ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
21-181.炎と風
こうなったら、もっと大火力の魔法を使うしかない。ガーゴイルに効くかどうか分からないが、もう他に手はない。それでも、どれほど大火力の炎魔法を使ったとしても、七体を同時に相手にすることは不可能に思えた。かといって、ホール全体を包む炎魔法を発動させたら、ソラリス達を巻き込んでしまう。
「炎線斬」
ヒロの両の指先から炎の剣が伸びた。ロングソードよりも更に長い。モルディアス程とはいかないが、差し渡し三メートルくらいはある。ヒロは炎の剣を二刀流に構えた。
七体のガーゴイルのうち、先頭の一体がヒロに突進した。まるでスペインの闘牛のようだ。ガーゴイルの足の鉤爪が、大理石の床を削る。ヒロは、ガーゴイルの突撃を右に躱すと同時にその胴を横薙ぎに払った。
――ドフッ。
ヒロの炎の剣がガーゴイルを斬る。だが、その一撃は、ガーゴイルの皮膚を焦がしただけで、肉を斬ることも骨を断つことも出来なかった。
炎線斬は、元をただせば、炎粒の応用技だ。モルディアスはそう言っていた。同じマナから錬成した炎魔法。使うマナに大きな差があるわけでもない。炎粒が通じない相手に、炎線斬が通じる可能性は最初からなかったのだ。それに気づいたヒロはしまったと思ったが後の祭りだ。
ヒロの炎線斬に斬られたガーゴイルは、一旦立ち止まり、自分の少し焦げた腹を視た。そして何ともないことを確認すると、再びヒロに襲いかかった。
――駄目か。
ヒロが観念しかけたその時。
「風迅旋!」
ガーゴイル達の頭上が揺らめいたかと思うと無数の刃が現れた。刃といっても、半透明の空気の煌めきだ。風の刃は、そのままギロチンの様に垂直落下し、正確にガーゴイルを斬り裂いた。一体のガーゴイルは首を落とされ、別の一体は胴と体に分断された。更に別の一体は頭から真っ二つになった。手足を失いながらも辛うじて息を残していたガーゴイルさえも雨霰と容赦なく降り注ぐ、鋭い空気の刃に切り刻まれた。ほんの一息の間に、七体のガーゴイルは、肉の固まりと化した。超強力な風魔法だ。誰がそれを放ったのか確認するまでもなかった。
「エルテ!」
ヒロが振り返ると、エルテが両腕を交差させた構えを取っていた。ヒロ達の無事を確認すると、ほっとした表情を見せ、リムを連れだって、こちらに駆け寄ってくる。
「さっきの魔法は君が?」
「申し訳ありません。対死霊の神官魔法は使いませんでした。ヒロさん達が危ないと思って……」
エルテは独断で神官魔法を使うのを止め、風魔法に切り替えてガーゴイルを攻撃したのだ。もし、ここがマナを集め易い屋外であれば、迷うことなく神官魔法を発動していただろう。しかし、その僅かな間にやられていたかもしれない危険を考えると、風魔法に切り替えたのは結果として正解だった。迷宮内でマナを集めるのに時間が掛かるという欠点が逆に幸いしたといえるかもしれない。
「ありがとう助かったよ」
ヒロが礼をいう間にリムがソラリスの元に駆け寄る。リムはソラリスの脇腹に手を当て何かの呪文を唱えようとしたのだが、ソラリスは顎でロンボクとミカキーノを指した。先にあちらの手当をしろということだろう。リムは小さく頷くと、ロンボクとミカキーノの所に向かった。
エルテはヒロの脇までくると、くるりと宝箱のある祭壇に顔を向けた。五体の死霊の内、三体がゆっくりと近づいてくる。リムが施した霧のバリアももう殆ど尽きかけていた。
だが、祭壇の部屋の外に出たヒロ達との間にはまだ五十歩以上の距離があった。
死霊の移動スピードがあの程度であれば、距離を取るのは難しくない。エルテに神官魔法を発動させる時間は十分取れる。ソラリスとロンボク、ミカキーノが動けるようになるまでは、死霊の注意をこちらに引きつけておけばいい。
ヒロは、自分を囮にして死霊を引き寄せている隙に、誰かが宝箱を開けてしまうことはできないかという考えが頭を過ぎる。だがすぐに諦めた。死霊のニ体は宝箱を守るかのように、その場から動かない。宝箱を開けている間にやられてしまう危険がある。やはり神官魔法で浄化、消滅させるしかない。
――だが。
ヒロには気掛かりな点があった。それをエルテに確認する前に、エルテがそれが事実だと告げた。
「ヒロさん、今の魔法でマナを使い果たしてしまいました。このホールには殆どマナがありません。死霊を撃退する神官魔法はもう……」
エルテは右の耳朶にそっと手をやり、申し訳なさそうな表情を見せた。しかし、もしもエルテが風魔法でガーゴイルを攻撃していなければ、ガーゴイルの鉤爪でバラバラにされていたのは自分達だったのだ。
エルテの判断は間違っていない。
遠くでリムが、ロンボクを介抱する声を背に受けながら、ヒロは、まだ望みはあるとエルテに伝えた。
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