 」

 にしてもはしゃぎ過ぎでしょこの子。俺は絶叫マシンじゃねえぞ。

「つーか、わざわざ取りに行かなくてもほっとけば勝手に治ったりするんじゃないのか? ビョーキってそんなもんだろ?」
「お主はなに寝惚けたことを言っておるのじゃ」

 ヴァネッサは興が冷めたように平坦な口調で告げる。

「ただの風邪ならばそれでもよい。じゃが、インフエンザは放置すれば死ぬことすらあり得る病じゃ。……そう、熱は下がらず上がり続け、三日三晩悪夢に魘され、自分を迎えに来た死神の幻覚を見る頃には指先から次第にゲル状と化してスライムの仲間入りじゃよ」
「そんなグロい病気だったのか!?」

 エヴリルさんスライムになっちゃうの? 俺、スライム萌えでもないんだけど。

「冗談じゃ。スライムにはならぬが、皮膚が酷く爛れて最終的に死に至る。早ければ三日でな」
「結局グロいじゃねえか!?」

 そんな病気なら流石の俺もノーサンキューだ。スライム見かけたら飛び込むつもりだったけどやめとこう。

「そういうことならもっと飛ばすぞ! こっからは会話なんてできないからな!」
「じゃからスピードを上げろとさっきから言っておったのじゃ」

 なんだと? こいつ、ただ純粋にはしゃいでいただけじゃなかったのかよ。

「うきゃあああああああああっ♪ どんどん速くなるのじゃあああああっ♪」

 違う。この精神レベルお子様は本気で俺という絶叫マシンを楽しんでやがる。背中から腕を回してしがみつかれてるから耳元でキャッキャうるさい。
 でも柔らかく膨らんだナニカが背中に押しあてられて――


 ブースト!!


 で――
 しばらく飛び続けると、ヴァネッサが俺にしがみついたまま手首だけ動かしてタップした。プロレスラーがギブアップするような感じ。いつの間にか最初のテンションも消え去ってるし、お花でも摘みに行きたくなっちゃったか?

「イの字! あの山じゃ!」
「え!? なんだって!?」
「スピードを落とすのじゃ!? あの山がサラマンダーの生息地じゃて!?」
「ハッハッハ! なに言ってんのかまったくわかんね!?」

 風圧でお肌がプルップルになっている俺とヴァネッサ。自分の声すらろくに聞こえないこの状況を一言で表すなら『帰りたい』だろう。うん、ただの俺に常設されてる感情だそれ。なんにでも当てはまる便利な言葉。みんな使っていいよ。

 まあ、見えてるさ。山頂からもくもくと煙を噴き上げてる火山がな。
 言われなくても速度を落とし、ゴツゴツとした黒い山肌にやんわりと着陸す――


 ドゴォン!!


 クレーターができた。

「おおう」
「なにをしておるのじゃお主は!?」

 ドラゴンの膂力半端ない。ゆっくり着地したつもりが、ガッツリ地形を変えてしまったよ。今の地響きでそこら辺から古傷でも開いたかのように赤いドロドロがめっちゃ噴き上がってます。ヒャッハー! 溶岩ブシャーッ!
 山頂を見上げると、凄まじい地鳴りと共に黒煙がさっきの数倍の勢いで空を覆い始めているな。心なしか山全体が小刻みに振動しているような気もする。
 まあ、いいか。

「さて、サラマンダーを捜してさっさと帰ろう」
「お主が刺激したせいで噴火秒読みな件については?」
「近くに民家はなさそうだったし、そんな大きな火山ってわけでもなさそうだから大丈夫じゃね?」

 富士山の半分くらいかな。やだそれでも千メートル余裕で超えてるのね。
 まあ、〈古竜の模倣ドラゴンフォース〉状態の俺ならたとえ溶岩のプールだろうとクロールで泳げるから問題ないけどな。

「サラマンダーって聞くとトカゲっぽいイメージだが、どんな魔物なんだ? ヤバイやつか?」

 最悪亜竜クラスと戦闘しなきゃいけないって考えると帰りたい……じゃなくてその覚悟は決めているわけだが、ヴァネッサがそこに関しては大して恐怖してないっぽいから大丈夫だと思いたい。

「魔物と言うても、サラマンダーは益獣じゃよ。人に害なすほどの力もない。竈王神ウェスタ教会が火の魔法技術を普及させる前はサラマンダーを飼育して火種に利用していたくらいじゃ。何百年も前のことじゃが、最近でも地域によっては有効活用しておったりもするのじゃよ」

 ヴァネッサは自分の知識を自慢するように雄弁に語る。そのドヤ顔が無性に腹立たしいな。医者じゃなければ置いて帰るところだ。

「サイズはそうじゃのう、どんなに大きくても掌に乗る程度じゃ。赤い鱗をしたトカゲで、尻尾の先に炎がついておる」
「その尻尾の炎が消えたら死ぬとか?」
「んにゃ、別にそんなことはないのじゃ。尻尾は外敵に襲われた時に切り離して囮にするのじゃが、炎はそれをより目立たせるためと言われておるのじゃ。逆にサラマンダーが死ねば尻尾の炎が消える感じじゃの」
「もう完全にトカゲだな」

 一体どこで魔物認定されてるのかよくわからなくなってきた。それを言うと綿毛鳥フラフィバードもそうか。いやでもあいつでかいからなぁ。

 と、近くなにかが動いた。
 見ると、黒っぽい火成岩に張りつくようにして真っ赤なトカゲがこっちをじっと見詰めていた。尻尾の先には小さな炎が儚く揺れている。
 あ、これだ。どう見てもこれだ。

「おい、いたぞ。こいつだろ」
「そうじゃそうじゃ! あ、殺してはならぬぞイの字! 生きたまま切り離された尻尾でないと特効薬は作れぬのじゃ! 尻尾の炎が鮮度の目安じゃから、消えたらお終いじゃと思え!」

 なるほど、炎が消えるとサラマンダーじゃなくてエヴリルさんの命が危ないと。これは慎重に捕獲せにゃならんな。〈古竜の模倣ドラゴンフォース〉は解除した方がよさそうだ。

「クックック、イの字はそこで見ておれ。このわしが手本を見せてやるのじゃ!」

 顔に手をあてたカッコよさげなポーズでヴァネッサがニヤリと笑う。そういうことならプロに任せてみようじゃないか。激しく心配だけどな。

「そこを動くでないぞ」

 懐から魔法瓶を取り出したヴァネッサが抜き足差し足でサラマンダーへと近づいていく。サラマンダーはそんな彼女を円らな瞳で見て小首を傾げ――

「ほっ!」

 ひょいっ。

「たあっ!」

 ぴょん。

「えいやっ!」

 ささっ。

「ぐぬぬ……」

 捕獲せんと掴みかかったヴァネッサの手をことごとく回避した。ヴァネッサちゃんてば物凄い悔しそうな顔。

「なあ、遊ばれてないか?」
「そ、そそそそんなことはないのじゃ! わ、わしの方が遊んでやってるくらいじゃ!」
「そうか。逃げていくけど追わなくていいのか?」
「ふぁ!? ま、待つのじゃ!?」

 とたたたたっ! と慌てて火トカゲを追いかけるヴァネッサ。不安定な足場で走るから転びそうになってるよ。
 あの調子だと時間かかるぞ。俺は俺で探した方が早く帰れそ――

 グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
「ひゃあああああああああああああああああああっ!?」

 溜息をつきたくなったその時、獣のような咆哮と共にヴァネッサの悲鳴が火山全域に轟いた。

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