それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~

夙多史

第四十八話 勇者様! この依頼受けるです!

「俺がオフトゥンだと思えば、そこはオフトゥンなんだ」

 床に溜まった涙の海で沈没していた勇者様がやっとこさ復活したかと思えば、開口一番から意味不明なことを言い始めたです。

「よって俺は床で寝ていたわけではない! 俺は自主的にひんやり気持ちいい場所を求めて下界に降りたわけであって、決してオフトゥン上の生存競争に敗れたとかではない! 断じて!」
「泣いてたように見えたですが?」
「感涙だ」
「丸くなって震えてるように見えたですが?」
「ユカトゥンの素晴らしさに打ち震えていたのだ」
「また変な造語ができてるです!?」

 ていうか、なんなんですか? 勇者様のこの無駄なプライドは? わたしは小さく息を吐くと、まだ鎧を脱いでほとんど下着状態の王女様を見るです。

「王女様、このベッドがお気に召したのでしたらどうぞお持ち帰っていただいて結構です」
「ごめんなさい嘘ですめっちゃ寒くて硬くて超泣いて震えていましただから俺のオフトゥンはオフトゥンだけは処分しないでくださいお願いします神様仏様エブリル様ぁあああああああああああッ!?」
「よいのか? ふむ、確かに王宮のベッドは無駄に飾って堅苦しくて性に合わなかったところだ。私はこのような庶民的な方が好きだな。ありがたく頂戴しよう」
「ヒャメテェエエエエェェエエエェエエェエエエェエェエエェエェエエッッッ!?」

 ひょいっと片手でベッドを持ち上げた王女様の腰に滝の涙を流す勇者様が縋りついたです。とんでもなく無礼なことやってるですが、王女様は特に嫌そうな顔はせず、寧ろ笑っていたです。

「冗談だ」

 ドスン! 王女様がベッドを床に落とすように置いたです。今ので宿全体が軽く揺れたですね。

「ゴラァこの筋力馬鹿王女! この方をどなたと心得る! オフトゥン様であらせられるぞ! もっと丁寧に扱え!」
「勇者様こそもっと丁寧に言葉を扱ってくださいです!?」

 まったくこのダメ勇者様は、相手が目上の人だってわからないですかね! 目上どころか雲の上です。脳が筋肉でも王女様なんですから。
 まあ一つ救いなのは、この王女様がそういうことをお気になさらないところですね。

「ははは、勇者殿は本当にこのベッドがお気に入りなのだな。なにか思い入れでもあるのか?」
「当然。一晩でも共にすれば、それはもう俺の大事なパートナーだ」

 この前ヘクターくんちの最新型ベッドに買い替えようとしてた勇者様がドヤ顔でなんか言ってるです。

「そうか。だが、私もつい寝落ちてしまうほど気に入ったのは本当なのだ。どうだ、勇者殿。ここは一つ、王宮にある私のベッドと交換してみないか?」
「フン。魅力的な提案だが、俺は浮気しないって決めてるんでな」
「勇者様、じゃあなぜベッドを王女様に押しつけようとしてるですか?」
「ハッ!? 俺としたことが!? いくら超高級そうだからって他人が使用済みのオフトゥンの誘惑に負けるなどぐぬぬぅ!?」

 王女様に向かってベッドを両手で押していた勇者様は我に返ったように正気づくと、なにやらやたらと悔しそうに歯噛みを始めたです。「我が家のオフトゥン。だが王宮の王女様使用済みもふふわオフトゥンも捨てがたい」と勇者様の中で凄まじい葛藤が起こってるですね。フフフ、脳天かち割る勢いでぶん殴ったら目を覚ますですかねー?

 と危うく神樹の杖を握る手に力を籠めそうだったわたしですが、そこはぐっと我慢して溜息を吐くです。

「はぁ……なんかもうどうでもいいですから、本題に入るです」

 わたしは隠そうともしない葛藤を続ける勇者様を無視して、王女様に視線を向けたです。

「王女様、勇者様に用事があるって聞いたですが、もしかしてこの国でまたなにかマズイことでも起こっているですか?」

 実際、起こってるです。
 先日の結婚式。そこで、今度はダイオさん――人間が〈呪い〉を受けていたと勇者様は言っていたです。もしかするとそのことかもしれないので、わたしは心の中でそっと身構えたです。
 けど、王女様は首を横に振ったです。

「いや、そういうわけではない。ただこれは、勇者殿にしか頼めなくてな」
「お断りします」
「早いです勇者様」

 ゴッ!
 しまったです。つい癖で勇者様を殴っちゃったですね。もちろん、さっき手に力を入れた神樹の杖で。

 後頭部に大きなタンコブをこしらえて床と熱烈なキスを交わす勇者様なんて気にせず、王女様は話を続けるです。

「実は、今回はお忍びなのだ。私の個人的な願いに護衛をぞろぞろ引き連れてくるわけにもいくまい」
「え!? あ、あの、王女様? も、もしかして黙って来ちゃってるですか!?」

 マズいです! もしそうならわたしたちが下手すると誘拐犯扱いになってしまうです! 勇者様だけならともかく、わたしまで冷たい牢獄暮らしをするなんて嫌ですよ!

「案ずるな。ちゃんとサイラスには伝えてある」
「それならよかっ――」
「筋肉信号で」
「なんて?」

 ちょっと待ってくださいです。わたしの耳が腐ってなければ、今、王女様がなんか変な用語を口にしたです。

「筋肉信号だ。例えばこう、上腕二頭筋をふんぬ! と隆起させることで発生する空気振動を利用して互いの言いたいことを伝え合う意思疎通方法だ。古くからある伝統的な方法なのだが……知らないのか?」
「あって堪るかですそんな意思疎通方法!?」
「まあ、私の細腕では少々伝わりづらいだろうが」
「そういう問題じゃないですから!? サイラス将軍絶対わかってないですよ!?」
「馬鹿な!? そんなはずはない!? 現にギルドの素晴らしい筋肉の持ち主たちとはわかり合えたのだぞ!? 勇者殿の家は彼らに筋肉信号で教えてもらったのに!?」
「そこだけの世界です!?」

 なぜ教えてもいないわたしたちの宿に王女様一人で来られたのか不思議だったですが、あの筋肉どもは今度会った時とっちめてやるです。

「やだこの脳筋。ぼくちゃんもう帰りたいじょ……」
「勇者様、現実を見てくださいです。ここは勇者様の部屋です」

 起き上がった勇者様はこのまま砂になって消えてしまう勢いの疲弊した顔をしていたです。納得いかんです。なんでツッコミもしてない勇者様が疲れてるですか。

「で、用事ってなに?」

 もう投げ槍な調子で勇者様が本題に軌道を修正するです。すると、王女様は少し言いづらそうに口を噤み、視線を泳がせて――

「ああ、そのことなんだが、その、なんというか……こほん! こ、これは少々、言いづらいものだな……」

 あれ? なんで王女様、ちょっと頬を赤くして勇者様を上目遣いでチラチラ見てるですか? 憎たらし気に膨らんだ胸の前で指をつんつんさせてるです。
 まさか、王女様は……勇者様を……?

「ええい! 覚悟を決めよ私!」

 パシン! と王女様は気合いを入れるように自分のほっぺたを叩いたです。そんな、ダメです。いくら王女様が変人とは言え、こんなダメダメでダメなダメ勇者様をす、好きになるなんてそんなこと――

「勇者殿! お願いだ! わ、私と付き合ってくれ!」
「わわわわわわわわぁあああああああああああッ!? わぁあああああああああッ!?」
「訓練に!」
「わー……」

 あるわけないですよねー。

「む? どうした、エヴリル殿? 心なしか視線が冷たいのだが?」
「いえ、なんでもないです。気のせいです」

 なんでですかね。別にほっともしてないです。急に心が冷めていって、なんか本当にどうでもよくなってきたです。いろいろ。

「訓練……だと?」

 と、勇者様が死ぬほど嫌そうで迷惑そうな顔をしたです。

「ああ、その通りだ。恥ずかしながら、我が王宮の兵士たちでは私の相手が務まらないのだ」

 そんな程度の恥じらいであんな思わせぶりな仕草をすんなです! って言いたいです。我慢。

「んなもん将軍に頼めよ! あのサイラスって将軍は力ではラティーシャに負けても、技術では圧倒的に上のはずだ!」

 そうです、勇者様。いいことを言ったです。
 ほら、王女様も納得しているように鷹揚に頷いたです。

「ああ、将軍たちであれば私も存分に戦えるだろう。だが――」
「「だが?」」

 わたしと勇者様が声を重ねて問うと――フッ。王女様の表情に陰りが見えたです。
 嫌な予感。

「誰も……相手を、してくれないのだ」

 王女様はつらそうに、寂しそうに、お腹の底から悔しそうにそう言ったです。

「……」
「……」

 顔を見合わせるわたしと勇者様。わたしたちの気持ちは一つになったです。
 この王女様を知っている者であれば、わたしたちだってそうするです。

「忙しいのであれば仕方ないと割り切ろう。だがしかし! 奴らは私になんと言ったと思う? 『お願いします王女殿下!(我々が)危ないので訓練などお止めください! ていうかこれ以上王宮を壊さないでくださいマジで!』だぞ! 全く失礼な!」
「それは将軍さんたちの方が正しいです」

 小声部分もしっかり聞き取っていた辺りがなんとも地獄耳だったです。
 そうなんです。この王女様は困ったことに、華奢な見た目からは想像できないくらいの力持ちさんなのです。……という言い方だと可愛いですね。勇者様の言葉を借りるなら、筋力ぱらめぇたぁが怪物級。ほら、さっきもベッドを片手で持ち上げていたですし。

「要は王宮や街を壊さない場所でやればよいのだろう? だが兵たちを、それも将軍クラスを無暗に街の外へ連れ出すわけにも行かん。そこで頼りになるのが冒険者ギルドだ」

 この人、どんだけ訓練したいんですか? その曲がることを知らない執念に、ついに勇者様が折れてしまったです。

「わかった。なら俺があの筋肉チームに推薦状を――」

 ガッ!
 さらっと筋肉チームに丸投げしようとした勇者様の肩に、王女様が手を乗せてぐいっと顔を近づけたです。

「勇者殿! わかっているはずだ。今、この王都の冒険者ギルドで私を満足させられるのは勇者殿しかいないと!」
「ちょ!? 放せ!? 顔近いから!? いい匂いがするなチクショーメ!?」
「無論、これは冒険者への依頼だ。私の個人資産おこづかいからだから少ないが、報酬も出す」

 そう言うと、王女様は胸の谷間に手を突っ込んで一枚の羊皮紙を取り出したです。いやですね、そこはポケットじゃないですよ王女様オノレオノレオノレ……。

 わたしは心の中で万斛の怨嗟を唱えながら渡された依頼書に目を通すです。
 報奨金の桁が一、二、三、四、五、六、七…………ふう。

「勇者様! この依頼受けるです! 王女様のお願いを断るなんてわたしには恐れ多くてできませんです!」
「エヴリルさん目がお金になってますけど!?」

 そんなことはないです。このボロ宿を出ていって高級宿で一年は豪遊して暮らせる額に目が眩んだとかそんなことはないです。
 あくまで王女様のお願い。
 一国民として、ノーとは言えないですよね!

「勇者殿! 頼む!」
「勇者様! 絶対受けるです!」

 王女様とわたしの二人して苦い顔をする勇者様に詰め寄るです。
 ですが――

「「勇――?」」

 一瞬だったです。
 勇者様が、わたしたちの目の前から忽然と姿を消したです。

「あれ? 勇者様?」
「むむ? 勇者殿が消えた?」

 おかしいです。勇者様は転移系の能力は持っていないはずです。そんなものがあったらどこへ行っても帰宅されてしまうですし、下手すると勇者様の世界に帰ってしまうかもしれないです。

 ふわっと風が舞い込んできたです。
 見ると、さっきまでは閉まっていたはずの窓が開いていたです。
 ということは――

「ハッ! しまったです! たぶんわたしたち〈凍結〉されていたです! 勇者様は窓から逃げやがったですよ王女様!」
「なるほど、勇者殿は最初の訓練として『己を捕まえてみよ』と言っているのか」
「絶対違うです!?」
「確かに勇者殿を捕まえようとするなら並大抵のことでは不可能だ。面白いではないか!」
「だから違うと思うです!?」

 わたしの声など感極まった王女様には届かないです。王女様は部屋の隅に置かれていた白銀の鎧を着ると、巨大な魔物も一撃で両断できそうな大剣を肩に担いだです。

「行くぞ、エヴリル殿! 早急にこの課題をクリアしてみせよう!」
「わたしもですか!? ……い、いえ、わかったです。報酬――じゃなくて王女様のため、勇者様にはお縄についてもらうです!!」

 こうなったら、もうどこへだろうと追いかけてやるです。
 絶対に逃がしませんよ、勇者様。

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