ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
22-185.ゴブリンロード
それの見た目は人と同じ手足が二本づつだった。襟の付いた黒いプレートメイルを着込み、二本の角がついたフルフェイスの兜を被っている。プレートメイルは肩から胸を覆っているが、腹から下は漆黒の皮膚が剥き出しになっていた。足の筋肉が異様に発達している。およそ人間のそれではない。まるでゴリラだ。どこかの騎士から奪い取ったものなのか、プレートメイルの肩には、なにやら紋章の様なものが見える。首にはペンダントだろうか、細身のチェーンが銀色に光り、その先に黄金色の細長い三角錐がぶら下がっている。
兜には角度の広いV型の覗き穴があり、その奥から赤い目玉がこちらを睨んでいた。
「あれが小悪鬼騎士……」
ヒロは目を剥いた。
ミカキーノ達の郷の人々を殺し、スティール・メイデンを作らせる切っ掛けとなった怪物にして、ミカキーノの敵。小悪鬼の名こそついているが、これまで相手にしてきた小悪鬼達とはその出で立ちも雰囲気もまるで違っていた。
小悪鬼騎士は腰の剣を抜き放ち、先端を上にして柄を握った右手を顔の正面にやった。白銀の刀身が漆黒の躰をバックにくっきりと垂直の一本線を描いた。
「此奴はモノが違う。気をつけろ」
ミカキーノはそう忠告すると、ソラリスと並ぶ形で前衛に立った。その後ろにはヒロとロンボク。後衛はエルテとリムだ。
「僕が幻影で牽制します。隙を見て喉元を狙ってください」
ソラリスとミカキーノがそんな事は分かっているとばかり頷いた。
エルテが低く小さな声で詠唱を始めた。ヒロは、エルテに駄目元でも魔法発動を試してみてくれと振り返ったのだが、その必要はなさそうだ。ヒロとリムを除けば、一人一人が高レベルの冒険者だ。くどくどと言わずとも成すべき事は分かっている。
「炎粒」
ヒロが炎魔法を発動する。先程、親指の先程度だった炎の球は、ゴルフボール程度の大きさになった。もっと大きくしようとしたが出来ない。やはり青い球で体内マナを抜いた影響が残っているのだろう。これでは大した攻撃は出来そうにない。エルテも魔法発動できるかどうかは分からない。今のところは前衛の二人とロンボクに期待するしかない。ヒロは発動した炎粒をせめて効果的に使おうと、そのままタイミングを窺う。
「幻影!」
ロンボクが杖を掲げ、再び幻影魔法を発動した。杖の先が一瞬光ったかと思うと、幻の黒曜犬が数体小悪鬼騎士を取り囲んだ。
それを合図にソラリスとミカキーノが小悪鬼騎士に突進する。
ロンボクが杖を振ると、幻影の黒曜犬が一斉に小悪鬼騎士に襲いかかった。小悪鬼騎士がそれに気を取られた隙に、ソラリスかミカキーノが喉元への一撃を叩き込む。不意打ちによる先制攻撃だ。
小悪鬼騎士は身動ぎもせず、剣の柄を胸元の三角錐にコツンと当てた。次の瞬間、黄金色の三角錐から水色の光が迸り、幻影の黒曜犬を貫いた。幻影はぐにゃりとその姿を歪ませ、四散霧消した。
「解術式!」
ロンボクが叫ぶ。その声には驚愕と警告の響きが籠められていた。幻影魔法で幻惑させて、剣による物理攻撃。これがヒロ達の描いていた作戦だ。その前提の一つが崩れた。牽制がなくても剣撃が通用すればいいのだが……。ヒロの視線はソラリスとミカキーノに注がれた。
ロンボクの叫びがソラリスとミカキーノに届いたのか、それとも阿吽の呼吸なのか、二人はソラリスを前に、ミカキーノがその後ろにと縦に並ぶ隊列を取っていた。ガーゴイルだった黒岩を巧みに避けながら、小悪鬼騎士に向かう。
だが、まだ小悪鬼騎士まで十数歩の距離がある。剣が届く距離ではなかったが、ソラリスは大きく右足を出して踏み込み、急制動を掛けてストップする。そして低い姿勢を取ると、脇に構えたカラスマルを横薙ぎに払った。
ドンという音と共に、カラスマルの切っ先から衝撃波が生まれ、小悪鬼騎士に襲いかかる。黒曜犬五匹を一瞬で触れることなく肉塊に変えたソラリスの衝撃剣だ。プレートメイルに守られた上半身ではなく、剥き出しの下半身を狙ったのは、むろんダメージを与えられると見越しての事だ。
小悪鬼騎士は手にした剣を下段に構え、そのまま摺りあげた。剣先が空気を切り裂き、二つに割った。
――ドガッ。
轟音と共に、小悪鬼騎士の両脇の頑丈な壁が横一文字に切り裂かれる。その切れ味と位置から、ソラリスがカラスマルから放った衝撃波のように思われた。だが、小悪鬼騎士は無傷だ。小悪鬼騎士はその剣圧で、ソラリスの衝撃波を斬ったのだ。
「でえぇぇぇい!」
ソラリスがカラスマルを薙いだと同時に、ミカキーノはソラリスを飛び越す形でジャンプしていた。剣の切っ先を正面に向け、ソラリスの攻撃を防ぐ間にがら空きとなった喉元を狙っていた。何の打ち合わせもなく見せた二人の見事なコンビネーションだ。
ミカキーノの体調が万全であれば、あるいは、彼が手にした剣がロングソードであれば、その刃は小悪鬼騎士の喉を貫いていたかもしれない。だが今のミカキーノにはそのどちらも欠けていた。
小悪鬼騎士は、摺り上げた剣を戻し、ミカキーノの突きを片手で受け、払った。鎬が削れ、火花が飛んだ。ミカキーノの突きは逸らされ、そのまま小悪鬼騎士の左脇に弾き飛ばされる。ミカキーノは信じられない反射神経で受け身を取り、ごろごろと二、三回転して、衝撃を吸収すると、間髪入れず振り返り、片膝を付いて剣を構え直した。
小悪鬼騎士は、振り返りさえしなかった。剣を高々と天に向かって掲げると、そのまま床に向かって振り下ろした。
 
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