それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~

夙多史

第四十一話 あなたはだんだん帰りたくなーるー

 俺はエヴリルに引きずられるようにして王都の貴族街へと連れて来られた。
 どこもかしこも馬鹿みたいに広い豪邸ばかりだ。ヘクターんちで見慣れてなければ田舎者みたいになっていたかもしれん。こういうとこに住むのはちょっと憧れるけど……やっぱ俺は六畳一間くらいが落ち着きそうだなぁ。

「ううぅ、今思えば貴族様のお屋敷に行くなんて緊張してきたです……」
「あなたはだんだん帰りたくなーるー帰りたくなーるー」
「ならないです!? 変な暗示かけようとしてないでちゃんと歩いてくださいです勇者様!?」

 催眠術は失敗した。くっ、俺はいつもこんなに帰りたいのに、なんで他人を帰らせたくなる能力がなかったのか。精神系は封印している〈魅了〉だけだし。
 俺には七つのチート能力がある。分析系、攻撃系、打消系、模倣系、停滞系、創造系、精神系(魅了)……図ったように転移系とか次元を超えられる系とかがないところに神の悪意を感じます。

「ほら着いたですよ。しゃきっとしてくださいです!」
「うぇ~い」
「果てしなくやる気のなさそうな返事!? そんなんじゃ門前払いくらっちゃうですよ!?」
「マジで!?」
「嬉しそうにするなです!?」

 エヴリルさんが頭から角が生えそうな形相で神樹の杖を握ったので、俺は曲がっていた背中をシュッと伸ばした。これ以上はイケナイ。

「すみませんです。わたしたちは冒険者ギルドの者です」

 門番をしていた警備兵にエヴリルが話をつけて中に入れてもらう。ちなみにギルドには冒険者の身分を証明する手帳があって、それを見せることですんなり通してもらえた。五つ星となれば渋られることもない。なんか警察手帳みたいでカッコいいですね。

 客間に通された俺たちは、メイドさんが出してくれた紅茶とクッキーに舌鼓を打ちつつ依頼主が来るのを待った。飾られている絵画やその辺に置かれている調度品一つ一つがとんでもない高級品だとわかるな。このティーカップなんて俺たちの収入一年分でも足りないんじゃね?

「自分の力を見せつける意味があるんだろうけど、庶民には落ち着かないよなぁ」
「そ、そうですね」
「帰りたくなるよなぁ」
「こっち見んなです」

 いくらアピールしてもエヴリルさんには通用しないか。だが、もしここでお面をつけた小太りの中年が出現したら俺はなにも考えず回れ右するぞ。絶対関わっちゃ面倒臭い人種だからな。

「待たせたのである、依頼を受けてくれた冒険者諸君」

 幸いなのか不幸なのか、現れたのは派手派手しい豪奢な赤いジュストコールを羽織った、いかにも貴族ですと主張しているような中肉中背の男だった。お面は被っていない。明らかに俺たちを見下したような眼をしているぞ。そんな眼で見つめられたら私実家に帰りたくなっちゃう!
 そんでもう一人。真紅のドレスを纏った俺よりちょっと年上っぽい綺麗な女の人も入ってきた。まさか奥さんじゃないだろうから娘さんかな。この世界、父親の遺伝子が娘に与える外見的影響がとても少なくて素晴らしいと思います。

 二人が対面のソファーに座ったところでエヴリルが起立した。緊張した面持ち。俺たちは王女様と軽く旅したこともあるんだぞ? もう少し余裕を持てばいいのに。

「え、エヴリル・メルヴィルです! こちらは勇――(勇者様、名乗るです)」
「(お前実は俺の名前覚えてないだろ)――えっと、伊巻拓です」

 深々と頭を下げるエヴリルに倣って俺も軽く会釈した。隣のエヴリルさんから「ああ、それです!」的な雰囲気を感じたんだけど、この子ってば本当に俺の名前忘れてたのかしら?

「なるほど、貴公がドラゴンを退けたと言われる冒険者であるか」
「まあ!」

 男はフンと鼻息を鳴らし、女性は感動したように口元に手を当てた。俺の名前ってもしかして有名になってない? やだわもう困っちゃう。あっちこっち引っ張りだこにされて帰れなくなっちゃう。……早く無名に戻らねば。

「我輩はダイオニシアス・リズレイ・プリチャードである。こちらが明日結婚する予定の娘で」
「ディーナ・リズベス・プリチャードと申します」

 ソファーにふんぞり返る男と丁寧にお辞儀する女性。ふむふむ、覚えた。ディーナさんと、ダイ……ダイ……ダイオキシンみたいな名前の人ね。

「この度はご結婚おめでとうございますです、ディーナ様」
「はい♪ ありがとうございます、エヴリルさん!」

 ぱぁあああっと満面の笑顔を見せるディーナさんは……心の底から結婚することが嬉しいみたいだな。そんなに素敵な殿方なのかしら? まったく理解できん。

「……おのれベイクウェル家のドラ息子ぶち殺す」
「「えっ?」」

 とんでもなく物騒な言葉が聞こえ、俺とエヴリルは弾かれたようにダイオキシンさんを見た。

「なんでもないのである」
「いや、でも、今なんか」
「なんでもないのである!」

 うわ……やばい、これ面倒臭い人種の気配がする。帰ってもいいかな? とエヴリルにアイコンタクト。我慢するです勇者様、とアイコンタクト返し。
 そうとわかれば無駄に話を広げることは得策ではない。これはもうさっさと仕事を終わらせた方が早い。
 切り替えるか。

「えーと、その結婚を中止しろっていう脅迫状が届いたとか?」

 真面目モードのスイッチを入れた俺は依頼の核心部分を訊く。すると、ダイオキシンさんはふんすと鼻息を鳴らして激情のままにテーブルを叩いた。

「その通りである! どこの馬鹿か知らぬであるが、我輩の愛娘の結婚式を邪魔しようなどといいぞもっとやれゲホンゲホン! とても許されることではないのである! ふん捕まえて花婿共々磨り潰して魔物の餌にしてくれるのである!!」
「花婿さんも巻き込んでるですよ!?」
「そんなことは言っていないのである」

 つーん、と白々しくそっぽを向く中年オヤジがそこにいた。大丈夫。大丈夫だ俺。まだお面の方がキツイ。

「ごめんなさい。パパったらずっとこんな調子なの」

 ディーナさんが苦笑する。変人の父親から常識人が生まれることはこの世界ではデフォルトなのかもしれない。

「その脅迫状を見せていただいてもいいですか?」

 エヴリルさんナイス進行。

「これである」

 ダイオキシンさんが懐から一枚の羊皮紙を取り出してテーブルに置いた。そこには殴り書いたような字でこう記されていた。

『プリチャード伯爵家とベイクウェル伯爵家の結婚式を中止せよ。さもなくば両家に不幸が舞い降りるだろう』

 この人、伯爵だったのか。

「ダイオキシンさん」
「ダイオニシアスである」

 素で間違えた。

「この脅迫状って花婿の方にも届いたのか?」
「そうである」
「書いた犯人に心当たりは?」
「ないであるな。……いや、プリチャード家とベイクウェル家が血縁関係を結べば貴族としての力は増すのである。それをよく思わない他の貴族共の仕業かもしれんのである」

 もっともな推測だ。具体的にどう力が増すのか貴族制を知らない俺にはわからないが、要するにでかい会社同士の合併って感じだろ。そうなるとリストラする人も出てくるだろうから内部犯の可能性もあるな。
 俺は脅迫状を手に取って軽く振ってみた。

「ということは、この脅迫状を書いたは誰かに雇われてたってことか」
「えっ?」

 告げると、ダイオキ――ダイオニシアスさんは鳩が豆鉄砲を食ったようにポカンとした。

「な、なんでそんなことがわかるであるか?」
「見たらわかるんだ」

 俺は自分の眼を指差す。〈嫉妬の解析眼インウィディア・アナリシス〉――見た物のあらゆる情報を解析し必要な部分だけ表示してくれる便利な魔眼だ。今やったように、ちょっとしたサイコメトリーの真似事だってできる。

「まあ! 流石はドラゴンを退けるほどの英雄様ですね!」
「そ、そのような力があるであるか……ま、まさか我輩の花婿抹消計画もバレて」
「……」
「……」
「なんでもないであーる。ひゅー♪ ひゅー♪」

 俺とエヴリルにジト目で睨まれたダイオさんはわざとらしく口笛を吹き始めた。これ脅迫状に従った方が花婿の命的に最善じゃないだろうか。そしたらダイオさんも娘さんを嫁に出さなくてよし。俺たちも警備する必要なし。帰ってよし。WINWIN。

 まあ、面倒なしがらみのある貴族様同士の結婚だ。そう簡単にはいかないんだろうけどな。

「と、とにかく! 明日の結婚式が無事に終わるまで貴公らにはしっかり警備してもらうのである!」
「わかっ……え、明日?」

 待て!
 待て待て待て待て待て待て! 結婚式って今日じゃなかったのか!? いやそりゃ依頼を当日に出すなんてあり得ないだろうけど……聞いてない、俺は聞いてないぞ!?
 エヴリルを見る。めっちゃいい笑顔。こいつ、知ってやがったな。

「さあ、準備ができたら直ちに警備に就くのである」
「あの、夜は?」
「部屋を用意するのである。交代で見張ってもらうのである」

 残酷な言葉を聞いた。

「帰れ……ない……?」

 その事実が確定した瞬間、俺は目の前が真っ白になった。

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