ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
21-180.挟撃
「炎粒!」
ヒロは炎魔法を瞬時に発動させると、ガーゴイルめがけて投げつけた。的が大きいだけに狙いをつけなくても簡単に命中する。ガーゴイルは突然の炎に怯んだものの、大したダメージは受けていないように見えた。ヒロは炎粒を連続発動して、次々とぶつけるが、牽制以上の効果はない。むしろソラリスの剣の方が余程ダメージを与えている。
ガーゴイルに魔法耐性があるのか分からない。あるいは斬る魔法、エルテが使う様な風魔法であれば効果があるのかもしれない。だが、ヒロは風魔法が使えない。炎魔法のいくつかのバージョンと、リムのサポートで一度だけ発動した光の矢の魔法だけだ。
その一方で、ヒロはリムの様子が気になっていた。仕方がなかったとはいえ、彼女一人に死霊を任せてしまったのだ。だが、リムはリムなりに奮闘していた。
リムは清冽水を前方に半円を描くように撒くと、人差し指を唇に当て、小さく呪文を唱えた。リムの指先から小さく揺らめく灯火が放たれ、先程撒いた清冽水スレスレになぞっていく。清冽水はその火で蒸発し、水蒸気となって立ち上っていく。ヒロのように清冽水を直接浴びせかけている訳ではないが、霧のバリアを作ることで、少ない水の量ながら効果的に死霊の接近を遅らせていた。
リムの無事を確認したヒロはちらりとエルテに視線を送る。エルテは一瞬ヒロに視線を合わせたが、そのまま詠唱を続ける。
風魔法はエルテの得意技だ。だが、今のエルテは死霊に対する魔法を発動しようと懸命にマナを集めているのだ。ガーゴイルに対する支援の攻撃はあてに出来ない。
(神官魔法しか効かない死霊と、斬撃しか効かないガーゴイルか……)
ヒロは心の中で唸った。宝を守るのに、剣でダメージが与えられない死霊と斬撃の魔法以外は効きそうにないガーゴイルを配置する。実に合理的な組み合わせだと思えた。剣士だけでも魔法使いだけでも攻略できない。たとえ、剣士と魔法使い双方を入れたパーティで臨んだとしても、それぞれに対する戦力は分割される。かといって大人数パーティで踏み込もうものなら、今度はフォーの迷宮自体が崩れてしまう。
この迷宮を設計した者は一体誰なのだ。崩れやすいのは耐用年数が切れているからだとしても、この隠しホールといい、目の前のモンスターといい、計算しつくされている。なるほど、長年に渡って攻略されていない訳だ。しかし、感心してばかりもいられない。なんとかせねば。ヒロの顔に焦りの色が浮かぶ。
ソラリスは、ガーゴイルに取り囲まれながらも、ヒロ達に近づけさせないような位置取りと攻撃を繰り返していた。ソラリスがガーゴイルにやられていないのは、彼女の身体能力の高さと体捌き、そしてロンボクとヒロの魔法による牽制が機能しているからだ。迂闊にソラリスを退かせると、ガーゴイル達が一気にヒロ達に襲いかかってくることは明らかだ。
ヒロは攻撃ではなく、バリアで防御に回るのはどうかと考えた。だが、ここに来る前の小悪鬼との闘いで、奴らの矢がバリアに突き刺さった光景がヒロの脳裏から離れなかった。自分のバリアがガーゴイルの攻撃を完全に防いでくれるかどうか確信が持てない。もし、ガーゴイルの鋭い爪がバリアを切り裂いたら、そこでジ・エンドだ。
「もう幻影も限界です!」
ロンボクが叫ぶ。魔法で作り出した黒曜犬の姿が半透明になっていた。流石にガーゴイルも、何かおかしいと気づいたようだ。幻の黒曜犬を相手にせず、その牙をソラリス、ミカキーノ、ロンボクに向け始めた。
「くそっ」
ヒロが炎粒を連続発射する。効かないと分かってはいたが、ガーゴイルを近づけさせる訳にはいかない。ソラリスがガーゴイルを三体屠っていたが、普通ではあり得ないことだ。何せ、彼女が殆ど一人で樋嘴を相手にしているのだ。ロンボクの幻影魔法、ヒロの炎魔法のサポートがあるとはいえ、十体を相手にしてこれは奇跡に近い。
――少しでも時間を稼がねば……。
ヒロはエルテに神官魔法ではなく、ガーゴイル達を切り裂く風魔法を発動させるよう指示していればと後悔した。だが、あの時点では、ガーゴイルがこれほどの強敵だとは思わなかった。ましてや弱点など分かろう筈もない。
だが、こんな些細な事がパーティ全体を窮地に陥れるのだ。ヒロがエルテに風魔法に切り替えられないか、と振り返ったその時。
「ぐあっ!」
ソラリスが悲鳴を上げる。シャリンと甲高い金属音が響いた。ガーゴイルの鉤爪がソラリスの脇腹を抉ったのだ。ソラリスがよろよろと戦線を離脱し、がくりと膝を落とした。脇腹を押さえている。だが、ヒロが駆け寄る前に、別のガーゴイルがニ体ロンボクとミカキーノに襲いかかる。
ロンボクは幻影魔法の発動に集中していたのか、防御の体勢も身を避ける準備も出来ていない。
(まずい!)
咄嗟にヒロが炎粒を発動し、ガーゴイルの一体にぶつける。大火力ではなかったが、至近距離からの一撃に、ガーゴイルは後ずさりした。だが一体だけだ。もう一体がロンボクに迫る。
ミカキーノはロンボクを庇うように前に出ていた。ガーゴイルの鉤爪をショートソードで受ける。しかし、ガキンという鈍い音と共にミカキーノの剣は中程から折れ、千切れ飛んだ。
――!!
ガーゴイルの攻撃にミカキーノは体勢を崩した。その隙をついて、ガーゴイルが、ロンボクを丸太のような太い腕でしたたかに打ち据える。
「がはっ!」
ロンボクは三十歩の距離を吹っ飛ばされ、床にたたきつけられた。
「くそったれ!」
ミカキーノが反撃を試みる。だが、折れた剣では攻撃が届かない。ミカキーノは間合いを詰めようと更に一歩踏み込むが、有効打は与えられない。ミカキーノは、目の前の一体に集中する余り、背後の注意が疎かになった。
そこに、先程ヒロの魔法攻撃で一瞬怯んだ、もう一体のガーゴイルが襲いかかる。
――ぐふっ!
ガーゴイルがミカキーノを後ろから蹴り上げた。肉がひしゃげ、骨が軋む音が響いた。ミカキーノはホール中程まで飛ばされ、床に打ち付けられた。彼の手から折れた剣が離れ、ガランガランと床を跳ねた。
「ミカキーノ!」
ヒロの声に、ミカキーノは手をついて、一旦、起きあがろうとしたが、がくりと折れ、そのまま倒れ伏した。
――くっ。
ヒロが炎粒をガーゴイルに向けて連射する。ソラリス、ロンボク、ミカキーノに近づかせない為だ。だが、いくら炎魔法を命中させても、しばらく足を止めさせるくらいで致命傷は与えられない。
ロンボクとミカキーノは倒れたまま動かない。ソラリスは片膝をついた姿勢から、まだ立ち上がっていない。特に出血した様子はないが、苦しそうな表情を見せている。必死にカラスマルを構えるも、その切っ先が上下に震えている。
――このままいってもジリ貧だ。
ガーゴイル達は、ぎらりと光る眼をヒロに向け、ゆっくりと近づいてきた。全部で七体。ヒロの額に汗が滲んだ。
 
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