ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
24-196.刺客
――!!
「キョヒヒヒヒヒィ」
薄気味悪い声が響いたかと思うと、ホールにある燭台が瞬時に斬られた。ガランガランと燭台が床に転がると同時に、灯っていた青白い炎が消える。
辺りは一気に闇に包まれた。明かりといえば、リムの精霊魔法による光の玉があるだけだ。
「誰だ!」
ヒロが叫ぶが何の反応もない。
「ヒロ、皆、円陣を!」
ソラリスが指示を出す。パーティのリーダであるヒロの判断を仰ぐこともしない。それだけ緊急事態だということだ。
ヒロ達はリムを囲んで円陣を組み、臨戦態勢を取った。ヒロは手に入れたばかりの小悪鬼騎士の剣を構えた。さっきまで軽かった筈の剣が、やけに重く感じる。剣を握る手の平にじわりと汗を掻いた感触が伝わる。
「キォホホホホホ」
遠くから奇声がしたかと思うと、風が通る感触がした。
「ぐあっ!」
ヒロの背中で悲鳴があがる。カシャンと剣を落とす音がした。振り向かずとも声で分かった。ミカキーノだ。
「明かりを!」
「光の精霊ヴァーロよ。我らに天の光を貸し与え給え」
リムが精霊魔法を発動する。リムにつき従っていた四つの光の玉がホールの天井高くあがると一際明るく輝きだした。燭台の永久の火があった時よりもまだ明るいくらいだ。
ヒロが素早く回りを見渡す。右斜め前方に黒装束の男が短剣を片手に構えているのが見えた。彼奴が燭台を切り落としたのか?
「誰だ!」
黒装束の男はヒロの問いに答える代わりに、猛然と突っ込んできた。ヒロは右隣にいたエルテを庇うようにその前に出て、男と対峙しようとした。が、その瞬間、男の姿が消えた。
「ぐはっ!」
左隣のロンボクが片膝をついた。彼の黒マントが下から三分の一くらい綺麗に切り取られている。ロンボクのズボンに切れ目が出来たかと思うとジワリと血が滲み出した。
――いったい、いつの間に?
ヒロの目には全く見えなかった。自分に向かってきたと思ったのにいきなり視界から消えるなんて。
「キヒィイヒヒヒヒヒ」
薄気味悪い声がホール全体に木霊する。今度はヒロの左正面に、声の主が居た。
「キョホホホ」
奇声を発して男が逆手に持った剣を上げ、攻撃態勢を取ったと思った途端、また姿が消えた。ヒロは死角から襲われるかもしれないと身を固くした。
――ギィィィィーーーン。
鋭い金属音が鳴った。黒装束のロンボクに対する致命の剣をソラリスのカラスマルが受け止めていた。
「ほぅ。我が剣を受け止めることができるとは……」
男は全身黒装束で、頭巾を被り鼻から下も黒布で隠している。まるで忍者だ。だが唯一見える目の部分の片側には酷い火傷の後があり、鼻は潰れて曲がっている。男は鋭い眼光をソラリスに向けた。
「ウンヨウか! 手前ぇなにもんだ!」
キィンと甲高い音を立てて、黒装束が離れた隙をエルテが突いた。
「風の盾!」
エルテが風魔法によるバリアを発動させる。ヒロ達を囲むように風が流れだした。中からは外の様子が見えるが、風のスクリーンがシュンシュンと音を立て、空気を切り裂いている。エルテは皆に触らないように注意した。
「風のバリアです。剣の攻撃ならこれで防げる筈ですわ」
エルテは謎の黒装束が燭台の炎を潰したときから、誰にも言われる迄もなく魔法詠唱を始めていた。マナがない筈のこのホールで発動できたのは、燭台が切り落とされたお陰で、外からマナがダイレクトに供給されるようになったからだ。明かりを消された事が逆に幸いした。
黒装束は二、三度、風のスクリーンに刃を立ててみるも、効果がないと分かると、動きを止めた。
「クウィヒヒヒヒ。我が名はバレル。また会おう」
その言葉が終わらぬ内に、男の姿はかき消すように消えた。
◇◇◇
「皆大丈夫か?」
「なんとか」
「大丈夫ですわ」
口々に無事を答える。エルテが軽く腕を振ると、自分達を護っていた風のスクリーンが消えた。
「恐ろしい相手でしたわ」
エルテがロンボクに治癒魔法を施しながら、誰にともなく同意を求めたが、皆、同じ気持ちのようだ。
「一体何だったんだ」
ヒロは汗を拭いながら、一同を見渡したが、誰も黒装束の正体を知る者は居なかった。
――やはり、帰るまでが遠足だ。
ヒロ達は警戒を緩めることなく、ホールから出る。最後にリムが名残惜しそうに振り返る。
「あの子達を護ってくれたのですね……。ありがとう、アークム」
彼女の美しい響きは誰の耳にも届かなかった。
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