ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
22-187.勝機
唯一の弱点とロンボクが教えてくれた喉元とて、フルフェイスの兜とプレートメイルに挟まれたほんの僅かな隙間しかない。剣で切りつけたところで、プレートメイルの襟に阻まれてしまうだろう。攻撃するとすれば突きしかないが、その為には剣が届く間合いに入らなければならない。それは非常に困難な作業に思われた。
――どうすれば、この化け物を倒せるんだ。
ヒロは逃げ道がないかと周囲を見渡した。だが、唯一の入り口である隠し扉への通路は小悪鬼騎士の後ろだ。剣を持っているソラリス、ミカキーノはいざ知らず、それ以外のメンバーが無傷で辿りつけるとはとても思えない。
ヒロは再び炎粒を発動させる。やはり、先程と同じゴルフボール大の大きさにしかならない。ヒロは炎粒の発動を止めた。この程度では何発見舞ったところで、さっきのように小悪鬼騎士の水魔法の餌食になるのは目に見えている。
既にこの空間のマナは尽きている。エルテの風魔法も、ロンボクの土魔法も発動できない。残るはヒロの体内マナを使ったささやかな炎魔法だけだ。
いつの間にか、ソラリスがヒロの傍に来ていた。ソラリスはカラスマルを振るって、小悪鬼騎士を牽制しながら、ゆっくりと後退していた。小悪鬼騎士の背後で、うずくまって動けないでいるミカキーノを攻撃させない為だとヒロは悟った。
「ソラリス、ゴブリンロードのペンダントを切ってから、喉に一撃を叩きこむ。それしか勝機はない」
「どうするんだい?」
「ゴブリンロードの注意を逸らせる。だから……」
ヒロはソラリスに何事か囁いた。それを聞いたソラリスは懐を探り、ヒロに後ろ手を差し出した。
「これだよ」
ヒロは、ソラリスの手に自分の手を重ね、精神を集中する。一瞬眩暈がしたが、構わず続ける。
「ソラリス、チャンスは一度切り。最後の切り札だ」
「分かってるよ」
ソラリスはヒロに片目を瞑ってウインクして見せると、懐に手を戻す。
「ロンボク。幻影魔法なら発動できるか?」
ヒロの問いかけにロンボクは問題ありませんよと答えた。
「合図をしたら、もう一度幻影のモンスターをけしかけてくれ。一瞬だけ気を逸らす事が出来ればいい」
「……分かりました。合図を下さい」
ヒロはソラリスをロンボクに無言で頷き返すと、半身になって左手で短剣を逆手に構え、右手を貫手のように真っ直ぐ伸ばした。まだ体内マナが使える程度に残っていればいいが。
――ガシャリ。ガシャリ。
小悪鬼騎士が鉄靴の音を響かせ、自分が剣で真っ直ぐに穿った床の切れ目に沿って近づいてくる。ヒロはその場から動かない。指先に神経を集中する。体内マナの感触を決して見逃してはならない。まだ距離がある。もっと近づいてからだ。
だが小悪鬼騎士は既に自分の間合いに入っていた。あの床を切り裂いた剣の射程内だ。ヒロは小悪鬼騎士があの剣を出さない事を祈った。
――ターゲット地点まで、あと十歩。
――あと、三歩。
――ゼロ。
「釣炎球!」
ヒロが伸ばした右手を上に突き上げる。小悪鬼騎士が穿ち、めくれあがった床が爆発した。床下の土と小石を噴き上げ、小悪鬼騎士の視界を遮る。ヒロは地中に体内マナを通し、その先端に炎粒を発動、点火したのだ。それは黒衣の不可触との闘いで見せた技だった。
「ロンボク!」
ヒロが叫ぶと同時にロンボクが幻影魔法を発動する。さっきは黒曜犬だったが、今度はコボルドだ。土煙で覆われた小悪鬼騎士にそのまま飛び込んでいく。
小悪鬼騎士は、突如足下で爆発した床に思わずその場で立ち止まった。剣を持っていない方の手を顔に上げ、小石や土を振り払う。そこにロンボクの幻影コボルドが襲い掛かった。幻影かどうかを判断する時間はない。小悪鬼騎士の胸元のペンダントも反応しなかった。この至近距離では、たとえ解術式の魔法が発動出来たとしても、間に合わなかっただろう。
小悪鬼騎士は、恐ろしいまでの反射速度で目前に迫る幻のコボルドを剣で叩き斬る。次の瞬間、幻は真っ二つに割れ消え去った。
――!?
小悪鬼騎士が幻だと気付いた時には、死角にソラリスが飛び込んでいた。
「チィエエエエエエィ!」
裂帛の気合いと共にソラリスのカラスマルが一閃する。太刀筋が光跡を描き、小悪鬼騎士を捉えた。カラスマルの切っ先が小悪鬼騎士のプレートメイルを斜めに切り裂き、黄金のペンダントのチェーンを切り飛ばした。
――ガシャン。
――キーン。
小悪鬼騎士のプレートメイルは両断されて床に落ち、一拍置いて黄金の三角錐のペンダントが床の上を踊った。
「やった!」
ヒロは思わず叫んでいた。リムの言う通りなら、これで小悪鬼騎士は魔法が使えなくなる筈だ。ヒロは、ここぞとばかり炎粒を発動しようと、腕を振り上げた。だが、炎の玉が出ない。
――!?
ヒロは思わず、自分の手の平を覗き込んだ。しかし、ヒロの手の平は空のままだ。種火さえも生まれない。魔法が発動しない。もう一度炎粒を発動しようと試みる。結果は変わらない。何度やっても駄目だ。
――体内マナが尽きたのか?
エルテの青い珠で体内マナを抜いた後も、魔法を使っていた。使えてしまっていた。だが、さっきの釣炎球でとうとう使い切ってしまったのか。
体内マナが完全に尽きると死を迎えるという。ヒロはこのまま死んでしまうのではないかと焦ったが、そんな兆候はない。体も動く。ただ魔法発動だけ出来ない。ヒロは両手の輪廻の指輪を見つめた。ヒロが魔法発動出来るようになったのは、モルディアスから貰ったこの指輪の御蔭だ。もしかしたら壊してしまったのか。輪廻の指輪は黙して語らない。だが、そんな詮索をしている状況ではない。ヒロは頭を切り替えた。
ソラリスは小悪鬼騎士と何合も交えていた。両者の剣がぶつかる度に激しい火花が迸る。小悪鬼騎士の剣先がソラリスの鼻先を掠める。紅い髪がはらりと散った。
 
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