ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
23-191.格の違い
一つ、二つ。
獣はまるで掃除でもするかのように次々と水流を吐いた。青銀の獣は台座を悉く砕くと、その頭をヒロ達に向けた。
――ブシュッ。
水の塊がその口から発せられる。人の背丈を優に超える巨大な水のボールが目の前の床に直撃した。耳をつんざく爆発音と共に、床に巨大な穴が空き、周りの床はポップコーンが弾けるように宙を舞った。
その衝撃で、一番前に居たヒロが吹き飛ばされ、奥の壁にしたたかに打ち付けられた。背中を強く打った。息が出来ない。必死で周りを見る。ヒロ以外は巧く身を躱したり、しゃがんだりして、衝撃をやり過ごすことに成功していた。それほどのダメージはないようだ。
「ヒロ様!」
リムがヒロの傍に駆け寄る。ヒロは手を上げて大丈夫だと返事する。
「っの野郎!」
ソラリスがカラスマルを杖のようについて立ち上がる。震える手で構え、気合いの一閃を振るう。剣が届く距離ではないが、剣が生み出す衝撃波による攻撃だ。
だが、その衝撃波は、青銀の獣に当たったかと思うと、ドプリと鈍い音を立てて、吸収された。青銀の獣は意にも介さない様子で平然としている。全く通じない。
ソラリスは直接の剣戟を見舞わんと近づく。獣は身を捩らせ、長い尾を振った。ゴウッという音と共に、水流が尾の動きを追って生み出され、ソラリスを飲み込んだ。ソラリスは咄嗟に防御姿勢を取ったが、水流の勢いは凄まじく、あっと言う間にソラリスをホールの壁に叩きつけた。
「ソラリスッ……」
やっと息が出来るようになったヒロだが、躰が思うように動かない。ダメージが抜けていないのだ。
エルテ、ミカキーノ、ロンボクの三人はその場から動けないでいた。ロンボクは意識を取り戻していたが、まだ自力では動けない。ロンボクを庇うようにエルテとミカキーノが獣と対峙する。
エルテはヒロが吹き飛ばされた獣の攻撃の為に中断された魔法詠唱を再開していた。燭台から供給されるマナの御陰で魔法発動まで、それほどの時間は必要としなかった。
「風迅旋!」
エルテが風魔法を発動する。無数の風の刃が獣の背に狙いを定め、襲いかかった。
獣は少し背を丸めたかと思うとぶるぶると震わせた。たちまち無数の水の矢が背から飛び出し、風の刃を迎撃する。風との相性の悪さなど意にも介さない。風の刃はたちまち水の矢に切り裂かれ、粉々になって消えた。
――格が違う。
ヒロの偽らざる気持ちだった。傷ついた自分達の手に負える相手じゃない。いやベストの状態でも敵うかどうか。どうにかして逃げなければ……。前足しかない所為か、獣の動きが鈍い。前足に重心を乗せ、下半身を引きずるように這って移動している。死角に回り込みながら、素早く移動すれば……。
だが、ヒロが脱出路を探すより先に、獣が大口を開けヒロを食い千切らんと襲いかかった。
「ヒロ様!」
リムがヒロの前に飛び出て、両手を広げた。
「リム! 逃げろ!」
ヒロがリムを払いのけようとするが間に合わない。獣の口がリムを飲み込まんとしたその瞬間、リムの稟とした声が響いた。
「止めなさい! アークム!」
獣は一瞬びくりと動きを止めたように見えた。獣は首を大きくブンと振った。獣の頭と首から細かい水弾が放たれ、周囲の床を抉った。
エルテは風魔法によるバリアの発動をギリギリで間に合わせ、自分とミカキーノを守ることに成功した。しかし、ソラリスとヒロ、そしてリムは水弾をの直撃を受けた。一つ一つの威力はそれほどでなくとも、何千、何万ともなれば訳が違う。三人は吹き飛ばされ、床に叩きつけられた。それでも致命傷を受けなかったのは、特注で作らせたミスリルの鎖帷子を三人とも装備していたからだ。無論、ヒロ達にそんな事を考えている余裕などなかったが。
「きゃあ!」
獣に一番近い所にいたリムは、三十歩の距離を一瞬で飛ばされていた。床に倒れたまま、ぐったりと動かない。獣は牙を剥き出してリムの小さな体を噛み砕かんと襲いかかる。ソラリスはようやく上半身を起こしたところだ。水弾の攻撃を防御するのに全力を傾けていたエルテもミカキーノも、攻撃態勢をとろうとしているが、もう間に合わない。ヒロはリムを守ろうと必死で起きあがろうとした。だが、かろうじて顔を上げる事に成功しただけだ。
――リムがやられる!
この異世界に飛ばされた自分を助けてくれた精霊リム。彼女と出会わなければ、この世界の言葉を話す事は出来なかった。彼女が居なければ、きっと何処かで野垂れ死にしていただろう。モルディアスの試しの時も、魔法より、リムが居てくれることを選んだ。リムはいつも自分の傍に居てくれた。いつも明るく、可愛らしい金色の瞳を向けて笑っていた。それを見るだけで癒され、この世界で生きていく勇気を貰っていた。それが……。
獣がリムの体に喰いついた。
「リムゥゥゥゥゥーーー!」
ヒロの叫びがホールに木霊する。
だが、獣はそのままの姿勢で動きを止めた。気のせいかリムの全身が金色のオーラに包まれているように見えた。
獣は口を放し、首を擡げ、天を仰いだ。
――!?
獣の体から、細かい泡のような粒子が噴き出したかと思うと、みるみる内に巨大な体が薄れていく。
一同が息を詰めて見つめる中、獣の姿は宙に消えた。
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