ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
21-184.さっきの謎の答えだ
――ない。
ヒロ達は声も出せず、その場で固まっていた。宝らしきものは何もない。いや、正確には少々の金貨だけ入っていた。が、山のような財宝にはほど遠い。ヒロは金貨に手を伸ばし、中に何か隠されていないか探った。だが、何も見つからない。
「やっぱりな」
ソラリスが溜息をついた。
「扉に鍵が掛かってないと気づいた時から、嫌な予感がしていたんだが……」
「どういう事だ、ソラリス」
「見ての通りさ。先を越されたんだよ」
「私達より先に誰かが、この宝箱を開けて、中身を持ち去ったという事ですか?」
エルテが振り絞るような声で確認する。
「それ以外考えられないね」
「でも、もし、その何者かが宝を持ち去ったのだとしたら、噂にならない筈がありませんわ。あの宝は……」
エルテがレーベの秘宝といわず、宝とだけ言った。
「僕には事情は分かりませんけど、その宝は元から無かったという事はないのですか? 少ないとはいえ金貨だってお宝ですよ」
ソラリスとエルテの会話にロンボクが割り込んだ。
「そうかもしれない。だが……」
ヒロは独りごちた。もし、宝箱を先に開けた者がいたとして、金貨を残していくことがあるだろうか。最初から金貨以外の何かを探していたと考えるのが順当だろう。仮にそれがレーベの秘宝でなかったとしても、何らかのレア・アイテムだった可能性もある。
「しかし、先程のガーゴイルと死霊を排除できる程のパーティはそう多くない筈ですわ。えぇ、最低でもクラスB以上の実力がないと……」
エルテが思案顔で説明する。言われてみれば、ヒロ達の今のパーティは、クラスB以上に実力があると目されているミカキーノに、それを軽々と打ち破った黒衣の不可触でもあるエルテ、冒険者仲間では別格扱いのソラリス、そしてクラスBのパーティに所属したこともあるロンボクと実力者揃いの面々だ。そのヒロ達でさえこれだけ苦戦したのだ。確かに生半可なパーティではこの宝にまで辿り着くことは困難だと思われた。
「ウオバルの冒険者で、最近、フォーの迷宮に来たものはいない筈ですよ。ギルドで今回の救援クエストを受ける時に、過去の記録を見せて貰いましたから」
「そうするとウオバル以外の冒険者か、アンダーグラウンドか」
「けっ。今時、アンダーグラウンドで、こんなとこのクエストなんてねぇよ。端金にもなりゃしねぇ」
ミカキーノの捨て台詞に、黒衣の不可触だったエルテがヒロにだけ見えるように、そっと頷いた。
「アンダーグラウンドでないとすると、あとはウオバル以外の冒険者か……」
やはり先を越されてしまったのか。悔しそうな表情を浮かべるヒロにリムが疑問の声を上げた。
「ヒロ様。でもなにか変ですよ」
「なんだい? リム」
「あのガーゴイルですけど、最初このホールに来たとき、彫像でしたよね」
「あぁ、そうだったな」
「さっき、ヒロ様達がやっつけましたよね」
「うん」
「あれを見てください」
リムがホール中央を指さす。ソラリスの剣とエルテの風魔法で斃されたガーゴイルの哀れな躯がバラバラになって転がっている。その姿は滑石のように黒光りしていた。肉であったものが岩へと変化していた。
「もし、ヒロ様の前に此処に来て、宝箱を開けた人がいたとしても、ガーゴイルは黙って通したんでしょうか。その人がガーゴイルを倒していたんだとしたら、死骸も残ってないのは変です。たとえ死骸が残らなかったとしても、ガーゴイルの彫像が乗っていた台座は空になっていた筈です。それともあの彫像は自然にわいてくるのでしょうか」
リムはその黄金の眼でヒロに訴えた。見た目からは想像も出来ない程の鋭い洞察だった。いや、見た目で判断してはいけない。彼女は人間ではなく精霊だ。人間の常識で考えてはいけないと思いつつも、容姿と話す内容とのギャップにヒロはたじろいだ。
「ハハハハハ。無限に涌いてくるモンスターってか。そりゃいいや」
ミカキーノが手を額に当てて嗤う。そんなことあり得ないという顔だ。
「ミカキーノさん。フォーの迷宮は、何千年の昔からあると言われている所です。僕達の知らない謎が隠されていたっておかしくない」
ロンボクはそういってから、ヒロに目を合わせた。
「ヒロさん、でも死骸も何も残っていないというのは流石に不自然です。仮にガーゴイルがバラバラの石に戻ったとしても、見た限りでは黒い石になっている筈です。このホールには、壁や天井から崩れたと思われる石もありますけど、色は白です。変ですね」
確かにリムのいう通り不自然だ。 モンスター達を跡形も残さず排除できる冒険者でもいるというのか。それでも、台座にガーゴイルが居た事の説明は出来ない。
ヒロは宝箱を探った。指先に凸凹を感じた。よく見ると箱の底に何か刻まれている。丁寧に金貨を脇に寄せて、手で埃を払う。刻まれた模様は規則正しく縦横に並んでいる。文字のようだ。
「リム。ちょっと来てくれ。文字が刻まれているみたいだ」
「あ、はい」
ヒロがリムを呼び寄せ、宝箱の底の文字を見せる。劣化していて読みにくかったが、リムは明かり代わりの精霊の光珠を手元に引き寄せ、慎重に目を通す。文字は箱の底面に細かい字でびっしりと彫られていた。大分経ってから、リムの顔色が変わった。
「ヒロ様。これは……」
「待て!」
リムが何かを話そうとするのをソラリスが制した。人差し指を唇に当てて、静かにするよう促す。一体何が。ヒロも耳を澄ませてみたが何も聞こえない。
「そういうことか……」
ミカキーノがホールの入り口に向かって剣を抜いたが、途中で折れた刀身を見て、ちっと舌打ちをする。そのミカキーノに、ソラリスが腰の短剣を鞘ごと抜いてミカキーノに渡した。
「ミカキーノ。こいつを貸してやる。間合いは近くなるけど、そんな安物よりは役に立つ筈さ」
「へっ、借りといてやる。だが首は俺が貰うぜ」
「勝手にしろ」
ソラリスがミカキーノに軽口を叩いている脇で、エルテとロンボクも身構えていた。ソラリスも腰を落としてカラスマルを構える。
「ヒロ、さっきの謎の答えだ。向こうからやってきたようだぜ」
――ガシャリ、ガシャリ。
鉄靴が石床を叩く音が微かにヒロの耳に届いた。
「鎧の音ですわ。他にも冒険者が……」
「いや。僕達の他にはフォーの迷宮に来るパーティはいない筈です」
エルテの仮定をロンボクが否定する。じゃあ、と言い掛けてヒロは次の言葉の飲み込んだ。冒険者でなければ、モンスターしかいない。
と、ヒロの頭にある仮説が浮かんだ。
あのガーゴイルと死霊が対人間専用で、モンスターに反応しないのだとしたら……。そして、そのモンスターに知性があり、宝箱を漁ったのだとしたら……。
果たして、モンスターに宝箱を開けるスキルがあるかどうかは分からない。だが、それが一番答えに近いように思われた。ソラリスが謎の答えがやってきた、といったのも、きっと同じ様に考えたからに違いない。
――ガシャリ。
一際大きな音を残して、静かになった。ヒロが目を凝らす。人型の怪物が一体、ホールの入り口に立っていた。
「お前に会う日を待ちわびていたぜ。小悪鬼騎士!」
ミカキーノが、漆黒の怪物に向かって叫んだ。
 
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