それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~

夙多史

第五十九話 話が違うぞヘクター!?

 王都――グラテンブルグとか確かそんな名前だったような気がするこの都市は、王城を中心に白亜の城壁がぐるっと円形に取り囲んでいる。
 東西南北にそれぞれ正門が構えられていて、俺たちの宿やギルドがあるのはその南門側だ。
 で、マンスフィールド商会御用達の医者兼薬剤師が住んでいる場所はというと……北の端だった。帰りたい。

「少し遠いので馬車に乗りましょう」

 流石はお金持ちのボンボン。ヘクターくんってばなんの躊躇いもなくその辺を走っていた空席の馬車を捕まえて乗り込みましたよ。

馬車タクシー拾わないと面倒な距離って、もっと近場に医者いないのかよ?」
「いるとは思いますが、オレは知りません。いつもその人に頼んでいたので」

 タクシーの運転手、もとい馬車の御者に行き先を告げたヘクターは申し訳なさそうに苦微笑した。

「お前んちとどういう関係なんだ?」
「オレの曾祖父の代から懇意にしてもらっているらしいんですよ。曾祖父は若い頃、まだ商会も立ち上げていなくて冒険者をしていたそうです。その時にチームを組んでいたとか」
「なるほどそういう繋が……待って、曾祖父って言ったか? じゃあその医者何歳だよ?」

 この世界には魔法という概念があるとはいえ、医療の発達した日本より平均寿命は低そうだよな。だとしてもかなーりご高齢のご老人になっちゃいますがな。大丈夫なの?

「そうですね。曾祖父が五年前に百三十歳で亡くなったので」
「お前の曾祖父も何者だよ!?」
「曾祖父よりずっと年上らしいので、百四十、百五十……? すみません、兄貴。確認したことがないので、ちょっとよくわからないですね」
「それ人間?」
「人間ですよ」

 実はエルフだったりするんじゃなかろうか。エヴリルが言うには人類以外の……亜人っていうのかな? とにかくそういうエルフだのドワーフだのといった他の種族も存在はしているらしい。会ったことないんだけどな。
 まあ、細身なのに筋力パラメータがオカシイどっかの王女様とかいるし、ヘクターの父親の変態お面大商人も軽く二百は生きそうな勢いだ。『異世界だから』ってことで納得するしよう。


 それから馬車に揺られること数十分。
 俺たちは馬車を降り――鬱蒼と繁った森の中を歩いていた。

「なあ、ヘクター」
「兄貴が言いたいことはわかります」
「ほう? 申してみよ」
「帰りたいのでしょう?」
「正解! 流石は俺の一番の舎弟だな!」
「恐縮です」
「だがそうじゃない!?」

 中心部の市街地を抜けたのはわかる。その先の住宅街を通り過ぎたのもまあ、いいだろう。そこから田畑が広がっていた辺りで「ん!?」と思ったけども、都市の中に畑くらいはあってもいいと思うからセーフ。

 しかし、森だ。

 いつの間に北の正門を越えたんだと思ったが、前方遠くに白亜の壁が高々と聳えているから王都内で間違いない。
 人工の森っぽいし、馬車を強制的に降ろされた場所に『これより先、私有地』と書かれた看板があったからもう不安しかないんですけど。

「まさかと思うが……この森全部、そのお医者さんの庭か?」
「そうですけど、なにかおかしいでしょうか?」
「くそう! 金持ちの感覚か!」

 マンスフィールド家が御用達にしてるって聞いた時から予想しておくべきだったな。ラティーシャから多額の報酬を貰って浮かれていた俺たちが馬鹿みたいじゃないか。
 この森の奥にどんな城が建って、どんな妖怪が住んでるんだと思うと戦々恐々して帰々宅々な気持ちになるよね。要するに帰りたい。

「あ、見えてきました。あそこです」

 と内心で小鹿のように震えていた俺だったが、ヘクターが指差した先には木造の平屋がポツンと佇んでいるだけだった。
 避暑地のガレージみたいで割とオシャレではあるけど、築年数は三桁に達している――そんな感じの、別荘ならともかく金持ちがガチで住んでるとは思えん家だぞ。

「ホントにここで間違いないんだな? 間違ってたら帰るからな?」
「大丈夫ですって。兄貴は心配性ですね」

 爽やかに笑うヘクターは玄関の前に立つと、扉の脇に設置されていた呼び鈴をチリンチリンと鳴らした。

「ワーデルセラムさん! いらっしゃいますか? オレです。ヘクター・マンスフィールドです!」

 呼び鈴を鳴らしたにも関わらず、大声で家主を呼ぶヘクター。

 すると――とたたたたたたっ!
 家の中から小刻みな足音が聞こえてきた。

 そしてその足音がやんだ次の瞬間――バン! 扉が跳ね除けられたかのように勢いよく開いた。

 だが、そこには誰もいなかった。魔法かなにかで扉を開けたのか?
 と――

「クックック、よくぞ来たのじゃ。待っておったぞ、マンスフィールド家の倅よ」

 玄関奥の薄暗い廊下からなにやら『全て予想してましたよ』とでも言わんばかりの声が響いてきたぞ。
 しわがれた低い声……じゃ、ないな。イメージと全然違う。子供っぽいってていうか、女の子の声だこれ。
 嫌な予感。

「は?」

 ゆっくりと歩み出てきたその姿は、懸念通り、よもぎ色のローブを纏っただった。十代前半から半ばってところか。鳶色の髪をツインテールに結っていて、背はエヴリルよりちょっと高いかな? でもローブの一部を隆起させている二つの双丘は魔眼発動! 上から八十五・五十七・八十三! ……違います。新たな登場人物を分析しただけです。他意はないですげへへ。
 じゃなくて!

「こいつが、医者兼薬剤師?」

 疑惑をこれでもかと詰め込んだ声で呟くと、少女は『クックック』と意味深に笑いながら紅葉色の両眼をカッと見開き――

「我が名はヴァネッサ・アデリーヌ・ワーデルセラム! 地母神ガイア様の愛娘にして大地を司る至高で究極の大魔導師なのじゃ!」

 右手で前髪を掻き上げるようにしたポーズのドヤ顔でそう名乗った。

「……」
「……」
「……」

 ――バタン。
 俺は静かに玄関の扉を閉めた。

「さて、帰ろう。帰って医者を捜そう」
「いえ、えっと、兄貴これはですね――」
「待つのじゃ!? なにが不満だったのじゃ!? 医者ならここにおるではないか!?」

 再び玄関の扉が開こうとしたので俺は反射的に体当たりで押し返した。

「ふぎゃん!?」

 なんか扉にぶつかったらしい悲鳴が聞こえたが気のせいだ。今の俺の使命は、全身を使った全力全霊で扉が開かれるのを阻止することにある! 奴を、あのどう考えても頭ポンコツな魔導師を封印されし居城から出してはならないのだ!

「話が違うぞヘクター!? 少なくとも開口一番から変人を拗らせてることが丸わかりな人間って話じゃなかったはずだ!?」
「なぜ閉めるのじゃ!? 変人ってわしのことかや!?」
「あと曾祖父の話どこ行った!? どう見ても俺らと同い年か少し下の女子じゃねえか!?」
「あーけーるーのじゃあああああッ!?」
「やかましい!? 帰ってろ!?」

 バンバンバンバン! と自分の家の扉を内側から猛烈な勢いで叩き始める少女。俺の直感が叫んでいる。こいつはお面変態大商人と同じ、絶対に関わっちゃいけないタイプの人種だ。

 どうすれば無関係のまま帰れる?
 どうすれば平穏無事にこの場を去れる?
 どうすれば、さっきの痛々しい名乗りを見なかったことにできる?

「あの、兄貴、勘違いしてますよ。オレの言ってた医者はテッサ・マルゴ・ワーデルセラムさんと言ってですね」

 ヘクターが冷や汗を掻きつつ俺に扉を押さえるのをやめるようジェスチャーする。なんだかこの子「ぐぎぎぎぃ」とか言いながら思いっ切り押しにかかってきてるんですけど……しょうがない、退くか。

「ぎゃあっ!?」

 俺が押さえるのをやめた途端、再び弾かれるように開いた扉から勢い余った少女が飛び出してでんぐり返りながら何メートルも転がった。

「彼女の曾祖母にあたる人です」

 ヘクターは溜息をついてうつ伏せに倒れて目を回す少女――ヴァネッサを見た。スカートが翻って白い三角形が丸見えだった。
 だが、すぐにヴァネッサちゃんはハッと正気づいて飛び起きちゃったよ。

「い、いきなり開けるでない!? おいヘの字、この無礼な男は何者なのじゃ!?」

 キッ! と涙目で俺を睨むヴァネッサ。人を指差すとかそっちこそ無礼だな。俺が気にしない人間だったことを幸運に思え。だからもう帰っていいかな?

「こちらはオレが尊敬する冒険者の兄貴分で……………………兄貴です」
「伊巻拓な!? てか、今思えばこの世界って俺を名前で呼んでくれる人いなくね!?」

 気づいちゃった真実。一番一緒にいるはずのエヴリルさんだって『勇者様』としか呼ばないんだもん。そういえばあの子も一回忘れてたよね。そんなに覚えにくい名前なのかしらん?

「イマキタク? 変な名前じゃの」
「あんただって年寄り臭い変な喋り方じゃないか」

 これで実は年齢が百五十とかだったら納得だが、話を聞く限り見た目通りだ。

「ふふん、威厳があるじゃろ?」
「……せやな」

 ドヤ顔でそう言われたら温かい目をするしかないよね。威厳、ミジンコほどもないですよ。

「えーと……オレたちは診察の依頼をしに来たのですが、テッサさんは?」
「なんじゃ、遊びに来たんじゃないのかや」

 どこかつまらなそうに唇を尖らすと、ヴァネッサは服の汚れをはたいてから家の中へと戻っていく。

「曾お婆ちゃんなら中におるのじゃ。入るがよい」

 曾孫でコレとなると非常に怖くて帰りたいのだが、ここまで来てしまった以上は仕方ない。
 鬼が出ようが蛇が出ようが山姥が出ようが、即断で帰れるように覚悟だけ決めてからお邪魔することにした。

「それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く