それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~

夙多史

第四十五話 もういっそ死にたい……

「帰りたい……いやもういっそ死にたい……」
「しっかりするです勇者様!? 流石に死にたい病はシャレにならないです!?」
「エヴリッシュ、僕もうゴールしてもいいよね……?」
「誰ですかエヴリッシュって!? なんでもいいですから帰って来てくださいです勇者様ぁあッ!?」

 なんとか中年オヤジのハグやら接吻やらから解放された放心状態の俺に、エヴリルさんが必死に揺さぶって呼びかけてくる。うふふ、もうお婿に行けない。いや、行く気はさらっさらにないんだけどね。
 このまま死ねばまた神様のところに行けるかな? もし行けたら天空神クソジジイの髭を一本一本時間かけて引き抜いてやろう。あらやだ、そこマジ天国じゃね? うふふ。えへへ。

「帰ってこいです勇者様!」

 ゴッ!
 脳天をブチ抜くような神樹の杖の痛みが俺を現実に引き戻した。

 ああ、そういえばまだ仕事が一つ残ってやがった。やだなぁ、『仕事が残る』とか。絶対に聞きたくないワードランキングの上位に余裕でランクインしそう。

「えーと、つまり、パパは誰かに操られていたということでしょうか?」

 ウェディングドレス姿のディーナさんが可愛らしく小首を傾げる。俺が放心している間にエヴリルが説明してくれたのかな? だったら話は早いが、ちょっと認識が間違っているな。
 あの〈呪い〉は、催眠術なんかじゃねえんだよ。

「操られていたというより、〈呪い〉によって本能的な感情が暴走させられていたって感じだな。ダイオさんは最初から花婿抹消計画を企んでいたようだが、ここまでするつもりはなかったんじゃないか?」

 俺は他の冒険者に羽交い絞めにされているダイオさんを見る。見たくないけど、見る。

「冒険者殿の言う通りであーる。花婿ゴキブリは結婚後にイジメ倒して離婚に追い込む予定だったのである」
「貴様、それはそれで聞き捨てならんぞ……」

 ベイクウェル家の当主さんが一度引っ込めてくれた怒りを再燃させ始めた。拳を握ってふくよかな体をぷるぷるさせちゃってるね。
 が、ダイオさんは対等の地位であるはずの彼を見向きもしないぞ。
 なにせ、俺しか見てない。

「そんなことより冒険者殿! 我輩はもうお主なしでは生きて行けないである! 是非とも今日から我輩の邸で、いや我輩の部屋で一緒に住もうではないか!」
「却下だ! 俺は帰る! 絶対に帰るからな!」
「こ、これも〈呪い〉か……」

 あ、ベイクウェル家の当主さんの怒りが一瞬で鎮火した。なんかもう憐れなイキモノを見る目になってる。

「あなた」

 と、ここに来てようやくプリチャード夫人が真っ白な視線をダイオさんに突き刺した。ダイオさんはビクリと肩を震わせて滝汗を掻く。

「ハッ! 違うのである! これは別に浮気とかではなくペット……そう、ペットである! 冒険者殿が我輩をペットにして飼うのである! 冒険者殿に調教される我輩。うぇへへ❤」
「ちょっとその人追い出してくれませんかね!?」

 やばい。なにがやばいって俺の鳥肌がやばい。このままだと蕁麻疹に昇華して意識を幸せな場所に放り投げそうだったから警備の人に連行してもらった。……ふう、助かったぜ。
 この〈魅了〉について一つ救いがあるとすれば、対象者の視界に俺が入っていなければ正常に戻ることだ。でなけりゃ今頃俺の宿は綿毛鳥の巣になってるはずだからな。
 これでやっと話が進む。

「それで、誰が〈呪い〉をかけたのかはわからないのですか?」

 なんかイケメンが質問してきた。

「それがわかるなら俺は今すぐそいつをぶん殴りに行ってるよ。てかあんた誰?」
「勇者様、ベイクウェル家の三男さんです」
「レナルド・マルス・ベイクウェルです」

 あー、そういえばいたね。一人だけでっぷりしてなくてイケメンな人が。果てしなくどうでもいい。知り合いのイケメンはヘクターだけで充分だ。

「〈呪い〉の犯人はわからんとしても、あの狂った脅迫状を送った犯人はわかったわけだろう? この場は解決したのであれば結婚式を続けるぞ」

 ベイクウェル家の当主さんがもうどうでもよさそうに鼻息を鳴らした。結婚式は続けるのね。もうやめちゃってもいいのにね。そしたらみんな帰れてみんなハッピー……というわけにもいかないか。

「勘違いしてるみたいだが、脅迫状はダイオさんじゃねえよ」
「なに!?」

 物凄い勢いで睨まれた。俺、こういう上司っぽい人に睨まれるのマジでダメなんです。あとパトカーや警察署の前を通るのもダメなんです。なんも悪いことしてないのに思わず身を竦ませちゃうの。

「どういうことです、勇者様?」
「えーとな、あんな強硬手段に出たダイオさんが脅迫状なんて回りくどいことを考えられるわけがない。ついでに言うと、俺たち冒険者に依頼したのもダイオさんじゃない。俺がダイオさんなら自分を止めてしまうような連中を呼ぶわけがないからな」
「それは……そうですね」

 みんなが頷いて納得したことを確認し、俺は話を続ける。

「ダイオさん以外にもう一人、この結婚式を台無しにしたいと思っていた奴がいるんだ。この中にな」
「勇者様ですね」
「なぜバレた」
「だって勇者様ですよ?」
「ダイオさんと俺以外にもう一人、この結婚式を台無しにしたいと思っていた奴がいるんだ。この中にな」
「言い直したです!?」

 早く帰るために結婚式の中止を願っていた俺は容疑者には含まれません!

「ディーナさん、その大事そうに持ってる指輪を見せてくれ」
「!?」

 一瞬だけ目を見開いたディーナさんだったが、恐る恐る俺に指輪を渡してくれた。

「これの内側に薬が塗ってある」
「薬ですか?」
「ああ、この指輪を嵌めると……」
「嵌めると?」

 バン! 教会の扉が乱暴に開かれた。

「貴様ら! 我輩はプリチャード家の当主である! 我輩を除け者にして話を進めるなど冒険者殿ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ❤」
「ほーらダイオさん指輪あげる」
「冒険者殿からゆゆゆゆ指輪のプレゼントであると!? これはすぐに嵌めるしかなぎゃあああああああああああああ指が!? 指が痒いのであぁああああああああああある!?」
「皮膚がかぶれてめっちゃ痒くなる。それはもう死ぬほど痒くなる。ご覧の通り、結婚式どころじゃなくなるレベルで」

 指輪を左手の薬指に嵌めて床を転げ回ったダイオさんが再び警備の人に連行されていく。俺は薬の効力をその身で教えてくれたことに心中で敬礼することにした。

「そんな薬があるのですか?」
「普通はないです。でも、そうですね。ちょっと薬術の知識があれば『はみはみ草』を使って作れると思うです」

 三男さん――レナルドさんの疑問には薬術の知識があるエヴリルが答えてくれた。その植物は俺もよく知っている。薬草採取をしていた森に自生していたからな。

「一体誰が……?」
「俺の眼は誤魔化せねえぞ――ディーナさん、あんただ」
「――ッ」

 しらばっくれて長引きそうだったからハッキリ言ってやった。

「時間がなかったのか知らんが、俺の能力を知っていながら自分で塗ったのが運の尽きだったな」
「私は――」
「そうだ! 彼女がそんなことをするはずがない!」

 レナルドさんが庇う。確かに証拠はない。俺が魔眼で視ただけだ。だが、時間をかければ薬の隠し場所を見つけ、それを調合した薬剤師を探し出して誰に頼まれたか吐かせることだってできる。めんどいけどな。

「動機までは〈解析〉できない。本人に言ってもらおうか」
「君、いい加減に――」
「いいのです、レナルド。英雄様の言う通り、私が脅迫状を送って、指輪に薬を塗りました」

 あっさり白状してくれて助かる。ディーナさんは犯人なだけに、俺の魔眼がどれほど正確で脅威的なのか一番よく悟っているようだ。

「どうしてです? 昨日はあんなに幸せそうだったじゃないですか!」

 エヴリルが少し泣きそうな顔で訊ねる。ディーナさんはどこか寂し気な頬笑みを浮かべると、ダイオさんが連行されていった開きっぱなしの扉を見据えた。

「パパが、なんだか危なそうなことを企んでいるのには薄々気づいていたのです。だから、私が先に結婚式を台無しにしてしまえば誰も傷つかないと思いまして」

 ダイオさんバレバレだったからなー。それなのに薄々ってディーナさんも大概かもしれんが……。

「脅迫状は結婚式を中止にできなかった時、冒険者ギルドに依頼する口実にもなる、か」
「でもでも、そんな簡単に自分の結婚式を壊せるわけがないです!」

 エヴリルはどうしても納得がいかないようだ。確かに昨日の言葉が嘘とは思えない。

「それはそうでしょうね。私が、ボードワン様を本当に愛していればの話ですが」
「え?」

 ポカンとしたのは俺たちだけではなかった。この場にいる全員が静まり返った中、ディーナさんは一人の男に視線を向ける。

「私が愛しているのは……レナルド、あなたです」
「……………………えっ?」

 レナルドさんの時が止まった。

「ディーナ、僕は――」
「本当はあなたと結婚できればよかった。だけど、あなたは養子。純粋にベイクウェル家の血をプリチャード家に入れるにはボードワン様と結婚するしかなかったの」

 レナルドさん、養子だったのか。どうりで他の人といろいろ違うわけだ。見た目とか、見た目とか、あと見た目とか。

「結婚式を再開する」

 急に何倍もの重さになった空気を壊すように、初めて聞く声が教会内に響いた。
 声の主は……新郎のボードワンさんだった。

「新婦はディーナ・リズベス・プリチャード。新郎は――お前だ、レナルド」
「義兄さん?」

 ボードワンさんはタキシードの上着を脱いでレナルドさんに被せた。体型が全然違うからタキシードぶかぶかですね。

「花嫁が求めているのは俺じゃない。俺も、俺に恥をかかせようとした女なんてごめんだ」
「ですが、両家の血を――」
「血統などカビの生えた古い風習にすぎん。大事なのは繋がりだ。――親父、それでいいな?」

 ボードワンさんに睨まれ、ベイクウェル家の当主さんは数秒ほど目を閉じて逡巡した後、諦めたように口を開いた。

「……好きにするがいい」

 許可を貰うと、ボードワンさんはそのまま背中を見せて教会の出口へと歩いていき――

「幸せになれよ、義弟よ」

 最後にそれだけ告げて、静かに姿を消すのだった。

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