それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~

夙多史

第十一話 あなたは、勇者様ですか!?

 見上げるほどの茶色い毛皮の巨体が、獲物を見定めるようにわたしたちを交互に見てくるです。
 どうして、この森に魔物が……?

「で、でけー……」

 少年は熊の魔物――エッジベアを見て腰が引けていたです。

「え、えっと、熊とエンカウントした時ってどうすんだっけ? 死んだフリ? いや死んだフリはダメってどっかで聞いたことが……あ、目を離さず帰ればいいのか」

 異国語でなにかを呟きつつ、少年は一歩ずつ後ずさって行くです。エッジベアは低い唸り声を上げてそんな少年を睨んでいたですが、やがてその視線をわたしに向けたです。
 赤く鈍く光る眼がわたしを値踏みするように見据え、ヨダレの垂れる大きな口がじゅるりと舌なめずり。この魔物、わたしを食べる気です!

「あ、あんた、早く逃げろ!?」

 少年が叫ぶですが、言葉はわからないです。たぶん、「逃げろ」って言ってると思うですが、尻餅をついたわたしはすぐには立てそうになかったです。

「だ、大丈夫。わたしは魔導師です。こんな魔物くらい、わたしの魔法でやっつけるです!」

 魔物と戦ったことはないですが、ずっと修行を続けてきたです。いつか村を出て、わたしの曾おじいちゃんみたいな『天空の大賢者』となることがわたしの夢です。こんなところで魔物に食われてやるわけにはいかないです!

「世界をめぐ――ッ!?」

 呪文を唱えようとして手元に杖がないことに気づいたです。杖がないと魔導師は魔法を使えないです。どこに行ったのかと探したら、けっこう遠くに落ちていたです。突き飛ばされて転がった拍子に投げ出してしまったようです。
 ま、まずいです。これは非常にまずいです。
 わたしが反撃できないことをエッジベアも理解したみたいで、心なしかニヤァと笑ったように見えたです。そして喜び勇んで牙を剥いて飛びかかってきたですぅうッ!

 その時――
 横から飛んできた石がエッジベアの顔にあたったです。

「こ、ここ、こっちだモンスター!」

 あの異国の少年が拾った石を投げてエッジベアの注意を引いてくれたようです。エッジベアが頭を左右に振ると、怒りを込めた眼で少年を睨んだです。

「だ、だだだ大丈夫ほら俺チート能力貰ったしこんな意味わからん異世界に飛ばされていきなり死ぬなんてありえないしやれるやれるやれる俺ならやれる帰るために! そう! 帰るために!」

 震えながらぶつぶつと呟く少年に、エッジベアは唸りを上げて容赦なく襲いかかっていったです。

「うわっ!? ちょ、タンマ待ってせめてもう一通りスキルの仕様の確認を――」
「ぐるぁああああああああああああああああッ!!」
「ええいこうなったら!」

 そして――

 エッジベアは、少年が翳した掌から放たれた凄まじい光に呑まれて消滅してしまったです。

 断末魔もなかったです。

「……」
「……」

 わたしも、少年自身も、今なにが起こったのかわからない顔でしばらく呆然としていたです。
 今のは……なんだったですか? 光の魔法? でも、あの少年は杖を持っていないです。杖もなく魔法を使ったってことですか? そういえばなにかをぶつぶつ唱えていたです。
 異国の服に、杖を使わない光の魔法……もしかして……?

「マジか……ホントに手からビーム出たんですけどやべー!? うっひょなんだこれすげー!? やべー!? 異世界やべー!?」

 少年がなにやらテンションを上げて小躍りし始めたです。魔物を倒したから喜んでいる……ですか? それともなにかの儀式かもしれないです。
 とにかく、助かったみたいですね。
 びっくりし過ぎて、ちょっとまだ立てそうにないですが……。

「えーと、大丈夫?」

 ポカンとしたままのわたしに、少年が手を差し伸べてきたです。さっきまで魔物に怯えていた風だった少年ですが、なぜか今はすごくキリッとした顔をしていた……ように見えたです。ちょっと、かっこよかったです。
 わたしはなぜだかドキドキしながら、差し出された手を取ったです。

「あ、ありがとうございますです。助かりましたです」
「え? なんて?」

 お礼を言うと、少年は不思議そうに眉を顰めたです。あー、わたしが少年の言葉をわからないように、少年もわたしの言葉がわからないみたいですね。
 これじゃ会話ができないです。困ったですね……。

「あ、そうか。ちょっと待って」

 少年は異国語でそう言うと、じっとわたしを見詰めてきたです。黒い瞳が青色に変わったです。い、一体なにをしてるですか? そんなに見詰められると……な、なんだか恥ずかしいです。ううぅ、顔が熱くなってきたです。

「七十七・五十三・七十九……」
「え?」
「なんでもないです」

 今、一瞬だけ残念なものを見るような目をされた気がするです。言葉がわからないので内容は不明ですが、失礼なことを思われたんじゃないかとわたしの直感が告げてるです。

「ゴホン、あーあーあー」

 少年は改まったように咳払いすると、喉の調子を確かめるように変な声を出し始め――

「俺の言葉、わかる?」

 いきなり、わたしでも理解できるこの国の言葉を口にしたです。

「異国の言葉じゃない……この国の言葉を知っていたですか!?」
「あー、わかるわかる。便利だなこの魔眼。それに〈模倣〉のスキルも。言葉の壁をあっさり取っ払っちまった」
「あの、なんの話です?」

 言葉はわかるのに意味がわからないです。なにかの魔法で言葉を通じるようにしたってことですか?

「悪い。えーと、俺は伊巻拓っていうんだけど……あんたはこの辺の人?」
「はいです。わたしはエヴリル・メルヴィルというです」

 イマキタク……変な名前ですね。やっぱりこの国の人じゃないみたいです。そうなってくるとますます疑問になってくるです。
 この人が、一体何者なのか。

「あの、言葉が通じるならいろいろ質問したいことがあるです! あなたはどこから来たですか!? あの魔法陣とおじいさんはなんですか!? さっき魔物を倒した力は魔法ですか!?」

 もう我慢できなかったです。知りたい。わたしはこの人のことを知りたいです! 一気に質問されて彼は困ってるですが、もうわたしにも止められないです。


「あなたは、勇者様ですか!?」


 き、訊いてしまったです。異国の服に、魔物を一瞬でやっつけたわたしも知らないすごい力。伝説にある勇者様そのものです。

「勇者……どうなのかな? 俺はやっぱり勇者にされてしまったのか?」

 彼は自分の両手を見詰めて複雑な表情をしていたです。否定しないということは、やっぱり彼は別の世界から来た勇者様に違いないです!
 どうやらこの人は、あまり事情を知らされずにこの世界に来てしまったようですね。仕方ないです。居合わせた者の務めとして教えてあげるです。まったくもう仕方ないです。

「『世界が脅威に蝕まれる時、神々に選ばれし異国の勇者現れん。彼の者、神より賜りし無二の力を持ってこれを解決せん』……この世界に語り継がれている伝説の一つです」
「あ、ドヤ顔で語ってるところごめん、それは云百年前に暇を持て余したあのクソジジイが遊びで書いた黒歴史ノートの一部が間違って流出したものだって俺の魔眼が解析済みです」
「う、天空神ウラヌス様を馬鹿にするですか!?」
「あのクソジジイがそうなら俺は全力で馬鹿にするし今度会ったらぶん殴って次こそ帰らせてもらおうと心に誓っているわけだが……あんたがそこまで信仰してる神様なら、きっと別神だろうな。悪かった。今のは忘れてくれ」

 まあ、わたしもこの人を連れて来たあのおじいさんが天空神様だなんて思っていないです。あのおじいさんはきっと天空神様の使いだと思うです。

「確かに俺はこの世界とは別の世界から来たし、チート……えーと、超強力な力も神から貰った。たぶんあんたの言う『勇者』で間違いないと思うが、俺の望みは――」

 彼が――勇者様がなにかを言いかけたですが、それは最後まで聞けなかったです。

 カン! カン! カン! カン! と。

 遠くから、けたたましい鐘の音が響いたからです。

「な、なんだこの音!?」

 勇者様がびっくりして何事かと周りを見回したです。わたしも初めて聞いたですが、この音の正体は知ってるです。
 これは、わたしの村の鐘。それも緊急時に鳴らす鐘の音です!
 慌てて村の方を見ると、空に黒い煙がもくもくと立ち上っていたです。しかも獣の遠吠えのような声も聞こえたです。

「た、大変です!? わたしの村が魔物に襲われているです!?」
「あんたの村? 近くにあるのか?」

 勇者様も煙が立ち昇っている空を見上げたです。それから少し顔を顰めると、真っ直ぐにわたしを見詰めたです。

「そこは、あんたの帰る場所か?」

 問いかける勇者様の目は、かなり真剣だったです。

「はいです。魔物が村を襲うなんて滅多にないことです! それに、聖域になっているこの森に魔物がいたことからしておかしいです!」
「……なるほど、それが『異変』の一端っぽいな」

 なにかを小さく呟いて、勇者様は力強く拳を握ったです。

「わかった。急いで村に行こう。誰かが帰る場所を失うなんてバッドスタートは俺もごめんだ!」
「勇者様……」

 やっぱり、この人は勇者様です。わたしの村の危機を救ってくれるです。きっと天空神様は、こうなることがわかっていて今ここに勇者様を喚んだに違いないです。
 わたしは勇者様の案内人に選ばれたんだと思うです。それは大変名誉なことです。『天空の大賢者』だった曾おじいちゃんでもそのような名誉を賜ったことはないはずです。
 それならば――

「こっちです、勇者様!」

 わたしは、わたしに課せられた務めを全力で果たすです!

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