それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~

夙多史

第三十九話 アレは人生の公開処刑だ!

「うわぁあああああああああああああああああああああああッッッ!?」

 悲鳴を上げて俺は飛び起きた。心臓がバクンバクンと高鳴っているのがわかる。背中に冷や汗をびっしょり掻いてて気持ちが悪い。よかった夢オチか。
 にしても、なんだったんだ今の夢は? 本能が急速に忘却という名の蓋をしようとしているが、まだはっきりと思い出せる。

 俺と、エヴリルが……結婚?

「どうしたですか勇者様!?」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああッッッ!?」
「なんでわたしの顔見て悲鳴上げるですか失礼ですね!?」

 悲鳴を聞きつけて俺の部屋に飛び込んできたエヴリルは、心配そうな表情から一変して眉を吊り上げ犬歯を向いた。……うん、今のは俺が悪かったな。ちょっと気が動転していたみたいだ。
 落ち着くために深呼吸し、窓の外を見る。青々とした空がどこまでも広がっていて、小鳥がチュンチュンと可愛らしく鳴いていた。なるほど、朝か。
 朝と言えば――帰りたい。

「何事もなかったように毛布に潜ってないで説明してくださいです!?」

 毛布を剥ぎ取られた。心地よい暖かさから急激に現実の冷たさに晒された俺はもうカブトムシの幼虫みたいに蹲るしかないな。

 ゴッ!
 エヴリルの持っていた神樹の杖で頭を殴られた。

「悪い、エヴリル。ちょっと信じられないくらい恐ろしい悪夢を見たんだ」

 頭に大きなたんこぶを拵えた俺はベッドに正座して簡単に説明するのだった。

「ふぅん、どんな夢だったですか?」
「俺とエヴリルが教会で結婚式を挙げてる夢」
「それは災難でし……え?」

 聞き流す気満々だった様子のエヴリルは、俺の言葉が理解できなかったのかポカンとした。それから少し経ってインプットされた情報を整理したのか、カッ! と目を見開いて俺に詰め寄った。

「すみませんです勇者様! も、もう一度言ってくださいです!」
「さらば悪夢よ。忘却の彼方へ」
「言わないとベッドを処分するです」
「俺とエヴリルさんが真っ白な教会で盛大に結婚式を挙げてる夢を見ました」

 おのれエヴリル、オフトゥンを人質に取るとは卑怯なり。

「わたしと、勇者様が、結婚……?」

 かぁあああああああっ。
 なんかエヴリルさんが頭にヤカンを置いたら沸騰しそうな勢いで顔を真っ赤にさせた。そのまましばらくあうあうと未知の言語を発信していたが、なにかを思い出したようにハッと正気づいた。

「――って、それのどこが悪夢ですか!? わたしとけっ、けっこ……結婚するのがそんなに嫌だったですかぁあっ!?」

 唾を飛ばす勢いで抗議するエヴリルは……ふっ、どうやらわかっていないようだな。

「いいかエヴリル、よく聞け。『結婚は人生の墓場』なんて言われているが、アレはマジだ。結婚してよかったなんて話を俺は寡聞にして知らない。逆に結婚しなきゃよかったって話なら死ぬほど聞かされた」
「それは勇者様の周囲が特殊なだけです」

 そんなことはないぞ。例えば『結婚 メリット』でググってみなさい。同じような疑問や経験を書き連ねた記事がわんさか出てくるはずだ。この世界、ネットないけど。

「結婚とはつまり自由の放棄。リア充のパラダイムシフト。妻に縛られ子供に舐められ、夢を捨ててただお賃金を稼いで貢ぐだけのカースト最底辺な奴隷と化す。挙句の果てには厄介者扱いされ、家にいるのに帰りたい」
「偏見が凄まじいです!?」
「俺の親父なんて母ちゃんに財布握られて月の小遣い三千円だぞ! 三千円じゃ十連ガチャもできないんだぞ!」
「なんの話ですか!?」

 そして貯めた金で母さんは主婦仲間と海外に旅行したりしているんだぜ。まったく、結婚なんてマゾ度の高いボランティアだ。ちなみに俺の小遣いも三千円でした。同格。

「まあ百歩譲って……いや千歩、万歩? いやいや億歩兆歩――男には、譲れないものがある」
「歩数はいいですから話を進めてくださいです」

 それもそうだ。

「なんやかんや譲って結婚はいいとしよう。必ずしもそうなるとは限らないからな。だが結婚式はダメだ」
「なぜですか?」

 やっぱりエヴリルさんはなんにもわかっていないな。女の子だからかな? たぶんウェディングドレスとか憧れてるんじゃないかと思うけれど、それはあくまでそこに潜む闇を見ないようにした幻想に過ぎない。
 なぜなら――

「アレは人生の公開処刑だ! 人前でキスを強要され、恥ずかしい過去も暴露される! 結婚式で涙する新郎新婦は十中八九心が折れたせいだと俺は確信している! 親戚の結婚式に出席した時、新郎のお面を被った数人が裸踊りで祝ってたんだぞ! あんなことされたら全力で帰りたくなる!」
「そ、それはちょっと引くですが……やっぱり勇者様の周りが変なだけな気もするです」

 そうなの? あのお兄さんたちが変人の集団だったの? そういえば新郎のお兄さんも妙なテンションで喜び勇んで裸踊りに乱入してたけど、もしかして俺の方がおかしいのか? そんな馬鹿な。
 そう思ってエヴリルを見ると、なぜか「ぐぬぬ」と悔しそうに歯噛みしていた。

「勇者様がそういう考えだとわかって割とショックなはずですのに、勇者様らしすぎて幻滅もできないです。でもでも、好きな人とずっと一緒にいられることは幸せだと思うですよ! 子供も可愛いですし!」
「わかっている」
「え?」

 今から結婚のいいところをエヴリルは力説するつもりだったのだろうが、俺は手の平を翳してそれを中断させた。高まっていた興奮を落ち着かせ、どこか悟ったような穏やかで真面目な表情になって俺は告げる。

「俺が今言ったのは男から見た一方的な価値観に過ぎない。だから別に言い争うつもりはないんだ。結局のところ人それぞれだからな。俺にとっては悪夢ってだけ。というわけでエヴリル、おやすみ」
「あ、はい、おやす……ってしんみりした雰囲気作ったって誤魔化されないです!? もう朝なんですから起きろください勇者様!?」
「嫌な夢 見たなら今日は ホーリデイ」
「仕事行くです!?」

 ついにベッドから蹴り落とされた。ダメだったか。いい感じに話題をそっちの方向へ持っていかないように努力してみたんだが、結局今日もいつも通りなんですね。
 渋々と立ち上がる俺に唇を尖らし、エヴリルはぷいっと後ろを向いた。

「今日はいつも以上に働いてもらうです! わたしのささやかな夢の一つをドス黒く塗り潰した責任を取れです!」
「ホワッツ!?」

 あ、やばい大変だ。いつも通りじゃないぞこれ。ご機嫌が急角度で斜めに傾いたエヴリルさんがどんな無茶振りしてくるか想像もできん。

 もう帰りたい……。

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